「おかわり!」
「おぅ!」

俺は茶碗を受け取り炊飯器のご飯を再び盛ろうと……って!?

「おい!?何で朝から逢坂がここで飯食ってんだ!?」
「はぁ?」

逢坂は何言ってんの?とばかりに俺を睨みつけてくる。
いや、決して迷惑なわけでは無いのですよ逢坂さん。
むしろウェルカムなのですが……いろいろと、ねぇ。

「別にいいじゃない竜ちゃん。大河ちゃんはちっちゃいから省スペースだし」

泰子がフォローらしきものを入れてくれる。
二人は今朝出会い、イキナリ意気投合した。

「竜ちゃんに女の子のお客さんだぁ〜♪え?何?大河ちゃんって言うの?宜しくねぇ♪」

泰子は馴れ馴れしいまでに大河に近寄り笑みを浮かべた。
それに逢坂は面食らったのか驚いたのか、しかし不快に思うことは無かったようで。

「はい、高須君のお母さん」

普通に返事を返していた。

「あ〜堅苦しいの禁止〜、私はね、やっちゃんでいいんだよ?」

そのせいか、泰子は自分をやっちゃんと呼ばせるようになり、そのまま逢坂はウチで朝食を食べる運びとなった。
逢坂ももともとそのつもりでこちらに来たようで、今に至るのだ。
俺は上手い事逢坂と仲良くなった泰子を内心うらやみながら炊飯器の蓋を開き、唖然とする。

「……空っぽ?」

昨日っていうか今朝の逢坂と同じ台詞を口走る。
炊飯器は綺麗さっぱり空になっていた。



***



「まったく、使えない駄犬ね」

逢坂はまだ満腹では無かったのか、そう文句を漏らす。

「今度から来る時は一言言ってくれよ、そしたら多めにご飯炊くから」
「は?何でそんなこといちいちしなきゃなんないのよ?」
「いやだって毎日多めに炊くのMOTTAINAIだろ?」
「私が毎日食べにくればいいじゃない」

What?What are you say now?
……思わず英語で尋ねてしまった。幸いなことに口にはだしていないが。
毎日、everydayと申されましたか逢坂さん。
俺は今真剣に悩んだ。毎日彼女が来るのは正直嬉しい。まぁ、もう俺の想いが届く望みは無いんだけど。
でも、来てくれるというのならウェルカム、と言いたいが毎日あの量を食べられちゃ泰子の給料だけでは賄いきれるかどうか。
俺がバイトすれば話は早いが、泰子は俺のバイトを一切認めてくれない。
う〜む、と唸っていると、

「何よ?文句あんの?あ、食費はちゃんと出すわよ?」

問題が即座に解決した。

「えっ?いいのか?」
「アンタね、私だって遠慮ってモンくらい弁えているわよ、待ってなさい、今お財布から……あら?お財布忘れたのかしら」

逢坂はスカートのポケットをまさぐり、財布を捜すが目当てのものは見つからなかったようだ。

「ちょっと竜児、そこのベランダ開けて」
「?どうすんだよ?」

俺は言われるがままに一応開けるが、意味がわからない。

「取りに行くのよ、私のお財布」

逢坂はそう言うと、ベランダにあるデッキブラシで正面の窓、隣にそびえる高級マンションの一室の窓を開けた。

「お、おい!?何やってんだ!?」
「何って……自分の部屋にお財布取りに行くの、よッ!!」

思いっきり逢坂は飛び跳ね、正面の窓に飛びつく。

「おい!?危ないぞ!!」
「ヘーキヘーキ」

逢坂は気にした風も無く部屋に入り、

「あったあった」

難なく戻って来た。
どうでもいいけどちゃんと玄関使って欲しい。
いろんな意味で危ない。
だって逢坂、自分がスカート穿いてるっていう自覚あるのか……?



***



「というわけで北村君との仲、取り持ってよね」

家を出て開口一番、逢坂は俺に断首台を突きつけた。ああ、わかっちゃいたさ。

「犬のように私の為に働くって約束したんだからね!!」

逢坂は俺に指を向けて言い張る。まぁ、つまりは今の俺は逢坂と北村のキューピットにならなければならない、ということだ…………はぁ。



***



今朝は体育から始まった。バスケットボールのパス練習だ。

「高須、組まないか」

北村が俺を誘ってくる。

「おぅ、いいぞ」

断る理由も無いので俺は北村とパス練習を始めた……のだが。
何かこう、怨念じみた怨嗟を感じる。ふと振り返れば……奴がいた、もとい逢坂がいた。
何か言いたげな目で俺を見つめ……否、睨んでいる。
あの視線が純粋にただ俺を見ているのだったら何と嬉しいことか。
内心でまた溜息を吐きつつ、逢坂の意図を理解した俺は渋々一役演じる事にした。

