――あれから……どのくらい経っただろう?

タイガーのお母さんがまだ来ていないって事は、一時間かそれより長いくらいか……
さっきの実乃梨ちゃんとのやり取りがあって、その後ボンヤリしてたらすっかり時間の感覚が無くなったみたい。

カチャ― と、静かにドアを閉めた音が聞こえた後、あたしたちはただ無言で見ていた。
高須君がしっかりした足取りでタイガーのいる部屋に入って行くのを。
ドアが開いた時に高須君の目が大きく開いて、何かを叫んだように見えたけど、すぐに見えなくなってしまった。

「おうおう、カッコ良かったねぇ、男の背中だったねー高須君!」
「ったく……手間掛けさせんなっての。あーもう、マジで疲れたんですけどぉ?」
「はぁぁぁぁ…………おじさんも疲れたわい」
「ちょ? そ、そんなところに座り込まないでよ」
「いやいやぁ……気が抜けたぁ〜 もうダメだぁ〜」

そう言いながら、言葉とは裏腹の可愛い女の子座りでペタンとドアの前にへたりこむ実乃梨ちゃん。
やっぱり、あたしたちは緊張してたのかもしれない、高須君が来るまで安心出来なかったのかもしれない。
その証拠に、今はもう大丈夫って気持ちになってたし、何より、

「あたしも……どっと疲れた。隣いい?」

一仕事終えた時のような達成感みたいなものが全身を包んでいた。

「おうさ!」

その返事を聞いて実乃梨ちゃんの肩に手を置いて隣に屈み込む。
照れ笑いを浮かべながらこちらを向いた実乃梨ちゃんが何かに気付いたようにジロジロと人の顔を見てる。

「ん……どうしたの?」
「あー、えっと、だね……あーみんのご尊顔が……あれだ……」
「あれって?」
「化粧が剥げまくりんぐ……」
「ええっ!?」

女優の本能でとっさにミラーを探そうとエコバッグに手を突っ込んで、すぐに思い止まる。

「いや……別にどーでもいいかな。だってあんたらだけじゃん?」
「え、そんなんでいいの?」
「すっぴんだってあたしはあたし。それに、化粧が落ちたって亜美ちゃんこーんなに可愛いもん」

と、いつもの調子で言ってみる。

「そうは言うけど、髪の毛も結構大変な事になっちゃってるよ?汗もかいてるみたいだし」
「あー走ったからかな」
「そっか……今度はあーみんが高須君と走ったんだよね……大河のために……」

などと気色悪いくらい優しい視線を送られる。
見当違いも甚だしい。そんなんじゃない。全然、全く、これっぽっちもそんなんじゃないっていうのに。

「さ……さーてと、ファンデだけでも塗っとくかなー」
「おうおう、可愛いやつめ〜」
「やめろっつーの」

肩口辺りであたしを突付くようにからかわれて思わず頬が熱くなる。
それを同じく肩口で跳ねのけるようにしてエコバッグを覗いてみると、

「あーあ、ぐちゃぐちゃ」

三人分の小物が散乱してて酷い有様だった。
幸運な事に化粧品が混じってどれが誰のか分からないなんて事にはなってない。
隣でうりうりしてくる筋肉バカも、お腹の赤ちゃんと愛しの旦那様の事しか考えていないチビ虎も、
驚くべき事に化粧品を持っていないのだ。持っててリップ。いや、今日は持って来てないんだ、きっとそうだ。

「…………」

なんてこと……あたしの高級化粧品が何だか哀れに見えてくる。
一人だけおばさんになったみたいなこの劣等感は何だろう……?

「あ……お、お尻が冷えちゃうよ?こっちの椅子で座ろう?」

一瞬浮かんだその気持ちを隠して、何でも無いように実乃梨ちゃんに話しかける。

「そうだね、実はちょっと冷たかったんだ」

あっけらかんと笑うその顔はつやつやすべすべで健康そのもの。
記憶の中にあるタイガーの顔も、高須君特製の朝昼晩飯でつるつるぷるぷるになってたし。

「…………ったく。もうちょっと実乃梨ちゃんも身体を気遣った方がいいよ?」
「らーじゃー!」

と言いながらどっかりと長椅子に腰を下ろす。
あたしも「ふいーっ」と言いながらその隣に座って実乃梨ちゃんに寄り掛かる。
あぁ、肌年齢といい、このため息といい、おばさんくさい。なんて事を思っていると、

「頑張ってるかな……大河……」

独り言のように実乃梨ちゃんが呟いた。

「……うん。きっと二人で頑張ってるよ」
「……だよね」

そうやって……お互いの体重を半分預け合うような形でボンヤリと、何を言う事もなく、ただ時間だけが過ぎていった。


◇ ◇ ◇


――それから……どのくらい経っただろう?

