始業式。
今日から新学期が始まる。
が、今朝から俺、高須竜児の気分はブルーだった。
今朝は新学期の為に用意した前髪のためのクリーム(地味に高かった)が意味を成さないことを実感し、オマケに家の壁の隅にカビまで見つけた。
この間カビ取りしたばっかりだっていうのに。
何で俺がわざわざそんなクリームを用意したのかと言えば、話は説明したくもない俺の遺伝的特徴を言わなければならない。
俺は目つきが異常に恐い。
何故か目端が吊り上り、三白眼などとよく言われ、それを隠すために前髪を弄ろうと思ったのだ。
俺が今朝からブルーなのはその生まれついての目つきのせいだったりする。
高校二年になった春、今日から新学期だというのに俺の唯一の親、母親である高須泰子は俺がカビに苛立つ顔を見て、

「あぁ〜ん、竜ちゃんどんどんパパに似てくるねぇ♪」

などと言ったのだ。
ちなみに俺は父親のことは写真でしか知らない。
物心つく前から、父親はいなかった。
その写真に写ってる父親はいわゆるヤクザで、恐い目つきで、泰子の胸を揉んでいた。
あんな奴が父親だというのは目つきの遺伝で理解しているが認めたくは無い。
だいたい、そいつがいないから泰子は夜の飲み屋での仕事で働かなければならず、こんなボロアパートに住んでいるのだから。
木造二階戸建のうち二階部分バストイレ付き2DK。
ちなみに一回は大家さんの家だったりする。
日当たりはついこの前までは非常に良かった。
この前までは。
隣にこちらの日照を度外視した巨大な高級マンションがイキナリ建ってからはその恩恵も遠く、毎日カビに悩まされる日々だ。
全く、それもこれも自分のこの目つきのせいだ。
……多分。



***



今日から新学期ということもあって、クラスが校庭で発表されている。
俺も例に漏れず自分のクラスを確認。
……2−Cだ。
他には…………ッ!!
掲示板を見て一瞬息を呑む。
こんな、こんなラッキーなことがあるだろうか!!

ザワザワッ!!

「ん……?……あ……」

掲示板を見て知ったとある嬉しい誤算のあまり、いつもは前髪で隠している三白眼を隠すのを忘れていた。
どうやら、周りの人間はそんな俺の目つきを見て怯えたらしい。
はぁ……前途多難だ。

「よっ、今年も同じクラスだな」

そこに、一年の頃から仲良くなった北村祐作が声をかけてきた。
おかっぱ頭に丸眼鏡。
見た目がちびま●こちゃんにでてくる学級委員に似ていることからまるおなどと呼び慕われている奴だ。



***



俺達は新しい教室に向かっていた。

「はぁ、今年もみんなの誤解を解くところから始めないといけないのかなぁ」

誤解とはもちろんこの目つきのことだ。
今まで何度不良だヤクザだと誤解されてきたことか。
悪いが俺は喧嘩したこともなければ血を見ただけで震え上がるようなチキン分百パーセントの男だぞ。
……言ってて悲しくなってきた。

「大丈夫だ、少なくとも俺はわかっているからな」

そんな俺に、北村はフォローを入れてくれる。
こんないい友達を持てて俺は本当に良かったと思う。
こうやって理解してくれる人はやっぱり少ないのだ。

「ああ、そうだな、ありがとう」

お礼を言うとともにこれからの一年に思いを馳せる。
何せ今年は「あの人」と同じクラスになったのだ。
俺が以前から憧れだった「あの人」と。
べっ別にお付き合いしたいとかじゃないぞ!?
いやしたくないわけじゃないんだが……この目つきだしな、はぁ……。
せめて少しでも仲良くなれれば……とまぁそんなところか。

「あ、北村君、おはよう!!今年は同じクラスだね」
「おお櫛枝、お前もC組か」
「うん、あ、高須君、だよね?」

北村に話しかけた女子、やや短めの髪にハツラツとした体躯の櫛枝実乃梨は俺にも笑顔を向けてくれる。
彼女は北村が男子ソフトボール部なのに対し、女子ソフトボール部員という微妙なつながりで知った娘だ。

