霞がかる意識の中に柔らかに響く足音、命を刻みし鼓動とシンクロさせる音色は私をリアルの世界に連れ戻すにはまだ至らない。
ガチャリと現実を感じさせる無機質な音と共に新鮮な空気と美味しそうな匂いが少し意識を覚醒させる。
まだ私は夢の中、だから何を想っても罪にはならない、近づく気配に少しの期待を胸に秘めて今日も待ち続ける。

『大河、朝だぞ』

私は朝がキライじゃない。

「おはよう…竜児………アレ??」
寝ぼけ眼でベットの脇にピントを合わせようとしても望んだ姿は見つからない……何かコッ恥ずかしい夢を観てた気がするけどアレは夢、所詮は夢の中なんだからノーカウント。
もう記憶からDelしようかと思ったけど、いつか本のネタに使えるかもと理由を付けて私のDドライブの奥に閉まっておくことにした。
「まだ6時か……」
昨日は竜児と遅くまで一緒だったから変な夢を見ちゃったんだろうな……久しぶりのワキワキカーニバルで楽しかった。
「ウォシャッ!今日はやる気満々マンだからもう起きちゃお!」

素早く身支度を整え、朝の澄んだ空気を胸一杯に吸い込んで学校へと駆け出した。


ウハハハハハハ!!私は掴んだ!男の萌えポイントを!それも興奮間違いナシの極上セクシーライン!!
昨晩おやつの準備に台所に立つ竜児をボ〜っと眺めいたソノ時!私の腐女魂がボッ!!っと萌え上がった!

時代に逆行した竜児のピチったショートパンツ!それ胡座だったら片玉出ちゃうんじゃない?って所がタマンナイ!!!

でも真の魅力を発揮するのはバック!ショット!!

ピチったショーパンが臀部のラインを強調させ、そこから伸びた太もも膝裏がエロティクだったわ……
アレを見たらアッー!したくなる気持ちも理解できる、この感動が薄れる前に早く亜美に伝えなくちゃ!!

息を切らせて学校へ続く坂を駆け上がると校舎の鍵はまだ開いてなかった。
時刻は6時30分、私は朝食代わりにツツジの蜜を吸いながら亜美が来るのを待つことにした。


我が家の眠り姫はパジャマも片付けないまま今朝はもう登校したらしい。

ベットの中に姿は無く、声を掛けて廻るが返事もない。
少しの不安が過ぎったがテーブルの上には先に登校する旨の書き置きが一枚、ホッとしながら少しの洗い物を済ませ寝室へと向かう。

今朝は天気が良い、換気の為に窓を開いたままでも大丈夫だろう。

クシャクシャになったベットを整えながら丸く縮こまる大河の寝姿が脳裏に浮かぶ、同時に一度だけ
すやすや眠る大河の背中をゆっくりとベットの脇に座り撫でたことを思い出した。

何故あの時、眠る大河に触れたのだろう……今でも不思議に思う、考えても纏まらない。

でも一つだけ分かったことがある……大河は寝る時ブラをしない…大収穫だった。




「おっはよ−!高須君」
大河はなぜ先に登校したのか?それとテーブルに有った手紙の文面に違和感を覚えつつ歩いていると櫛枝が手を振りながらいつもの場所で迎えてくれた。
「高須君一人?大河は?」
「スマン、何かアイツ今日は先に行ってるらしいんだ」
「へぇ〜珍しいこともあるもんだ?じゃあ今日は2人で!!!いざ行かん!我が覇道を!!」

拳を突き挙げた櫛枝と肩を並べて歩く、普段なら喜ばしく思えることだがどうも手紙の文面が引っ掛かる。
『竜児へ 今日は先に学校に行きます。それと昨日はワッキ!ワキ!で楽しかったよ!多謝』

多謝ってなんだよ!中国語か?何かこんな言葉を使うのはオタクっぽいて感じるのはオレの偏見か?