「行くぞー高須ー」

北村がパスを出してくる。
それを俺は、わざと顔面で受けた。

「痛っ!!」
「!?大丈夫か、高須!!」

北村が寄ってくる。

「おお、大丈夫大丈夫。悪いな、少しボーっとしてた」
「いや、大丈夫ならいいんだが、こっちこそ悪い、ちょっと強かったか?」
「いや、あれくらいだろ。俺がボーっとしすぎてただけだって。あ、でも何かクラクラするから保健室行って来る」
「なら俺も付き添おう」
「い、いやいいよ、お前は悪いけど他の奴と……そうだな、おーい逢坂!!」

ここらでわざとらしく一人になっている逢坂を呼んでやる。

「な、何?高須君」

一丁前に丁寧語、北村の前だと苗字に君付けときたか。
俺は……名前で呼ばれる方がいいけどな。

「悪いけど俺保健室にいくから北村のパス練相手になってくれないか」
「う、うんいいわよ、丁度一人だったし」
「じゃあ頼んだ」

そう言って、俺は体育館の出入り口に向かった。チラリと後ろを見れば、少し複雑そうな顔をしながらも微笑を浮かべる逢坂がいた。
その笑みが俺に向けられたものじゃないのが悔しいが、しかし逢坂が喜んでるなら良しとしよう。
だから、胸に走ったズキンという痛みは無視することにした。



***



放課後、今日の調理実習で作ったクッキーを持って私は緊張していた。
このクッキーも竜児が作るのを手伝ってくれたのだが、そこの説明は割愛。
何故かって?
だってこの犬、女の私より料理上手いってどういうことよ!?全くプライドが傷ついたわ。
まぁ、私はどんな料理もたいして上手く作れないんだけど。

「いいか、飽くまでさりげなく行くんだぞ?」

竜児は心配性なのか、私に念をおしてくる。
アンタその念押しもう軽く五回は聞いてるわよ。

「わかってるってば」

そうして踏み入れたクラス内。
目当ての人、北村君の席には……誰もいなかった。

「あれ……北村君がいない」
「なに……?本当だ」

竜児も意外そうにしていると、教室でトランプに興じてた奴らがつい先ほど出ていった旨を教えてくれる。
竜児曰く、

「そうか、生徒会かも」

だそうだ。
そうなるともう今日中に渡すのは絶望的になりそうだとか。
冗談じゃない、今日中に渡さないとこのクッキーがどうなるかわかったもんじゃない。
主に私の胃袋に入る可能性が高くなる。
まだそう離れていないらしいので慌てて私達は駆け出した。

「どけどけどけぇーい!!」

私は人垣を掻き分け走る。
廊下を突っ切り曲がり角を曲がり階段を駆け上がる。
竜児が少しずつ遅れ始めるが気にしてはいられない。
そうして階段の最後の一段を踏み込んだ時、グラリと視線が揺れた。

「あ……」

……踏み、外したぁぁぁ!?

ドン!!

背中に衝撃が走り、私は呻き声を……上げなかった。
背中への衝撃も無かった。
背中に人の気配がする。

「竜児!?」

振り向けばそこには私と壁の間にクッション代わりになった竜児がいた。

「ちょっ!?大丈夫!?」

いくら私が小柄なほうとはいえ、人一人がそこそこの高さから落ちてくるのを受け止め、その衝撃をコンクリートの壁で受けたのだ。
無傷ではいられない。

「つつ……クッキーは?」

そう言われてはたと気付いた。
握り締めていたクッキーの袋が無い。
上を見れば、階段を上った先の窓が開いている。
恐らく、クッキーは外だろう。



***



気にするなという竜児を仕方なく一度教室に置いていき、私は校庭に出た。
わりとすぐに袋は見つかるが、

「これじゃダメね」

土が付いて汚れ、手に持った感触から中は粉々だ。
本当なにやってるんだろう私。
人に怪我させてまでこんなことして、あげくクッキーは台無し。
もうサイアク!!
そう思って半ばヤケになって食べた粉々のクッキーは……予想以上にしょっぱかった。
砂糖と塩、間違えたぁ……。



