「!」
 大河の箸の動きが止まる。
 目を白黒させて胸を叩く。
 喉に詰まらせたな……ドジめ。
「ほら大河、水だ」
 ごっごっごっごっごっ。
 手渡されたコップの中身を飲み干し、ぷはーっと息をつく大河。
「……死ぬかと思ったわ」
「慌てて食うからだ。もうちょっと落ち着いてだな……」
「ひっく」
 竜児の言葉を遮って、大河の喉から漏れる音。
「……大河?」
「あらやだ……ひっく」
 口元を押さえる大河。
 しゃっくり、というやつである。
「あー……」
 竜児はコップに水を注ぎ、その上に箸を一本渡す。
「大河、この水をだな、箸の向こうから飲んでみろ」
「ひっく……はあ?何よそれ?……ひっく」
「昔から伝わるしゃっくりの治し方だ」
「ひっく、箸の向こうって……ひっく、どうすればいいのよ、ひっく」
「だからだな……コップに覆い被さるようにして、頭を逆さに向けて……」
「ひっく……えっと……ひっく……こ、こう?」
「おう、そのままゆっくり……っておいっ!」
「んぶっ!」
 止める暇もあればこそ。ぐいっと勢いよく傾けられたコップから溢れた水が、大河の鼻から額へと。
「げほっ!ひっく!えほっ!鼻に入った!えほっ!げほっ!ひっく!」
「あーあーあー、何やってるんだよお前は……」
 慌てて大河の顔と卓袱台、畳を拭く竜児。
 げほげほひっくとしばらく苦しそうにしていた大河だが、やがて竜児を恨みがましい目で見つめる。
「ひっく……うそつき」
「嘘じゃねえ、大河がドジなだけだ」
「あー、もういいわよ、ひっく、放っておけばそのうち治るでしょ、ひっく」

 器用にもしゃっくりを続けたままいつもと同じペースで食事を終え、大河はテレビを見ながらごろ寝状態。
 しかし、竜児が片付けをしてる間もずっとひっくひっくと言いつづけ、今でも止まる気配は全く無し。
 別にうるさいわけでもないが、やはり竜児としては気になる。
(うーん……どうしたもんだかなあ……)
 と、頭をよぎる一つのアイデアが。
(いやいや、そんな軽々しくは……)
 大河を見れば、やっぱり不機嫌というか、少し苦しそうで。
(……まあ、嘘ってわけじゃねえし……意味が少し違うだけで……)

「なあ大河、ちょっといいか?」
「何よ……ひっく」
 身を起こした大河の目を竜児はじっと見つめ、
「…………す、好きだ」
 ……
 …………
 ………………
「な、なななんな、あ、ああんた、なななにを、だって、竜児、みのりんが、でも」
 真っ赤になって慌てる大河を、竜児は真剣な表情で見つめたままで。
「……で、でも……竜児が、そうなら……その……私……」
「おう、しゃっくり止まったな」
「……え?」
「いやー、古典的だけど効くもんなんだな、びっくりさせるのって」
「ふぅ〜ん……びっくり……ねえ……」
 ゆらり、とその身にオーラを纏わせて立ち上がる大河。
「ほ、ほら、おかげでしゃっくり治っただろ」
 思わず後ずさる竜児にゆっくりと歩み寄って。
「うん、ありがと竜児……で、それはそれとして……」
 その顔には凄絶な笑みを浮かべて。
「地獄へ行く覚悟はできたかしら?」




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