何故か俺の知らない所で大河が毒されてるような気がする。

「グウゥモ〜ニン!高っちゃん。ホラ見て!!オレ受かっちゃったよ!」
「良かったな、オメデト」
『やったぜ春田!夢の簿記一級合格?!』
−完−

「どうしたの高須君?何か悩み事?私で良かったら学校に着くまで何でもお悩み相談受けちゃうよ!」

「そうか?じゃあ、あのな……」

私的な問題だから少し迷ったが、何故か取り返しがつかない事になるような気がしてならない。
櫛枝なら他言の心配も無いし大丈夫だろうと俺の不安に思うことを伝えた。

「なるほどねぇ〜高須君は大河が腐女子になるんじゃないか?って心配なんだ」
「腐女子?」

「そう腐女子、BLとか百合が好きな女の子のこと腐女子って言うんだよ」
「へぇ……」
……オレ相談相手を間違えたか?何か病気の人に病気を治して下さいって言ってる気がする。

「でも参ったな、大河がそんなにハマっちゃうなんて」
「えっ?」
「大河がいっぱい本持ってるの見たんでしょ高須君?私があげたのは一冊だけなんだけどなぁ〜こりゃ困ったね」

「……もしかして?」
「そうだよ!私が大河にBL薦めたの!」
「オマエガ元凶カァァァ〜!!!!!!」

そういえば大河の書いてたワッキワキって何だろな?気が付けばオレは櫛枝の両脇をツネっていた。

「イィぃイィー!!ゴメンナサイ!痛タタタタカスクン!!!!」

オレはしばらく両脇をツネリながら手首を偶に誘惑するタワワに実ったみのりんをムニポョ〜ンと楽しんだ

……そういえば大河が言ってたなぁ…イタッ!…櫛枝は着痩せするタイプだって…ャ…メテ…アイツ今朝はタ…スケ・テちゃんと朝飯喰ったのかな……フヒィ!


ボ〜っと眺めていた晴天の空に昇る朝日の眩しさに俺は正気を取り戻した
「オッ!!スゲ〜な櫛枝!その劇画チックな顔はゴルゴを意識してんのか?」
櫛枝を見ると顔を引きつらせ両脇を押さえながらイヤァ〜ン!なポーズで固まって居る……冗談は止めてくれよ櫛枝、朝から刺激が強過ぎるぞ。

「お巡りさん!その男が女の子を無理やり連れ去ろうとしたんです!」

ちょっと待て!!!オレは少し怒鳴ったけど話してただけだろ!
「キミ、今の話は本当か?」
「違います!誤解です!!この子とは友達で、ちょっとフザケてただけです!なっ!櫛枝?」

「ヒイィぃぃぃィ!!!!!!ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!ツネラナイデ!ゴメンナサイ!…」
「怯えてるじゃないか!嘘つくとキミの為にならないよ?制服着てるけど……ソレ本物?」
「本物です!!俺は学生です!」

「あっそうなんだ。じゃあ行こうか、交番すぐソコだからね」
「ちょっと!!!オレの話も聞いて下さい!!」
「うん、ちゃんと聞くから交番で」

俺の話なんて聞いてくれない……もうダメだ……しかし!!!諦めかけてたその時!
「ちょっと待って下さい!!!!」

「……黒間…先生」

気は優しくて力持ち!大橋高校のBlack金太こと体育教師THE黒間先生だ!!!

「高須は見た目はこんなヤツですけど良い子なんです!かわいいヤツなんです!!」

「えぇっと……キミも仲間かな?」
「違います!自分はコイツの通う高校の教師で…」
「ハイハイ、話は交番で聞くから」
「イヤッ?!自分教師…」

「ドコの世界にタンクトップにそんな卑猥な短パンで出勤する社会人が居るんですか?話は交番で聞くから、ネッ?ほらキミも来なさい」

結局交番に連行された俺たちは免許証やら学生証を見せ学校に確認の電話をされて解放された。

「スマンかったな高須、先生まったく役に立てなくて」
「いいえ、先生が来てくれたから助かりました、ありがとうございます。先生はやっぱりプロテインとかの良質タンパク系が好きなんですか?」