***



夕暮れオレンジの中、教室の椅子に座って痛めた腰をさする。

「こりゃコブでもできたかな」

これは先ほど逢坂を庇って受けた傷。
でも、俺がああしないとこの痛みを逢坂が受けていたことになる。
だから……後悔はしていない。
それに……、

「柔らかかったし、いい匂いだったなぁ」

役得もあったのだ、文句は言うまい。
そうしていると、誰かが教室に近づいてくる気配が。
ガラッと扉を開けて入ってきたのはしょぼくれた逢坂だった。

「どうだ?あったか?」

コクリ。

「無事か?」

ブンブン。

やっぱりダメだったか。
何せ結構な高さから落ちたからなぁ。
上手く芝生や木の枝等に引っかかったりってのは無かったか。

「私ってさ、何をやってもダメなのかなぁ」

逢坂は今回の失敗が余程堪えたのか、かなり自信を喪失しているようだ。
そんな顔を見てると、胸が締め付けられる。
また、『あの時のような笑顔』を見せて欲しい。
その対象が、俺じゃなかったとしても。
だから……、

「それ、ちょっとくれよ」

俺は逢坂の処分行きクッキーの袋を分捕り口へと放り込む。
…………!?!?!?!?!?
し、し、しょっぱぁぁぁい!?
砂糖と塩間違えてるなコレ。
けど、不幸中の幸い、か。
逢坂はコレを渡さずにすんだんだ。
……まてよ?じゃあ逢坂はまだコレを食べて無いんじゃ……?くっ仕方無い!!

「んがぁぁぁ!!」
「あ!?ちょっとアンタ何全部食べて……!?」
「んぐんぐ……美味い!!これならきっと北村もイチコロだったハズだ、次頑張ろうぜ」
「あ……」

逢坂は不思議そうな顔で俺を見つめる。
心なしか、口元に笑みを浮かべたような、そんな気がする。
さて、そろそろ帰らねば特売に間に合わないな。



***



昨日の背中の痛みは幸いにもたいしたことはなく、俺は今日もまた学校へと赴いた。
今日は一体どんな手伝いさせられるんだろうと思うと少し憂鬱だけど。
と、クラスに入るなり雰囲気がおかしかった。
皆一様に俺を見つめ、次いでついてくるようにクラスに入ってきた逢坂を見つめる。
一拍間があって、途端、

「噂は本当なのかぁ!?」
「タイガーと高須が放課後クッキーを食べあってたぁ!?」
「マンションから一緒に出てきたぁ!?」

大騒ぎになる。
一体なんだってんだ?



***



「噂になってるみたい」

放課後、逢坂に言われ寄った喫茶店。
今朝からおかしい学校の連中のことを逢坂なりに探り得た答えがそれらしい。
ちなみに俺も調べた結果、同様の意見が生まれていた。

「みのりんに聞いたんだけど、あ、みのりんってのは同じクラスの櫛枝実乃梨ね」
「ああ」
「何でも私がアンタと買い物してるところとか一緒にマンションから出てきたところとか目撃されてて、それで恋人疑惑が持ち上がってるらしいわ」
「俺も聞いた感じ似たような内容だった」
「オマケに昨日のクッキーの件を覗き見してた奴がいて、言いふらしたらしいの。今回騒ぎが大きくなったのはそいつのせいね、まぁそいつには真っ赤な血の雨を降らせたけど」

逢坂が言うと冗談に聞こえないから恐い。
そういえばそれとは関係ないと思うんだけど能登の奴が放課後いなかったんだよな、話聞きたかったのにどうしたんだろ?

「悪かったわね」

と、急に逢坂が謝ってきた。

「私がアンタとここまで一緒にいなきゃこうはならなかったし。ちょっとお世話になりすぎたわ」

そんなこと無いぞ、とは言わせてくれない。

「アンタの家って居心地良かったんだ。だからついついお世話になってたけど、確かにおかしいよね」

おかしい?

「私さ、両親離婚して父親に引き取られて、まぁ再婚したんだけどその相手と折り合い悪くってさ、喧嘩したら一人暮らしになってた」
「なんだよそれ……」
「こんな家いたくない、そう言ったらそれでじゃあこうしよう、ってね」
「そんな……」
「だから、家族の温かみみたいなのがあるあの家が凄く羨ましくて、ついつい居ついちゃった」

そう説明する逢坂は何処か悲しそうで。
だから、今まで誰にも見せた事の無いこれを見せてもいいかと思った。

「なぁ逢坂、これ見てくれよ」

それは財布に入れてる一枚の写真。名も記憶も無い父親の写真だ。

「ぶっ!?ナニコレ!?恐っ!?っていうか似すぎ!!ぶはははははは!!」

逢坂の顔に笑顔が戻る、良かった。

「俺なんてこいつに似てるってだけで苦労してきたんだ、この目つきでな」
「ぶははははは!!」
「そんなに笑うなよ、ってそういやお前は俺を恐がらなかったなよな」

今も昔も。だから、次に彼女から放たれる言葉は予想がついていた。
きっと彼女は覚えていないだろう。過去に俺にそれを言ったのを。でも、俺は覚えてる。それがきっかけだったから