「私のこと覚えてる?何度か北村君の周りでニアミスしてるんだけど」
「ああ、櫛枝実乃梨、だろ?」
「あらあらまぁ、フルネームで覚えててくれちゃって嬉しいかも!!」

彼女もまた、俺に恐怖を抱かない奇特な?人柄のようで、今年は少し希望が見えてきた、そんな気がした。

「ではでは共にさわやかに朗らかに青春をエンジョイしようではないか!!あっはっはっはっは!!」

少し、変な娘かもしれないけど。
さて、と。

「ん?どうした高須?」
「ああ、ちょっとトイレ」
「そうか、じゃあ先に行ってるぞ」
「おぅ」

俺はクラスに入る前に一度トイレに向かう。
新学期は必ずこうする習慣がいつの間にかできていたのだった。
そうして一、二歩進んだそのとき、

ボフッ!!

胸に何か当たった感触があった。

「ん?」

不思議に思って前を見るが何も無し。
右を見ても左を見ても何も無し。
とくれば残るは……下。
そう思って下を見た瞬間、衝撃が奔った。
目の前にはウェーブのかかった長くフワリとした茶の髪にそれはそれは小さな体躯で見目麗しい、

「おうっ!?あ、あ、あい「フゥン!!」さぐわぁっ!?」

そこまで思って、俺の意識はいい匂いと共にプッツリと途絶えた。



***



「災難だったな高須」

今だ傷む顎をさすっていると、北村が話しかけてきた。
どうやら俺は顎にアッパーを喰らい軽く意識を失っていたらしい。
その後教室でのホームルーム中ずっと傷む顎をさすっていたのだ。

「まぁそのおかげで誤解は早く解けそうじゃないか」

周りをみると俺と俺を殴ったもう一人の話題で盛り上がっていた。

「ヤンキー高須と手乗りタイガーの頂上決戦はタイガーの勝ちかぁ、タイガー凄いねぇ」
「いや、高須って目つきが悪いだけで別にヤンキーじゃねぇし。あいつは結構良い奴だぞ」

去年同じクラスだった奴が周りに説明してくれたり、先程の不甲斐ない自分を見て、急速に俺のヤンキー疑惑は薄れつつあるようだった。
俺は内心喜びを覚えつつも複雑だった。今回の件で俺の疑惑が解けるということは、もう一人の人物、手乗りタイガーと呼ばれている彼女に好奇の目が行くからだ。
そこまで考えて、俺はそこで一旦思考を切った。

「た、高須君?職員室に来てくれないかしら?」

怯えながら俺に職員室行きを命じた担任の先生、恋ヶ窪ゆり先生がいつのまにか目の前にいたからだ。



***



「失礼しました」

時間は放課後、挨拶をして職員室を出る。
終始俺に怯えていた先生が告げたのは進路調査票の未提出について。
うっかり忘れていただけなのだが、先生は俺が将来進むべき道に迷っていると勘違いしたらしい。
いや迷ってはいるんだけど、きっと先生の思う迷い方では無いと思う。
俺はやや遅くなった帰宅時間に溜息を吐きながら教室へと戻った。
教室に鞄をおきっぱなしだった為だ。
こんなことなら職員室に持って行けば良かったかも。
そうして教室のドアを開けた時、それは起こった。

ドォォォォォォン!!

椅子が、机が、宙に舞った。

「……は?」

思わずおかしな声を出してしまう。
と、掃除用具箱が倒れ、中からころころと転がってくる同級生がいた。
驚いたことにどうやらそれは女子らし……いっ!?

