「泣くかと思った」


「!、、、、ぁ」
階段から降りてくる俺を発見した大河は、目を大きくさせ、
「ぁぁあんたっ!」

「ななん、なんで、、みみみ・みてたのっ!」
「わざとじゃない」
「わざとじゃってあんたっ」「それより・・どうする?」
大河の抗議を聞き流すように、俺は口を挟んだ。

小さい体を小刻みに震わせ、
「ぅ・・・・・n・・」
大河は振り返りながら言った。
「かえるっ」

そういって歩き出す大河の背に、俺も歩き出しながら、
「・・・そっか・・・」
「じゃ、飯つくってやるよ・・・どうせ朝飯まだだろう」
「つーか・・夕べはちゃんと喰ったのか?」

「またどうせコンビニとか」「やめてよっ」

大河はこぶしを握り震わせながら、うつむいたまま・・・
「なんで、、そんなことしたらまた誤解される」
「もぅいいんだってばそーゆーのはもう!」

「・・・ぁ・・・」
思わず視線を落とす。
「・・・俺だってわかんねぇよ」
吐き捨てるように、
「けど! ほっとけねーんだよ!」

大河は俺のほうを向き直り、
「!  だからもういいってえ!」
言い切って、視線をはずしながら、
「あんたはもぅ、あたしの犬じゃないんだから!」

「・・・・・そうか、、、そぅ、俺は犬じゃない、竜だ」
歩き出しながら、大河の横に並び、俺は続けた。
「だから・・・お前の傍に居られるんだ、あい・・・n・・・」



「たいがっ!」
思わず大河が顔を上げ、横に立つものを見上げる。
「たっ・・・たいがってあんた・・・」

「虎と並び立つものは、昔から竜と決まってる」
見上げれば、空には飛行機雲が二本、平行線に空を裂いていた。
「俺は竜になる、、そんでもって リュウとして タイガのかたわらに居続ける」
「ぁ―――」
大河の込み上げる感情が、瞳から溢れ出ようとする。

「ん・・・」
黙ったままの大河のほうを向こうとした刹那―――


    ドゲシッ!!!


俺の尻に蹴りが飛んで来た。
「ずぅずぅしいにも程があるわっ! 立場をわきまえろっての!」

「おまえなぁ、って、・・ん?、ぁ、おぉい!」
文句を言おうとした矢先、既に歩き出している大河は、
「はやくぅ! お腹空いてんだからっ」
歩みを止めず振り返ろうともせず、俺に言い放った。

「・・・えっ」
「それと、次の作戦立てるわよ まだあれくらいじゃ北村君のこと諦めたりしないからっ」
「あ、、それって・・・」
「竜でも犬でもどっちでもいいわ」
大河は俺のほうを向き直り、
「傍にいるっていったんだから」
そしてまた振り返って歩き出し、
「あたしのためにキリキリ働きないよね! 竜児 」

 ♪―――――

空元気なのか地なのか、そんなことはもぅどうでもよく、俺は、
「・・・・はやまったか・・・」
苦笑しながら呟いた。
「ほらはやく!」
先を歩く大河から早くもお叱りがとぶ。
「はぃはい!」

歩き出す竜児、先を歩く大河―――

「・・・・ふふっ・・・・」

桜が舞い散る昇降口のはじで――――

「・・・たいが、、だって・・・・」

―――――2枚の花びらが、仲良く宙を舞っていた。

   ♪バニラソルトで Burning Love♪
      ♪アマいだけなら♪
     ♪ソルトかけましょう♪


先行く大河に駆け足で俺は追いついた。
「おい、これからサボるっていうのに、正面口から出る気か?」
何故か顔をこちらに向けようともせず、大河は、
「べつに、、あたしはいつもこうして出てってたわよ」
「お、、おまえなぁ・・・」

言葉通り、そのまま歩む速度を変えず、大河はズンズン校門を出て行く。
(こいつ・・・サボり慣れてやがる・・・)
俺は、挙動不審のようにキョロキョロしながら、大河の後ろを着いていくのに必死だ。

「ぉおい、ちょっと待ってくれよ 大河」
「・・っ・・・竜児! その呼び方っ」
目をカッと見開きながら、追いついた俺に顔を向ける。
「なな、なんだよ・・おまえだって俺のことあの夜いきなり呼び捨てしただろ」
「あたしはいいのよ、ご主人様なんだからっ」
「ちょ、だから俺は並び立つm」

    ドゲシッ!!!