今までの事を思い出してたらまた少し時間が経ってたみたい。
どのくらい掛かるんだろう?早く終わるといいんだけど……と思ってると、実乃梨ちゃんがビクっと動いた。

「……今、聞こえなかった?」
「え?」

そう言うが否や、勢い良く立ち上がってドアの前まで歩いていく実乃梨ちゃん。
耳の後ろに手をあててダンボのように動かしながらキョロキョロと何かを探している風だ。

「みのりん集音器に反応アリだよ! 泣いてる……泣いてるよ!」
「えぇ!? き、聞こえないよ?」

驚いたまま立ち上がり、実乃梨ちゃんの横に立つけど、口をつぐんでいれば何も物音はしない。
ましてや産声なんてこれっぽっちも。
……可哀相に、元から良く分からない電波を受信してそうだったけど、ついに幻聴まで……なんてことを思う。

「ううん、間違いないよ! 絶対そうだ! 絶対そうだよ!」

だけど、当の本人は鼻息も荒く興奮状態。
その場で両手をバンザイしながらくるくると回りはじめた。

「………………」

この野性児め……と、半ば呆れ顔でそれを眺める。
ドアを二つ挟んでる上に、妊婦さんの声が聞こえないように防音だってしっかりしてるだろうに。

「いやったぁ―――っ!」
「きゃっ!?」
「やったよ、やってくれたよ! たいがーっ!」

と叫びながら、あたしの首根っこにしがみついて猿のように跳び上がって喜んでる。

「ちょ、ちょっとー!?」

本当に産まれたの?なんて感じで実乃梨ちゃんを疑ってるわけじゃない。
でも、今一つこのテンションに付いて行けない。だって聞こえないんだもん。
だからここまで、体全部を使って喜びを表現するほどの実感が湧かないっつーか。



―――――――ぁぁぁ!



「―っ!?」

……今のは……もしかして……

「……き、聞こえた!!!」
「だろー?さっきから言ってんじゃーん!」

息を詰めるようにして微かに聞こえてくるその声に耳を澄ます。
実乃梨ちゃんの顔から目を離し、タイガーのいる部屋の方にものすごい勢いで顔を向けると、
分娩室のドアが開いてて看護士さんが慌ただしげにナースステーションに走っていく姿が見えた。

……あれが開いたから、あたしにも聞こえるようになったのか。

「おぎゃあ」だか「ほぎゃあ」だか、良く分からないけど……どこか懐かしい感じがする泣き声が響いてくる。

「………………」

息を継ぐ暇もなく、命の限りに一生懸命泣いているその声は新しい世界の驚きに満ちていて、
高須君とタイガーに……パパとママに初めて会えた喜びの声にも聞こえる。

そんな泣き声に耳を澄ましてると、なんだか良く分からないものが身体の中を走り抜けた。

「きゃ―――っ!!!」

突き抜けるような衝動に身を任せ、自分でも驚くくらい大きな歓声を上げてしまう。
そのまま両手を広げて隣にいる実乃梨ちゃんに思いっきり抱き付いた。

「すっごい、すっご――い!!!」
「うわわわ!? あーみん、は、はげしっ!」
「きゃ―っ!!! きゃ―――っ!!!」

まるでおバカな子になっちゃったみたい。でもどうにも止まらない。

「聞こえる! 聞こえるよ、実乃梨ちゃん!」
「ぐわうわう!?」

抱き合ったまま激しく飛び跳ねてると、今度は実乃梨ちゃんが振り回されて目を白黒させている。
とそこに、先生らしき人が分娩室から出て来たのが見えて、ドアの前に近寄る。
こちらに気付いた先生はひとつ微笑んで、軽く頭を下げて背を向けた。

「あたしらいつ行けるんだろ?」
「清拭とかするんでしょ?」
「知らない、早く見たい見たい!」
「私だってー!」
「あーん、まだかな!?」
「あっ、そこのナースさんっ! こっちだよこっち!」

二人してぎゃーぎゃーうるさいったらない。
でもま、いーんじゃん?嬉しい時くらいガキみたく騒いだってさ。

「あーみん、あれ何?何?」
「わっかんね!」
「あーもう、まだかよー!」
「勝手に入ってっちまうぞー!」
「いっちゃう?いっちゃうかい、あーみん!?」

……止める役?そんなのいねーよ!