「あ、逢坂……?」

そこにいたのは今朝は俺の顎にアッパーを喰らわせた見目麗しい小さな体躯の女子、逢坂大河だった。
どう話しかけていいものか迷う。
床で横になったら汚れるよ、とかが妥当だろうか?
しかしまだほとんど初対面の人間にそんなことを言ったら失礼になるかもしれない。
ああ、でも自分の見ているところで汚れていくものがあるのも許せない。
散々悩んだ結果、俺はとりあえず見なかったフリをして鞄を取りに行くことにした。
何を話しても上手くいかない気がしたからだ。
主にこの目つきのせいで。
しかし、俺が自分の鞄に触れた時、それは起こった。

「あーっ!?ア、ア、アアアアンタな、何してるのよ!?」

逢坂は目をこれでもかというくらいに見開き、体を震わせている。
しかし一体何にそんなに驚いているのだろう?

「いや、鞄を取りに来ただけなんだけど……」

出来るだけ視線を合わせないように言葉を返す。
こういう時はお互い真っ直ぐに向き合って話すのが常識だが、俺の場合それをするとどうなるかは人生の大半を使って経験済みだ。

「アンタのだって言うの?あっ!?れ、れ、れつ……?」
「れつ?」

「れつ」がなんだというのだろう。
あ、もしかして列か?

「レッツゴォーッ!!」
「なにぃ!?」

俺の推理が違っただと!?
などと驚いたわけではない。
彼女はその小さな体躯で教室の端から中心辺りまで一足飛びで近寄って来たのだ。
何という瞬発力、そして体のバネ。
だが感心してる暇は無かった。

「ふんぬぬぬぬ……!!」
「な、ななななな!?」

逢坂は何故か俺の鞄を奪わんと鞄に掴みかかってくる。
意味がわからず俺もなし崩し的に反対に自分の鞄を引っ張った。
彼女は余程俺の鞄を手に入れたいのか目をぎゅっと閉じて力一杯引っ張ってくる。
その顔はとても必死で、だが肌はミルク色に透き通り綺麗で、『やっぱり』可愛いと思わせる。
と、そんな事を考えていた時、

「ふんぬぬぬ……くしゅん!!……あ」
「ぬわぁっ!?」

逢坂はくしゃみをし、瞬間的に鞄から手が離れ、結果俺は引っ張る勢い余って鞄ごと後ろに吹き飛んだ。
逢坂はしばらくその様をボーッと見ていたが、やがて不機嫌な顔を作って教室を後にする。

「馬鹿ッ!!」

俺の胸に会心の一撃を残して。



***



俺は教室で暴れた際に乱れた机や椅子(もともと逢坂がやった分も含めて)を整頓してから帰宅した。
ハッキリ言って気分は朝以上にブルーだ、いやダークだと言ってもいい。

『馬鹿ッ!!』

胸に残る罵声。
どうしてこうも俺は傷ついているのか。
いや、理由はハッキリしている。
ではどうしてそんなことを言われたのか。
やっぱりこの目か、目つきが悪いのがいけないのか。
畜生、目つきの悪さの馬鹿野郎。
俺はそんなダークな気分で夕飯を作り、泰子を仕事へ送り出し、自室の机に向かう。
こんな気持ちで取り組みたくはないが、あともう少しで完成なのだ。
もし俺が彼女とドライブデートをする時にかけるなら、という名目の元にMDで作っているドライブミュージックセレクション。
夏、秋、冬、はもう完成している。
あとは春、それだけなのだ。
ん?免許?もちろんそんなものは無い。

「良し、これで良いだろ」

お気に入りの曲を集め作り上げたベストドライブコレクション春。
これも机の隣の本棚の一番下においてあるダンボール、今だ使われる事のない『恋人が出来たらグッズ』に追加する。
ようやく終わったという達成感と、使う予定の無い山のようなグッズを見ての空虚感を同時に感じ、はぁと溜息を吐く。

「と、忘れる所だった、進路調査票」

俺は気分を変えるためにも、今日言われたソレを書いてしまおうと鞄を開いた。
ノート、教科書、ペンケース、ピンクの封筒、進路調査票……とあったあった……?