「ハッハッハッ、確かに先生はタンパク質が大好きだ!だけどな高須、本物の筋肉を手に入れるには…」

熱血バカが熱く根性論を語っている間オレは櫛枝のことを考えていた、やっぱり俺の恋はここで終わりなんだろうな。

「…そう思うだろ?高須」
「ハイ、大豆は畑のお肉ですから」

「そうだ!イソフラボンは大事だな!」


何の騒ぎだろアレ?
朝っぱらから叫び声や悲鳴なんて聞きたくねぇつうの、ウザッ。

疲れが残る体を引きずり朝の気怠い空気の中を歩くと歩道の上には人だかりが出来ている。
面倒だけど10歩戻って反対側の歩道につながる横断歩道をスキップする。
以前ならこんな朝は仕事とか適当な言い訳を使いサボってだろうな……早く学校に行こ。

「ちょっと大河!!!アンタ何くわえてんのよ!」
「遅いよ亜美!ずっと待ってたんだから……コレ、甘いよ?」

花?何それ食べるの?私も食べるの?
差し出された花を見て一瞬不安が頭の中を支配したが大河の足下にはゆうに百はツツジの花が落ちていた……良かった、食べてたんじゃないのね。

「って!!ペッしなさい!ペッ!そんな物を口につけちゃダメ!」
「だって……甘いよ?」

渋る大河を無理やり植え込みから引きずり出しながら高須君の偉大さを痛感した。
この子は高須君が面倒見なかったら、さぞかしイタイ子になってたんじゃないかしら?

「ダメよ、何でも食べちゃ!大河は女の子なんだから、それにあんなトコで花の蜜なんて吸ってたら学園の七不思議にされるわよ、分かった?」

「分かった、それより私ね!スッゴイ発見をしたの!!!」

到着を待ちわびた魂sister亜美に弾ける思いで私が大発見した極上!萌エロガンダムを説明した。

「クゥッ!ハァ−!!!そんなに破壊力バツグンなの?」

「そりゃもう!私でもウッホでヤラナイカ?ってなるんだから!」

「へぇ〜見てみたいわね、高須君のピチパン。それにニーソとか履かせたら……ヒヒヒ」
「スゴイ!流石は亜美だ……その発想はなかった」

2人で魂の高須談義を撃ち合っていると徐々に大河の反応が鈍くなりだした。
「どうした大河!私の腐女心はまだビン!ビン!よ」
「わっ!私だってまだ負けい!」

「ハァァ〜…ウソ仰いアンタの攻撃には迷いが見えるわ……話しなさいよ、私たちは2人で1人の腐女姉妹『川坂』でしょ?」


やっぱり亜美に隠し事は無理か……魂の契りは伊達じゃないわね、亜美の前じゃ私の心はノーガード。

「あのね、最近は執筆活動に専念してて忙しかったじゃない?それであんまり竜児と話しとか出来なくて……ちょっと寂しそうって言うか……その…」

「…大河の言いたいことは分かったわ、それで昨日は高須君と久しぶりに話してどうだった?」
「ヒィ−!ヒィ−!言ってスッゴイ喜んでた!」

「そう……良いんじゃない?高須君との時間を増やすのは。大河は高須君にご飯作って貰ったりして義理もあるでしょうしね」

「そうなんだよね、竜児には身の回りの世話とかして貰ってるからほっとけないし」
「良いじゃない、どうせ書く方も煮詰まってるし少し休憩すると思えば。それにその間は高須君を観察すれば良いのよ
作品の為にいろんな仕草や動きを見て聞いて触って……そして」

「ゴックン!……そして?」
「……まぁコレは高須君が暴走して大河の身に危険が迫ったら困るから止めときましょ」

「ハァ〜緊張した、また隊長にハードなミッションを与えられると思ってビビったよ」
「人聞き悪いわね、私が大河にそんなことさせるわけないじゃない、ハハハハ」

アンタ1人を幸せになんかしないわヨ……私たち2人で1人なんだかラ大河がダケがシアワセアリエナイ……
フタリズット・イッシヨ…アナタアミワタシワタイが……



ふぅ〜ヤンデレごっこ楽しかった、大河には頑張って貰うか。
私たちの不文律、ガキ大将理論で言えば大河のモノは私のモノだから私も一緒に楽しませて貰うわ。

精々デレなさい!高須君を相手にツンデレを披露して心を掻き乱してやりなさい!
私は影で勉強させて貰うから、ツンデレの極意を……だからね、大河


「YOU!!デレっちゃいなヨォゥ!」
「ハアァ?」
私はうっかり大河が蜜を吸った花を片付ける用務員のオッサンを力強く華麗に突き刺した……アレ?大河は?大河はドコ?。

