「高須、ちょっといいか?」
「あぁ?」
「あ、いや、やっぱいいや、邪魔して悪かった」
 明らかに怯えた顔で去っていくクラスメイトを見て、竜児は溜息をつく。
「またやっちまったか……」
 この一週間というもの、どうにも調子が悪いというか不安定というか。
 特に体調が悪いわけではないのだ。むしろ料理も掃除も絶好調。
 ただ、学校にいる時だけが何かおかしい。
 訳の無い苛立ちを抑えられずに周りの人間をビビらせたり、逆にぼーっとして呼ばれたことに気づかなかったり。
 授業中の余所見も増えた。気がつくと、何故だか主の居ない席を見ているのだ。
「はあ……」
 もう一度深く溜息をつくと、竜児は鞄を手に席を立つ。
 今日は野菜の特売日だから、早く帰らねば。

「おう、こいつはいい白菜だ。あとは春雨と……」
 今日の夕食は白菜鍋のピェンロー。そのために干し椎茸は朝から冷蔵庫の中で戻してある。
 後は肉。高須家の家計的には鳥肉のほうがいいのだが、
「そうだな、今日は豚にするか」
 頭の中に浮かんだ顔と声に、竜児は苦笑しながら豚バラ肉を少々多目に籠に入れる。

 スーパーを出て商店街を歩けば、気の早い店ではもうクリスマスのディスプレイを始めていて。
 近づく年末に活気づき始めた街、その雰囲気につられたように竜児の歩調は少し速くなる。

 コンビニの前で、竜児は早足を一旦止める。
 夕食後にプリンだヨーグルトだ肉まんだと要求される可能性は高い。あらかじめ買っておくべきだろうか?
「いいか、その時に一緒に買いに来ればいいんだし」
 呟いて、竜児は小走りで家へと向かう。

「ただいま」
「竜ちゃんおかえり〜」
 泰子の声を聞きながら、生鮮食品は手早く冷蔵庫へ。
 自分の部屋に入って鞄を机の横に置き、教科書とノートを取り出す。
「泰子、大河は?」
「ん〜とね〜、じぶんのおうち〜」
「おう、わかった」
 どうせまた寝ているのだろう。さっさと起こして今日の授業のノートを見せてやらないと。
 いやいや、それより先に掃除だろうか。いつものように散らかしてるだろうし。
「ちょっと大河の部屋に行ってくる」
「は〜い、いってらっしゃ〜い……あれ〜?竜ちゃんなんか楽しそう?」
「おう、そうか?」
 特にそんなつもりはないのだけれど。学校での憂鬱感が消えているのは確かだが。
 まあそんなことはどうでもいい。今はとにかく大河だ。
 そんなことを考えながら、竜児は階段を軽快に駆け降りた。



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