「……なんだコレ?」

鞄に入っていた見知らぬ桃色の封筒。
手にとって見ると、そこには、

『差出人:逢坂大河』

そう書かれていた。

「え……?え……?え……?」

俺は今夢を見ているのか?
いやこれは紛れも無い現実だ!!夢であってたまるか!!
しかしまさか、まさか俺がラ、ラブ、ラブレターを貰うとは!?
いやいや落ち着け高須竜児。
まだラブレターだと決まったワケではない。
くっ!!ニヤけるな俺の口元!!
……無理か。
だって逢坂だぞ!?あの逢坂だ!!
背が小さく、しかしその気性と名前から手乗りタイガーと呼ばれる学校の有名人だぞ!!
その可憐な姿から一年の時は告白ラッシュが続き、全て速攻で振ったという伝説の手乗りタイガーだ!!
何を隠そう俺だって……ピラ…………?

『北村祐作様』

……。
…………。
………………。
いっそ、夢だったらいいのにと思うのは都合良すぎる、よな………………はぁ。
桃色の封筒の裏、正確には表だが、そっちを見て出てきたのは俺の席の隣にして友人の名前。
ここまでくればいくら何でも事の成り行きがわかる。
逢坂は放課後北村の鞄にラブレターを入れようと思って間違ったのだ。
北村と俺の鞄を。

「はぁ……」

重い、重い溜息を吐く。
わかっちゃいたことだが、現実は結構辛い。
とりあえず明日にでも返そう。
そう思ってた時、

「……あ」

封筒の封が開いてしまった。
なんてことだ。
このままではヤヴァイ。
軽くヤヴァイ。
慌てて封を元通りにしようとして……気付いた。

「……空っぽ?」

封筒の中は空っぽだった。
心なしか、安堵する。
それは封を開いてしまっても問題なかったからか、それとも……。

「あ〜やめやめ!!……考えるのはよそう」

途中で思考を仏詫GILL。
だってそうでもしないと冷静でなんていられそうになかったから。
いや、仏詫GILLなんて言ってる辞典で冷静じゃ無いか。
あ、また間違った、時点、だ……はぁ、本当にもう寝よう。



***



時間は真夜中。
普段なら何事もなく眠っている最中、物音がした。

「泰子……?」

俺は気になって目を覚ました。
しかし時計を見てもまだ泰子が帰ってくるには早い時間帯。
俺は念の為に起きあがって居間を見に行った。
と、涼しい風がカーテンを揺らしているのが暗い部屋でも見えた。
あれ?窓は閉めたはず、そう思ったのと同時、俺は背後に気配を感じた。

「!!」

何が幸いしたのかわからない。
一つ言えることは、これはただの偶然だった。

「痛ってぇ!!」

振り下ろされる獲物。
恐らくは木刀。
暗い部屋でまともに見ることも出来ずにガード出来たのは、根っからのチキン根性、常に自衛を意識して出来た防御の賜物だった。
早い話が恐くて顔の前に腕をクロスしたらたまたま木刀をガードした構図になっただけである。
相手の方を見れば、三寸ばかりなる人、いと美しゅうていたり。
間違った、途中から竹取物語になってた。
だいたい三寸の人間なんていてたまるか。
よしんばいたとして、ここまで力が強くてたまるか。
そう混乱しながら確認した相手は見覚えのあるサイズの人だった。

「ぶえっくしゅ!!」

相手が特大のくしゃみを放つ。
俺はその勢いで離れ、部屋の電気を点けた。
こうこうと再び明かりが灯る我が家の居間にいる襲撃者は、

「あ、あいさかぁ!?」

逢坂大河だった。
何だよ、いと美しゅうていたりのくだりは間違ってねぇじゃねぇか。
ってそんなことは今はどうでもいい。
でも、髪、長いなぁ。
それに足、細いなぁ。

「フン!!」

声、綺麗だなぁ……ってどわぁ!?
逢坂は何故か俺に木刀を振り続ける。

「あ、逢坂!?何を!?」
「……見たんでしょ?読んだんでしょ?笑ったんでしょ!?」

逢坂は木刀を振り続ける。
一体何を……?あ……!!