「アンタね?今どき花の蜜なんか吸っとたとは?」
「……違います」
「隠さんでよか、困っとるちゃろ?腹すいとるちゃろ?」

そう言ってオジサンがくれた鈴カステラをつまみながら教室へ向かった。

「コレって牛乳に合いそうね?」


お腹すいた…やっぱりアレだけじゃ足りないなぁ、普段通りなら今日の朝ご飯は何を作ってくれたんだろ?
……もしかしたら私のこと心配してオニギリくらい持って来てくれてるかも!
期待を食欲に変換して通常学校では私のパンドラハートに眠らせてる欲求の塊、灼熱のリビドーを全解放!獲物へと足を早めた……でも扉の向こうにはオニギリの姿はなかった。

「タイガー『あいたい』ってどんな漢字?」
「ハァ?アンタ何書いてのよ?」
「ラァ〜ヴ・レイター!!」
「だったら私の逢坂の逢で良いじゃない?」
「サンキュー!」

教室を見渡すとみのりんも居ない、それに北村君も居ない、亜美はまた1人異世界に舞い込んでたから置いて来たし……何故か胸騒ぎがする。

「ムシャムシャ…どうしたのよ ズゴ゙ォォォォ大河?」
「うわっ牛乳臭っ!」
「何で突っ立ってんのよ?」

「ムシャムシャ…ふぁのねゴックン!竜児もみのりんも北村君も居ないの」
「変ね?もう直ぐホームルーム始まるのに、休みかな?でも祐作が病気で休むなんて有りえないしなぁ」

だよね、みのりんも竜児も昨日は元気だったし、やっぱり登校中に何か遭ったのかな?
「祐作に電話で聞いてみるから……祐作?アンタ今ドコに居んのよ?……えっ廊下?」

「おはよう逢坂」
「北村君!ねぇ竜児とみのりんが来てないだけど何か知ってる?」

「櫛枝は保健室で休んでる、通学路で過呼吸を起こして運ばれた。高須も一緒だったみたいだが何かトラブルあって警察に行ったらしいんだ」
「警察!?」

警察ってアンタ何したのよ、オニギリ……
それにあの健康見本みたいなみのりんが過呼吸ってドンダケ心的外傷を受けたのよ……2人にいったい何があったの?

「席に着いて下さいホームルームを始めます、委員長」
「起立」

簡単に出席確認のために先生はぐるりと教室を見渡し何の違和感もなく名簿を閉じた。
先生は2人のこと知ってる、確信をもって話しを聞いたけど行事連絡だけでHRは終了した。
先生は何で話さないの?大したことじゃないから?それともみんなの前では話せないことなの?
廊下に飛び出し矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「すっ!少し落ち着きましょうね逢坂さん、2人は心配ありませんから」
「でもみのりんは保健室で竜児は警察って」

「大丈夫です、櫛枝さんは少し休んだら授業に出ると言ってましたし、高須君はいま学校に向かってますから」



困り顔の先生を見てると可哀想になってきたのでこれ以上の追求は止めにした。
疾うの昔に婚期を逃した独身は流行りの婚活に忙しいだろうから、でもそんな流行りに乗せられる内はコイツ結婚なんて出来ないだろうな。
そのうち『独りで生きる』とか言い出して残りの人生設計とか始めそう。

女としての余命も僅かだろうし、このへんでお終いにしてあげるか。

「とにかく心配ありませんから、逢坂さんはちゃんと授業に出て下さいね」
「ハイ…分かりました、先生の貴重な時間を使わせてスミマセンでした」

「へっ?…アァ!良いんですよ、逢坂さんは大切なお友達が心配だったんでしょうから、それじゃ先生行きますね」

逢坂さんも最近は粗暴な態度も見せないし、私の指導の賜物だわ!
さっきもキチンとお礼を言ってくれたし、教師として尊敬されてる?
……もしかして女性として憧れの対象にされてるのかしら?大人の女性的な?寧ろ憧れのお姉さん!キャ〜!!!
……そういえば前に川嶋さんも私のファッションに興味を示してたし……参ったなぁ〜キヒヒヒヒ!
このままいけば指導力を認められ評価が上がる、評価が上がれば給料が上がる!給料が上がれば女を磨ける?!
女を磨けば……結…婚?