看護士さんの姿が見える度に大げさなリアクションをしていたらようやく気付いてくれたらしい。
ギョッとした顔をしたのはあれか……あたしも実乃梨ちゃんもガラス窓にべったり張り付いていたからだろうか。
きっと向こうから見たらひっどい光景だったに違いない。
少しだけ怯えた表情を覗かせながら、おずおずとこちらに向かって来た。

「来たよきたよー!」
「早くしろっつーの!」

看護士さんからはニッコニコに笑ってるようにしか見えなくても、扉のこちら側では酷い言いようではあるが……
幸いにもその言葉は聞こえなかったようで、ゆっくりとドアを開けてくれた。

「ご友人の方……ですよね?」
「「 はい!!!」」

超音量の超ハモりで答える。

「しーっ! ようやく赤ちゃんも落ち着いたんですから、大きな声出さないように……」

と、小さな子供に諭すような感じで怒られた。

「あ…………」
「ごめんなさい……」
「それじゃ、お母さんもベッドに移したし、そろそろ入れますよ」
「やったあっ!」
「ん待ってましたっ!」
「だーかーらー! お静かに……お願いしますね?
 赤ちゃんも今はすっかり泣きつかれて寝てるんですから、起こさないように!」

と言われて初めて泣き声が止んでいる事に気が付いた。

「はーい」
「はぁーい!」

素直に返事をして大人しく看護士さんの後に付いて歩き出す。
もう少しで部屋の中が見える位置で一旦止まると静かにこちらに振り返り、
分かってますよね?と視線で問われる。
二人して無言で首を縦に振ると、半身になって中に入れるよう道をあけてくれた。

「…………」
「…………」

いよいよだよ! と無言で顔を見合わせる。
実乃梨ちゃんも待ちきれない様子で瞳をキラキラと輝かせながら頷いた。
今にも飛び込んで行きそうな実乃梨ちゃんを片手で制し、胸に手を当てて軽めの深呼吸。

静かに……静かに……起こさないように……

「では……どうぞ……」

看護士さんに促され、開け放たれたドアからゆっくりと室内に足を踏み入れる。

まず目に飛び込んで来たのは眩しい光。
白いカーテンが開かれていて換気のためか窓も開いている。
窓の向こうが眩しすぎてハレーションを起こしたみたいに真っ白になっていた。
壁も白い、床も白い、所々に置かれている器具も光を浴びて色が見えない。

――そんな真っ白な部屋の片隅に二人がいた。
いや……二人と、小さな一人……か。

真っ白なベッドとシーツに包まれるようにタイガーが横になっている。
そして、そのすぐ隣には生まれたばかりの赤ちゃんがいた。

ベッドの上半身の部分が斜めに少し持ち上がっていて、ここからでもタイガーの様子が良く分かる。
その長い睫毛が閉じそうなくらい伏せられて、穏やかな光を湛えた瞳が我が子を見守っている。

「寝ちゃった……?」
「おう?分からねえな……」

静かな声で話す二人の間では、小さな命がすやすやと眠っているように見えた。
タイガーの長い髪の毛が赤ちゃんの方にふんわりと流されていて。
その……栗色の髪の毛が……まるで親鳥の羽のように優しく雛鳥を包んでるみたい。

「泣き疲れた……とかかな?」
「そうかもね……」

ベッドの横の椅子に座って高須君が身を乗り出している。
さっき見た硬い眼差しは……どこかに溶けて無くなってしまったようだ。
あたしが見た事もないような優しい視線を二人に送っている。

あんたら……そんなに顔を寄せて……間違ってもそのままキスとかしないでよね?
なんて思いながら横にいる実乃梨ちゃんと笑い合う。

「は、始めまして……パパですよぉ〜?」
「……バカね……分かるわけないじゃない」

そう言ってくすくすと笑うタイガーの左手は、高須君の右手をしっかりと握り締めている。
二人の腕は綺麗な半円を描いていて、それは雛鳥を外敵から守る境界線のようでもある。
なるほど、恋人繋ぎってやつはちょっとやそっとの力じゃ離れない。
ましてやこの二人なら、一体どれだけ頑丈なんだろうか?