「ああ!!あのてが……『ズボォ!!』……み?」

逢坂は手加減という言葉を知らないらしい。
襖を背に立っていた俺の顔目がけ、「阿呆が……」とでも聞こえてきそうな刺突、いや牙突が来た。
壱式?弐式?参式?まさか零式?
いや俺にそんなものを見極める目は無いけど。
咄嗟に顔をズラしたのが幸いし、俺の顔に直撃する筈だった木刀の切っ先は襖に突き刺さっている。

「あれを知られたからには死ぬしかない……」
「お、おい死ぬとかそんな簡単に……!!」

逢坂のあまりの思い詰めように焦るが、

「でも、死にたくないからアンタを殺す」

これも許容出来る範囲には無い。

「もしくは記憶を消してもらう」
「ど、どうやって!?」
「大丈夫、こいつで脳天ぶったたけば記憶くらいはぶっ飛ぶだろうよ」

無茶苦茶だ。
逢坂は手紙の件で正気を失っておられるらしい。
ここは冷静になってもらう為にも事実を述べよう。

「あ、逢坂、あの手紙だけど……」
「うるさいうるさいうるさい!!」

ぶんぶん首を振る逢坂さん。
何処の炎髪灼眼ですかあなたは。

「死ねぇぇぇ!!」
「ちょっ!?空っぽだったんだってばぁ!!」

俺は叫びながら来るべき衝撃に備え、腕をクロスしてガードし目を瞑りながら叫ぶ。
が、衝撃はいつまで待っても来ない。
目を開けて見ると、驚いたように固まった逢坂がそこにいた。

「空っぽ……?」
「あ、ああそうだよ、空っぽの封筒だったんだ」

逢坂は急に力が抜けたように倒れ、次いで、

「グゥ〜〜〜♪」

お腹から可愛らしい音を鳴らした。



***



私は、何かの良い香りがして目覚めた。
目を開けると、そこにはクラスメイトの高須竜児、もとい凶眼手紙泥棒未遂男がいた。

「お前、そんなに腹減ってたのか?」

凶眼手紙泥棒未遂男は、そんな事を言いながら私に皿を差し出してきた。
そこにはホクホク湯気の立ち上る出来たてホカホカ感たっぷりの炒飯があった。
なんのつもり!?と睨もうと思ったが、空腹は事実。
ここは仕方がない、食べてやろう。
でも、こんなことでは誤魔化されないんだから!!
はぐっ!!……んぐんぐ……う、美味い!?もぐもぐ……!!

「おい、炒飯は別に逃げねぇぞ」

うるさいわねこの凶眼手紙泥棒未遂男。
全く、何でよりにもよってこんな炒飯にニンニクの香りを付ける為に生まれてきたような奴に……。

「ほら、顔に米付いてる」

凶眼手紙泥棒未遂男は私にハンカチを寄越す。
私はそれをぶんどり慌てて顔を拭きだした。
いくら凶眼手紙泥棒未遂男とはいえ、他人の前でレディが顔を汚すなんて恥だ。

「お前、なんでそんなに腹減らしてるんだ?」
「……コンビニ飽きちゃったの!!」

私は一人暮らしだ。
一人暮らしと聞けば凄いね、憧れだよね、なんて言ってくれる人もいるが、ちっとも凄くないし憧れでも何でもない。
別に好きで一人暮らしになったわけでもないんだ。
あ、何かまたムカムカしてきた。

「何でコンビニなんて……いや、悪い、何でもない」
「フン、だいたいアンタが大人しく鞄を一回貸してればこんなことにはならなかったのよ。どうオトシマエつけてくれるわけ!?何て恥なの!?」