「どうだった?大河」
「分かったのは北村君に聞いたことだけだった…アレ、ダメだわ!!全く使えん!」

今年のクラスはみんな良い子ね〜♪
「恋ヶ窪先生」
「ハ〜イ何ですかキョ〜トゥ〜」

「今朝の件で恋ヶ窪先生の指導力が問われいます」
「……エッ?」
「とりあえず放課後にでも面談しましょう、査定の関係もありますので」

「エェェ〜ぇぇぇ〜!!!困りますぅ〜!ワタシ結婚したいです!!!」

「したいならして下さい、学校はプライベートまで拘束はしませんから。では放課後お待ちしてますので」


アあァァぁぁ…ヤッテランネ、1時間目は授業なくて良かった〜
資料作成もやる気シネェェェ、何か飲み物でも買って気分転換に外の空気でも吸おっと。

いくら勤労意欲が0でも流石に人目に付く場所をウロウロするのはマズいわね……人気の無い校舎の外れにでも行くか。



「知らなかった、こんな校舎裏にも花壇があったのね」
今は花壇に綺麗に咲いてる花たちも枯れてしまえば用済み、関心持ったり見て貰えるのは女も花も限られた時間しかないのね。
でも咲いてても気づいて貰えないのも居るけどね、私やアンタたちみたいに。

「アンタたちも枯れたら次の若い花に植え替えられるのよ、沢山の人に見られるまで頑張りなさい!」

「そげんことはなかですよ!」

「用務員さん?!」

「私の田舎には毎年同じ場所に彼岸花が咲いてました。彼岸花は多年草ですから球根さえ残れば何度でも毎年綺麗な花を見せてくれるんです」
「…ハァ」

「女性も一緒だと思いますよ。恋に破れ、枯れてしまっても幾つかの季節が過ぎればまた綺麗な花を咲かすことができます」
「……それは何度でも…ですか?」
「何度でも出来ます。それにその花壇の花も私が種を取って来年また花を咲かせます、だから先生もこれからです」

「ハイ、私も諦めず頑張ってみます」
「先生!……コレは自分の気持ちです、受け取って貰えますか?」

「コレって!本気ですか?……こんな高価な物を私なんかが貰って良いですか?」
「ハイ、先生に受け取って貰いたいんです」

「用務員さん……」

差し出されたヨグールビッグサイズを木ベラですくって口へ運ぶと甘酸っぱい味が広がる、懐かしいなぁ……
もう思い出すことも出来ないけど、初恋の味もこんなだったのかな……


「そっ、そんな!!ゆり先生がオレ以外の男と仲良くするなんて……それにアレは恋する少女微笑み!!!」

「黒間先生お世話になりました、オレは保健室に寄って櫛枝の様子見てから授業に出ますから」

今日は休もうかと思ったが熱血役立たずが一緒に居るのでそうもいかない、それに家に帰っても櫛枝のことばかり考えて落ち着かないだろうしな。
櫛枝に謝って確かめよう、まだ俺の恋に可能性が残っているのか……まあ無理だろな、せめて友達で居られれば御の字だ。


「どげんね?うまかでしょ?」

「ハイ!ヨグールうまかです!!」
翌朝ドレッサーに座り鏡を覗くとほっぺに赤い湿疹が……違う!これは湿疹じゃない!!!ニキビよ!ニキビ!!
お菓子を食べてニキビを作るなんて!ゆりちゃんもまだまだお子・ちゃ…ま・ね……

朝から自身の言葉にダメージを喰らう私はまだまだピチピチ20代!いつかまだ見ぬ運命の人が迎えに来る……筈よね?



