「んぅ……」
高須家でいつものように夕食を終え、そのまま横になって牛になるべく眠っていたわけではないが、大河の意識がこちらの世界へと徐々に帰ってきた。
「……何時?」
もそもそと起きあがって、ケータイのフリップを開いて時間を確認。23時16分。ずいぶんぐっすりと眠ってしまっていたようだ。
まだまだ眠たい目を擦り、欠伸を一つ。もういっそこのまま寝てしまおうと思っておもむろに掴んだそのとき、己の身にかけられていたタオルケットの存在に気づく。
いつものことながら、お腹を冷やさないようにと竜児がかけておいたものだ。その気遣いに大河の表情は綻ぶ。

「……ぅふっ……くふっ……」

なにやら変な声がする。辺りを見回してみれば竜児の姿は無い。そして声は竜児の部屋からする。
「あのエロ犬……まままさか、いいいいいたしてるんじゃ……成敗してくれる!」
といいつつ、大河とて年頃の女の子。男が一体どうやって己を慰めるのか、興味が無いわけでもない。
「わわ、私がいるってのに、お、おおおおっぱじめる方が悪いのよ」
そう自分に言い聞かせ、かつて初めて忍び込んだ時のように息を殺し、少しだけ開いてるふすまのすき間へと躙り寄る。
「……ふぅっ……くっ……」
ベッドの軋む音が、竜児の吐息が、熱が、だんだんと近づいてくる。このふすま一枚を隔てたトコロで竜児が何かをいたしてる。
考えるだけで自然と大河の頬も紅く染まり、頭の中が少し白んでくる。
「りゅ、竜児が悪いんだから」
意を決して、すき間から中をのぞき込む。思わず息をのんだ。
そこでは竜児がベッドの上で仰向けになり、上半身裸になって、両手を後頭部に回し、ひたすら上体起こしをしていた。
汗を滴らせながら一心不乱にトレーニングに励むその姿は、竜児の目つきも相まってボクサーのようにも見える。よくよく見ればうっすら腹筋が6つに割れている。
「……あんた、なにしてるの?」
「おう、起きたか。そろそろ起こそうと思ってたんだ」
上半身をあせでテカらせながら竜児は上体起こしをやめ、タオルで体を拭き始める。
「こんな夜にそんな怪しい声だしてたら捕まるわよ」
「なんでだよ。そもそも声なんて出してないだろ」
「声よりも吐息の方が問題よ」
「おう、それは……仕方ねぇよ」
手早くシャツを着て、筋トレ用にベッドに敷いておいたバスタオルを畳んで隅に寄せる竜児。
「そもそも、なんで急に筋トレなんて始めたのよ?もうプールも終わりだっていうのに」
「お、おう。まぁ、俺も男だからな。筋トレしたくなる時期があるんだよ」
「はぁ?何ソレ?そんなの聞いたこと無いわよ」
「いやいや、あるんだ。北村に聞いてみろよ。詳しく説明してくれるハズだ」
もちろんそんなわけ無いのだが、祐作ならそのまま「一緒にやるか逢坂!」とか言って誤魔化してくれそうな気がしたのだ。
「……まぁいいわ。私は帰って寝るから、朝ちゃんと起こしてよね。それじゃ」
一瞬不審そうな目で大河は竜児を見たが、深いことは考えずに帰っていった。この状況に竜児は心底安堵していた。
「まさか”ドジ姫様をサポートする為にやってる”なんて、言えねぇよ」
その背中は何故だか普段より大きく見えた。




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