凶眼手紙泥棒未遂男に嘗められないよう出来る限り強気になる。
しかし凶眼手紙泥棒未遂男……ええいめんどくさい、クラスメイトT……これじゃ犯罪者みたいじゃない。
まぁ犯罪者みたいな顔はしてるけど。
……もぅめんどくさいし高須竜児でいいわ。
その高須竜児は私を見て一言、

「まだついてるぞ」

それを聞いた私は慌てて口周りを丹念に拭くのだった。
そんな私を見て高須竜児は溜息を吐くと腹を決めたように「ちょっと待ってろ」と言って居間からいなくなった。
数分して高須竜児はすぐに戻ってくる。
大きいダンボール箱を持って。

「ナニコレ?」

全く持って意味不明だ。
中にはMDやらノートやらが一杯詰まっている。

「これはな、俺がもし彼女とデートするならという時の為に作ったMDだ。ちなみに今日で春夏秋冬全てのパターンをそろえた」
「……アンタ免許は?」
「もちろん無い」
「………………」
「それは彼女の為にうっかり作った詩、それは……」

高須竜児は一つ一つ丹念に私に説明していく。

「お前は凄いよ逢坂、俺はこんな目つきだし彼女が出来るとも思えないからこうやって想像するだけだ。でもお前は行動に移したんだ」

だから何よ。

「どうだ?俺はこんな根暗野郎だが、それでもこれを恥だと思わねぇ。だから逢坂も自信持てよ」

ふん、別にアンタに認められたって……嬉しくなんかないわよ。
私はそう思いながらダンボールの中のノートの一つに手を伸ばし、ページを開こうと「のわぁっ!?」……なんだってのよ。

「ス、スマンがそれはダメだ。他のは見ても良いがこれだけはダメだ」

高須竜児は大事そうにそのノートを抱える。

「ふぅん、恥だなんて思わない、とか言いながらそれを見られるのは嫌なんだ?」

所詮口だけの男ね。

「いや、そのなんというか……」
「そこまでやられると逆に気になるわねその中身、それを見せてくれたら今回の件チャラにしてあげてもいいけど?」
「なっ!?そ、それはありがたいがこれだけは勘弁してくれ!!その他のことだったら何でもいから!!何でも言うこと聞くから!!」
「何でも?」

こいつ、馬鹿じゃなかろうか。
墓穴掘っちゃったよ。

「じゃあ何でもしてくれる?犬のように何でも従順に?」
「する、するする誓う!!だからこれだけは、な!?」

この瞬間、私は下僕という名の仲間を一人手に入れたのだ。



***



「あれどうするの?」

ようやく納得したらしい逢坂が帰宅前に尋ねてきた。
あれとは逢坂が開けた襖の穴だ。

「ああ、あれくらい何か紙でも貼って誤魔化すよ」
「ならこれ使って。お金かかるなら後でちゃんと払うから」

逢坂はそう言って俺が返した逢坂作の封筒を差し出して来た。

「じゃ」
「あ、送るぞ」

時刻は朝方、しかし女子を一人歩きさせて良いものか。
否、断じて良くない。

「いい、近いし、木刀あるし」
「いや、いくらなんでも……」
「じゃあね、竜児」

しかし逢坂はそれだけ言うと出て行ってしまった。
って今、名前を呼び捨てにされた、か?
途端胸に去来する幸福感。
俺はくるくる回りながら自室へと戻った。
机の上には一冊のノート。
逢坂の好奇の目から死守した一冊だ。
これだけは彼女に見られるわけにはいかなかった。
俺はノートを開き栞のように封筒をそこに挟む。
そのページには、詩の前書きが綴ってあった。
この後には長く恥ずかしくなるような詩がたくさん綴ってあるわけだが、その前に、という前書き。
俺はそれに目を通し、今日はこれを死守出来て良かったと思った。
さて、もう何時間も寝られないが、少しでも寝るとしよう。
俺は気分の高揚からか、ノートを開いたまま再び床についた。



***



静まりかえる室内。
開かれたノート。
ノートには中心に前書き。
そこにはこう書かれていた。



─────逢坂大河嬢に捧ぐ─────



***



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