再び、俺の尻に同じ痛みが走った。
文句を言おうと口をあけた俺を気にすることもなく、大河は、
「あー、なんか凄く疲れた・・・帰って寝よ、、やっちゃんと」
「おぉい、人の親をさらっとちゃん付けすんな」
「なによ、あたしの勝手でしょ」
ツンとばかりに鼻を前に向かせる。

俺は尻をさすりながら、
「・・まぁいいけどよ、泰子のやつ、朝は機嫌悪ぃぞ」

「・・・・・そういえばさ、、竜児は、何でやっちゃんのこと呼び捨てで呼んでるの?」
「んぁ?」
「だってさ、母親でしょ」

俺は前髪をいじりながら、
「べつに、深い意味なんてない、、、」
「あいつ、『母さん』とかって呼ぶと怒るんだよ」
キョトンとした顔をこちらに向けて、大河が振り向く。
「なにそれ?」
俺も横を向いて喋り続ける。
「いや、なんかお互いせっかく親から貰った大事な名前なんだから」
「名前で呼び合いましょって、言ってたけど・・・」

「ふ〜ん・・・」
大河は不思議そうな顔をするでもなく、顔を前に向き直す。
「まぁ、あいつのことだからあんま深く考えても」
俺も前に向き直る。



「・・・でも、ちょっとわかるかも」
大河はそう言うと、照れくさそうに顔を下に向けながら続けた。
「あたしさ、、こんなだからさ、、今まで家族以外に名前で呼んで貰ったことなんてなかったんだ」
「・・・まぁ、家族っていっても・・・」
声のトーンが下がるとともに、深く下げた顔も見えなくなった。
「でもさっ」
「この学校でみのりんに出会って、友達になって、親友になって・・・」
また顔をあげながら、元気良く、
「大河って呼んでもらって、嬉しかったもんっ」
俺にとびっきりの笑顔を見せた。


(あぁ・・・そうか・・・)

「今は、、あだ名だけど、手乗りタイガーなんてみんなに呼ばれてるけど」
(なんか、、わかった気がする・・・)
「それは、自分のことを呼ばれたって気がしない」
(なんで気になるんだろうって思ったけど・・・)

「苗字で呼ばれるあたしだってあたしだけど」
(・・・似てるんだ、俺たちは・・・)
「なんか違うの だから、ちゃんと名前で呼ばれるってのは」
(・・・うん)

「本当の自分を、呼ばれた気がするんだよな」
俺は思わず口を挟んだ。

小さい身体をビクンっとして、驚いた顔で、
「な・・・なんでわかっ・・・」
ハッとして口を紡ぎ、またそっぽを向く。

そんな大河をみて、俺も前を向きなおす。
「俺も・・・泰子以外じゃ、おまえが初めてだったからな」
空を見上げながら、俺は言った。

 ♪―――――

大河はクスっと微笑むと、すぐさま顔を元に戻し、
「あーもぅ! 喋ったらお腹が余計に空いたじゃない!」
そうぶっきらぼうに言い放ち、
「ねぇ、朝ごはんなに?」
こちらに無邪気な顔を向ける。

「そうだなぁ・・・今朝誰かさんが来ないおかげで、ご飯が残ってんだよな」
「なっ!」
ちょっとムッとした顔をして、
「・・・いらないって、、言ってあったでしょ・・・」
下を向きながら・・・・・大河の口元が緩んだ。



   ♪スキと言われたら♪

「あーそうだ リクエスト通り、チャーハン作ってやるよ」
「えっ」
「ほら、美味しいって言ってくれたじゃん、俺のチャーハン」

   ♪ダイキライだって♪

料理を誉められたことを思い出して、俺は、
「あぁあ、あんた・・・」
大河が小刻みに震えているのを見過ごした。

 ♪嬉しいのにナニ言ってんだろう?♪

「また勇気が出るようにって・・・はっ!」

     ブゥウン!

咄嗟にしゃがんだ俺の頭上を茶色い何かが横切る!

「ちょちょ、待て!たいが!」

     ブゥウン!

制止する俺の気持ちごと薙ぎ払うかのような一閃が縦に走る!

「だ、ちょ、落ち着け、違う、そーゆー意味じゃ」

目標を補足し直す目がピクリと動き、
「あんた、わざとじゃないって・・・一体いつからあそこに」
凍るような口調とは裏腹に、木刀の切っ先は熱く・・・

「違う、だから、その、ってうひゃあ!」

俺の弁解など聞く耳もなく振り下ろされる!

    ♪アマ〜いバニラ〜に〜♪

「りゅうぅううじぃいいいいい!」

思わず走り出し逃げる駄犬の背中に、右手に凶器を携えた手乗りタイガーの怒声が、

   ♪ソルト〜〜〜かけるよに…♪

「むぁあああああてぇええええええいぃ!」

空を裂く雲の谷間にこだました。





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