「ねー竜児。今日のご飯、焼肉にしようよ!」
学校からの帰り道、私は振り返って見慣れた凶悪面にそう話し掛けた。

『初恋』

「なに言ってんだお前。ダメに決まってんだろ?そんな余裕は家にはねーよ」
案の定返ってきた答えは予想通り。
この高校生にして、スーパー主婦の異名を持つ男は、その名に恥じず財布の紐も固い。
ふふん甘いわね竜児。
そこまではお見通しなのよ。
よっと、歩いていた縁石から飛び降りると、私は鞄からお財布を取り出した。
「だーかーら!そこは私が出すから!」
「は?」
怪訝そうな顔の竜児の目の前で、ほらほらと財布を振って見せる。
中身が詰まって、少し膨らんだ財布を。
「昨日ね、クソ親父からお金入ったの。だから日頃のお礼もかねて、竜児とやっちゃんとにご馳走す・・・」
「いらねー」
「え?」
財布の中身を確認していた手を止めて顔を上げると、竜児はスタスタと先を歩いていってしまっていた。
「ま、待ちなさいよ!」
慌てて鞄に財布をしまい後を追いかける。
・・・いつもより歩幅が広い?
追い付くのに、小走りにならなければいけない速度で歩きながら、竜児はこちらを振り返ろうともしない。
「ちょ、なにシカトしてんのよ!?折角私がお金出すって・・・!」
「いらねーって言ってんだ!」
急に立ち止まり、竜児が俯いたまま大声を出した。
なに・・・?なんで・・・?
「ちょ・・・な、何いきなり怒ってんのよ!?」
戸惑いが声に表れる。
なに?何か私悪いことした?
その後の言葉が継げず、黙って竜児を見上げていると、チッと気まずそうに舌打ちをして竜児が呟いた。
「・・・あんな奴の金で奢られるなんざ反吐が出る・・・」
「!!」
その言葉に、思わずビクンと身体が震えた。
怒った理由に気付いたから。
竜児はまだあの事を・・・文化祭の時の事を気にしていたんだ。
「・・・悪い、言い過ぎた。でも金輪際、あいつの話題を出すのはやめてくれ。・・・自制が利かなくなる・・・」
「竜児・・・」
額に手を当てて、竜児はすまなそうに呟いた。


「・・・」
・・・竜児は本気で怒っていた。
パパが私にしたこと・・・それを目の当たりにしたから。
バカみたい。
私にとってはもう慣れた事なのに。
バカみたい。
私は何も気にしてないのに。
でもそれに・・・竜児は本気で腹を立てていた。
私のことで・・・。
「・・・竜児」
「ん?」
傍らにいる男に、私はそっと顔を向ける。
そして、みつめ返してくるいつもの顔。
それが今・・・とてつもなく嬉しかった。
「あんたは・・・私の傍らにいるよね?ずっと・・・」
「ああ。約束したからな」
そう言って笑う顔。
もう見慣れたその顔に、何故か今日は胸の奥がきゅうんとなった。
「・・・もっかい、言ってもらってもいいかな?」
「は?なにをだ?」
「・・・約束・・・」
俯いた顔が真っ赤になってるのを感じる。
気付かれないかな?
気付かれたら恥ずかしいな。
・・・気付かないかな?
「変な奴だな」
でも竜児は気付く素振りもなく、声に苦笑を混ぜる。
・・・あんただって、相当変な奴よ。
なにしろ、出会ったばかりだった私に、あんなこと言うんだから。
そう。
「・・・俺は竜だ」
聞こえ始めた声に、そっと目を閉じる。
「昔から、竜は虎と並び立つとされてきたんだ」
その声は、私の身体の隅々に染み渡る。
「・・・俺は竜になる」
そして私の心を満たしてくれる。
「竜として・・・大河の傍らに居続ける為に・・・」
そうして私は彼を・・・竜児を見上げる。
あの時と同じように。


「・・・なんだよ。なんか言えよ」
恥ずかしいじゃねえか。
そう言外に隠した表情は、あまりにも『恥知らずで』。
「・・・ぷっ!」
だから・・・吹き出してやった。
「あんたすっごいヤクザ面。子供が見たらトラウマになるかも」
「な!?」
その言葉に、ますます竜児の顔が赤くなる。
ザマミロ・・・バカ竜児。
「お、お前が言えって言ったんじゃねーか!!」
「そんな強面になれなんて言ってない」
「うるせえ!生まれつきだこんなモン!!」
「あーあー。現状を受け入れて努力しない男って最悪よねー」
「努力次第でどーにかなるモンとならねーモンがあんだろ!?これは後者だ!!」
「あー言い訳ばっかり。あんた、そんなんじゃモテないよ?」
「だー!関係あんのかそれ!?今!?」
ガリガリと頭を掻く姿に、思わず大声で笑う。
全く、この高須竜児という男は本当に飽きさせない。
「あーあ、竜児のたわごとに付き合ってたらお腹すいちゃった。焼肉は諦めるから、鉄板焼きぐらいはしてよね」
「お・ま・え・な・・・」
「さーそうと決まればスーパー狩野屋だ!ほら行くよ、竜児!!」
そう言いつつ差し出した右手・・・不自然じゃないよね?
「・・・なんで手を繋ぐんだ?」
「あんたが飼い主とはぐれないようによ」
突っ込むなバカ!!
それでも、ほらっと、勢いも手伝って強気に振って見せる。
「感謝しなさいよ?」
「・・・」
暫く空いた間に、ちょっと不安になる。
でも・・・。
「・・・学校の奴がいたら離すからな」
きゅ・・・と握られた掌に伝わる暖かさ。
同時に満たされる胸の中。
・・・これはいったいなんなんだろう?
「・・・うん」
多分真っ赤になってる顔を見せないように、ソッポを向いて答える。
「いつか北村とも手、繋げたらいいな」
「・・・うん・・・」
そんな私の胸の裡に気付かず、竜児はそう言って笑った。

思えばあれが・・・私の初恋だったのかもしれない。


END





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