「……あったかい……ね」
「……おう」

タイガーは赤ちゃんの方に身体を向けながら指先で赤ちゃんの頭を撫でていて、
高須君も上半身ごと身を寄せていて、寒いわけでもないのにお互いを暖めあってるようにも見える。
こんなに広いベッドなのに、そんなにせせこましく使わなくってもいいじゃん、なんてのは言い過ぎか。

ま、あたしでも……そうすると思うし……

「何だか……あたしらお邪魔みたいね……?」
「こっちに気付くまで……静かにしてようか……」

ヒソヒソと二人で囁きあう。
案の定と言うか何と言うか……二人はこれっぽっちもあたし達に気付く様子もなく、赤ちゃんに夢中になってる。

「ふふ……ちっこい手……」
「作りもんみてえだな……」

などと失礼な事を言うが、あんなに小さな指が動いてるのを見ると不思議な気持ちになる。
高須君の左手が赤ちゃんの指に触れると、条件反射みたいにきゅっと高須君の人差し指が握られた。

「……おっ?」

あの小さな指一本一本に血が通っていて力を込めて握ってるんだと思うと、その事自体に感動すら覚える。
端から見てるあたしでさえそうなんだから、自分の子供だったらどんな気持ちになるんだろう?
どこか潤んでいるように見える高須君の瞳を見ながら、遠くない未来の自分を思い描く。

「おうおう、ほら……見てみろよ大河。こんなに小さい手なのに、俺の指をしっかり握ってるぜ?」
「…………そうね」

囁くように同意して、繋がれた手と手を見つめていたタイガーがゆっくりと高須君の方を見上げた。
指先の感触に夢中になっているのか、高須君は全く気付かない。
そんな高須君の様子を眺めながら、まるで水面に花びらが落ちた時のようにほのかな笑みが浮かんでくる。
その花びらはもうすぐ咲くであろう桜の花びらに違いない。
淡い色合いの唇から波紋が広がっていくみたいに柔らかな表情を作るタイガーに見とれながら思う。

――こんなに優しい声を出せる子だっただろうか?
――こんなに穏やかに笑う子だっただろうか?

「…………ふ」

と思わず口元がほころぶ。
本当に今日は驚く事ばかり。

「おっ?おうっ?ぎゅーってしてるぜ、結構強いんだな」
「そうなの?何か楽しそうね」

赤ちゃんの指はここからじゃ良く見えない程で、高須君の人差し指の第一関節をようやく包めるくらいしかない。

「はははっ、 くすぐってぇな」
「あっ、ずるい。私も握って欲ーしーいーなー」

無邪気に楽しんでる高須君と、そんな高須君にさえヤキモチを焼くタイガー。
赤ちゃんの頭を撫でていた右手で、今度は自分の番よと言わんばかりに赤ちゃんの手をつんつんする。
それに反応するように「ぅぁ……」と声を出して起きてしまったようで、もぞもぞと全身を動かし始めた。

いやいや、自分らが遊ぶために起こすなよ…………なんて突っ込みは胸の中にしまっておこう。

「あっ、こら……」
「……へへへ」

竜河ちゃんがあうあうと口を開けるのに合わせるように二人の口も動くのが微笑ましい。
三人でテレパシーでお話でもしてるんじゃないの?と思ってしまう。
タイガーがぽぁぽぁと可愛らしく口を動かしてるのを高須君が気付くのと同時に、
タイガーも高須君の口がポカっとまん丸に開いてるのに気付いて、二人して一瞬固まる。
それからすぐに、その子を……竜河ちゃんをビックリさせないよう、声を抑えながら目を細めて、
軽く肩を震わせて、まるでお腹の中がくすぐったくて堪らないような感じで心底おかしそうに笑い合っている。