「あったりまえよ、いい竜児?」



─────神の前に、人は平等なのよ。



***



朝早く、俺は普段とは時間を変えて登校した。
目的は一つ。
この手だけは何があろうと使いたくなかったが、でも昨日の逢坂の言葉を聞いて、逢坂の為ならやってもいいかと思った。
ガラリと教室の戸を開けると。既に結構な人が登校してきてた。

「あれ?高須今日は彼女と一緒じゃねーの?」

クラスメイトが一人意外そうに笑いながら俺に声をかけてくる。
スマン名前も知らないクラスメイトよ。

「ああん!?」

俺は出来る限り恐い声を出して凄んだ。
途端、静まる教室内。
一気に、俺が昔浴びていた視線を浴びる事になる。
普段なら誤解を解くのに必死になるか、はたまた逃げるかのどっちかだが、今日ばかりは染み込んだチキン根性を返上しなければばらない。

「俺が、誰と、何だって!?」

出来るだけ悪ぶりながらその男に近づく。

「ひっ!?ご、ごごごごごめんなさい!!」

男は急に怯えて俺の前から走り去る。

「昨日から、根も葉もない変な話してるのは、どいつだ?」

俺は構わず教室中に憎むべきこの凶眼を向ける。
誰もが目を逸らし、怯えている。

「誰もいないってことは気のせいかなぁ、だったらもう二度とそんな話題出てこないよなぁ」

俺はわざと大声でそう言った後、教室を出た。
スマン、ぶっちゃけ俺のチキンハートはもう限界なのだ。
俺は逃げるように教室から遠ざかった。
校舎から出て、誰もいない裏庭で座り込む。

「はぁ、やっちまった……」




***



今朝も竜児の家にご飯を貰いにいったら、竜児は既にいなく、私とやっちゃんの分の朝ごはんだけラップしてあった。
不思議に思いながらも登校し、全てを知った。

「ご、ごめん逢坂さん、二度と変な噂立てないよ!!」
「べ、別に本気にしてたわけじゃないんだ!!」

次々と私に謝罪を述べてくるクラスメイト。私が首を傾げていると、みのりんが近寄ってきた。

「あのね大河、高須君が……」

そうして私は全ての説明を聞いた。あの馬鹿犬は、誤解を解くために、最も自分の嫌う方法をとったのだ。
恐らくは、私の為。私の恋の応援をしなさいという約束の為。あの……馬鹿犬が。私はすぐに駆け出していた。



***



「俺、今日はもう帰ろうかな」
「へぇ……いいご身分ね」

散々探し回って、ようやく竜児を見つけた時、そいつはあろうことか帰ろうとしていやがった。

「あ、逢坂!?」
「おい、駄犬。いつからアンタは私に断りも無く先に学校に行って先に家に帰れる身分になったのよ!?え?言ってごらん?」
「いや、その……」
「アンタ私に言ったわよね?何でもするって。でも頼んでもいないこともやれなんて言った覚えは無いけど!?」
「えと、あの……」

言ってごらんと言いながら反論させる暇など与えない。理不尽?そんなもの知ったことか。

「アンタもしかして今回の件でこの前の件がチャラ……自分が開放されるだなんて思っているんじゃないでしょうね?」
「へ……?」
「甘いわよ、そんな簡単に手放すもんですか」
「は……?」
「いい?アンタは私の許しが出るまで勝手なことは許されないのよ?わかってる?」
「いやあの逢坂……?」

竜児は意味がわからないというように不思議百面相な顔をしている。

「だいたいね、アンタ『竜』なんて大層な名前持ってるのにその情け無い態度は何!?もっとしゃきっとしなさい!!」
「しゃきっと……?」
「いいこと?今回の件は確かにアンタは頑張った、そこまでの勇気は認めてあげる」

私は空を見上げる。そこには、大きく長い飛行機雲が二本。

「アンタのその勇気に免じて、今から特別に勇気ある『竜」のアンタが私の隣に並び立つ権利をあげるわ!!」
「勇気ある『竜』……?」
「昔から、虎と並び立つ者は竜と決まってる、私は逢坂大河、アンタはこれからも私の為に私の傍らに居続けなさい!!」
「あ、あい「竜児!!私は並び立てと言ったのよ!!」………………たい、が……?」

ようやくと、竜児は憑き物が落ちたような表情で、私の名前を呟いた。

「そうよ、やればできるじゃない、竜児」

私は、こいつにやっと私の名前を呼ばせることが出来た事を、何故かとても誇らしく思えた。
まぁ疑問系なのはこの際、昨日のしょっぱいクッキーを無理して食べた事で目を瞑ってやるとしよう。



***


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