「本当にもう大丈夫だから、気にしてないから!高須君はもう教室に行って……」
「本当に済まなかった」

体はオレの謝罪を聞いこうと向き合ってくれたが櫛枝の目は全く俺の姿を見ようとはしなかった。

だるい、全てがだるい、廊下を歩くのも、こうやって考えているのも面倒に感じる、終わっちまったんだな……

「すみません、遅れました」
「あぁ高須君、話は聞いてるから席に着きなさい」

今日初めて見た竜児は酷く弱っていた。
席について背中を丸め動物みたいに他者との干渉を遮って傷を癒やすように体を固く閉ざしている。

休み時間になっても全く動こうとしない背中を背後からじっと見詰め私は躊躇っていた。
もし本物の野生動物みたいに全て拒んで傷を癒やしてるのなら私も拒絶されるんだろうな。
でも気になる、ちょっと心配、放っておけない。

「……竜児」

「何だ、大河」

とりあえずといった感じで振り向いた目に野生動物みたいな鋭さは無い、単に疲れてるオッサンもしくは世捨て人みたいな目。

「もう!アンタとみのりんに何があったのよ」
「……ちょっとな」
「ちょっとって何よ!説明しなさい!」
「今は勘弁してくれ」

その一言を最後にまた殻に閉じこもってしまった。
遅れて来たみのりんに聞いても的を得ない話で煙に巻かれ、竜児は誰に話し掛けられても終日『あぁ』と『おぉ』しか言わないまま学校を後にした。



「今日の晩御飯は久しぶりにお弁当にしようか?ホラ、やっちゃん好きなやつ」
「泰子は晩御飯いらないそうだ、それに今日の分は買ってあるから却下だ」

私なりの気遣いは弱っても主夫に一蹴された。
それにしても空気が重い、耐え難い空間が竜児を中心に発生している。どうにかしてコノ雰囲気を変えたい!

「それなら私が作ってあげようか?」
「もう下拵えは済んでる、だからイイ」

ダメか、振り向きもしないで断りやがって…泣くぞコンチキショ!……だんだん腹立ってきたわね。
コッチは気遣ってんだからアンタも負のオーラばっかり出してんじゃないわよ、まったく。

でも今日は落ち込んだ竜児を元気にするってエンジェルモード中に決めたんだった、もうちょっと頑張ってみるか。

帰宅後の決戦に備えて英気を養おうと、残りの帰り道はこれから初めてホテルに向かう2人とゆう設定で竜児の半歩後ろで頬を染めたり
モジモジしながら足はチョイ内股気味に歩いて家路についた。

「あぁ〜ん歩くの早〜い!も〜ぅ竜児はセッカチさんなんだからん!大河は逃・げ・た・りしないゾッ!」

また大河がおかしなことを始めた……俺の不安は募るばかりだ。


俺は春田浩次、恋をしている。
相手はオレより年上のお姉さんだけど遠慮なく話せるから好きだ。
彼女は俺を頼りない男だと思ってる、でも好きになったから彼女にしたい、恋人になりたい。
だから俺は頼れる男になる為に試験を受けた、合格できたらもう一度逢って下さいと伝えて……

その時は手紙を書きます、瀬名さん宛てに。

「何やってんだ兄貴?ポストの前で」

「手紙出そうと思ったんだけど……住所分かんね」

「メアド書いたら着くんじゃね?」
「オマエ!天才じゃね!!!」

「んなことないってヴぁ!」

あと少しだ、この手紙が届いたらもう一度瀬名さんに逢える。
そしたらバカな俺なりに気持ちを伝えよう。

期待と決意を沈む夕日に込めてガリガリ君を食べながら俺は妹の手を引いて家路についた。

「早く瀬名さんから返事来ないかな〜」


『届かない手紙−瀬名に紡ぐ1ページのLAVE SONG−』

−未発送−




次回予告

大河の献身的な励ましに竜児の心は雪解けの時を迎えた、そして月明かりの夜に照らされた二つの影は一つになる……


次回のお話しは『ネロとパトラッシュ』と『ベネト…ン?』の2本だよ!

お楽しみに!!




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