「…………」

見ているだけで眩しくなるような二人の笑顔に立ちくらみにも似た感覚を覚える。
これが正真正銘の、あてられたって奴か……
お手上げだよ、と肩をすくめながら実乃梨ちゃんと視線を交わして、ゆっくりゆっくり静かに近づいて行くと、

「おう?」
「あ、二人とも来たね」

と、ようやく気付いてくれた。
お邪魔しちゃったかなと思ったけど、あのまま永遠に気付かれなかったら立場が無い。
それに……竜河ちゃんを起こしたのはあたしたちじゃないもん。と少しばかりの自己弁護。

「よっ、お二人さん」
「おうともさー! 大河、頑張ったね!」

実乃梨ちゃんの言葉に少し照れたように笑って、

「大したこっちゃないわよ、こんなの」

なんて、さらりと言ってのける辺りが小憎らしい。

「どうよ?この子、可愛いでしょ?」
「ちっちゃくって真っ赤っかでかっわいいよぉ〜大河ぁ〜!」
「いや……しわくちゃでよく分かんないよ……」
「でっしょー?」

と、実乃梨ちゃんの言葉には反応するけど、あたしの冷静な意見はスルーされる。

「私のように超絶美人になるに違いないもんね、見てなさいよっ」
「いやいや、竜河は俺に似るんだもんなぁ〜 なぁ〜?」

なんて言いながら、ふやけきった顔をして高須君が竜河ちゃんをあやしている。
その人差し指をしっかりと握ってる竜河ちゃんの指が、本当に本当に小さくて、目を奪われていたんだろう。
今は近くで見るから分かる。高須君の左手も……あたしたちと同じように真っ赤になっていた。

「みのりん、私の奮闘っぷりを聞いてくれる?……んもう苦労したわよー」
「何だい何だい?隅から隅までドドーンと聞いてやるぜ〜」

……軽い感じで実乃梨ちゃんと話す口調と、高須君の左手のギャップに目を見張る。
タイガーに握り締められたのであろう指の付け根とか指の間が真っ赤を通り越して赤黒くなっている。
拳骨の辺りや手の甲には爪の跡みたいなものと血が滲んだ跡……一言で言えばボロボロだった。
それは……二人の闘いの証のようなもので……高須君がタイガーと共有した産みの痛みってやつで……

「…………ぷっ……ふふ………あははははっ」

そこまで考えて唐突に吹き出してしまった。

「おう?」
「あーみん?」

……なーにが『大した事ない』よ。こんな時まで意地っ張りなんだから……とタイガーを見る。

「ふぇ……?」

キョトンとした顔であたしを見ていたタイガーが一言。

「あんた……余りにもこの子が可愛いからって、人さらいはやめてよね?」
「しないしない……くっくくく………あはっ、ごめんごめん……何でもないの」

ついにおかしくなったのか、このバカチワワは?とその顔が雄弁に語っている。
今は余裕たっぷりに見えるけど、きっと高須君の前じゃ泣き喚いて暴れて大変だったのかな、なんて思う。
離さないであげてと言ったのはあたしだけど……言わなくても高須君は絶対離さなかっただろうけど、
その結果こうなるとは思ってなかった。いったいどれくらいで治るんだろう?と、いらぬ心配をする。

「まぁいっか……でね、みのりん。さっきの続きだけど……」

――でもまぁ?

「な、な、川嶋?ほら、目元とか俺にそっくりじゃねえかよ、見てみろって!」
「目元は……タイガー似になってくれた方が、いいんじゃないかなぁ?」

――高須君はそんなのすっかり忘れてるみたいにデロンデロンだし?

「そんでさ! 私は最後に気合を入れてね! うおぉりゃあああぁ! って叫びながらね!」
「ほう!? おおー! やっぱり気合だよね! 魂の叫びだね!?」

――タイガーは実乃梨ちゃんに誇らしげに武勇伝を語ってるしぃ?

「あんたら……少しは落ち着きなって……ほら、泣いちゃうでしょ?」
「ちっせぇ口とか大河似だよな、可愛くなるぞー?あぁ早く目が開かねえかな、なぁなぁいつ頃かな?」
「何かね、お腹が軽くなりすぎちゃって自分の体じゃないみたい。すっごく変な感じなの!」

――そんなこと言うほど亜美ちゃん野暮じゃねーから……安心しなさいよ、タイガー?





【 - holding hands - end - 】


--> Next...



作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system