正直、慣れない事はするもんじゃないと思った。
大河、と呼ぶことを強要……もとい許された俺は、半ば大河に蹴り飛ばされながら教室へと舞い戻らされた。
そのあまりの情け無い姿にクラスメイトはポカーンとしていた。
先ほどあれだけ凄んだ相手が、小柄な女の子一人に頭が上がっていないのだ、当然といえよう。
そのまま俺は頭をはたかれ土下座させられた。
ぶっちゃけ、俺とて土下座で許されるならそっちの方がいい。
体裁?そんなもの俺の辞書には今限定で存在しない。
俺が凄んで退散させた男子生徒などは、俺のそのあまりのギャップに笑い出し、次いで教室中が笑いに包まれた。
曰く、ヤンキー高須は見かけだけ。
大変ありがたくは無い評価だが、事実を述べている上にヤンキーであることの誤解を解けるのであれば、甘んじてそれを受け入れることにした。
それから北村の取り成しや、何故か櫛枝の口添えもあって、俺はもとの見た目だけ恐い優等生として再びクラスに迎え入れてもらうことに成功した。
これでまた安心して学校生活を営めると思ったのも束の間、時期はゴールデンウィークに突入し、俺のまともな学校生活は先送りとなった。
これはきっと罰だと思いつつ、全ての原因はやはりこの凶眼かと自身の目を恨むことで、精神の安定をはかり連休最終日。
やっぱりこのお方がウチにやってきていた。
「竜児、ご飯まだ?」
長いブラウンのフワリとした髪に小柄な体、フリフリしたスカートを穿いた逢坂大河、その人である。
今日も可愛らしいその様は妖精を思わせるように華憐だ。
俺は大河の質問に台所でデザート、プリンを作りながら答えた。
大河はプリンが大好きなのだ。
「もうちょっとだ、今日の昼は丼ものだから後はご飯が炊ければいいだけ」
「ふぅん、あと何分くらいー?」
彼女は居間で座りながら、その細い足を伸ばしてパタパタさせてテレビを見ていた。
テレビには最近話題の女性モデルが映っている。
「おぅ、あと……!?」
俺は炊飯器を見て絶句した。
「どうしたのー?」
大河が何かあったのかとテレビを見ながら聞いてくる。
「大河、残念なお知らせがある」
「なにー?」
「なにがあっても冷静さを失ってはいけない」
「何の話ー?」
「炊飯器が、壊れていた」
「………………」
大河が押し黙る。
確かに昨日までは現役だったのにこの炊飯器に一体何が起こったというのか。
いや、今はそんなことより飯をどうするか考えないと……。
「竜児」
「おぅっ!?」
急に大河さんが底冷えするような声で名前を呼んだ。
「壊れていた、ってどういうこと?」
大河は何か、身内に起こった不幸を信じられないかのような顔で問いかける。
気持ちは良くわかる。
昨日までは元気だったんだ。
俺達に暖かい飯を提供してくれていたんだ。
ああ、あの暖かい白米が今走馬灯のように……。
「竜児」
「お、おぅ?」
大河の底冷えするような声は止まらない。
というか俺もそろそろ現実逃避から戻ってこないといけないかもしれない。
飯が炊けない、即ち飯はまだできていない。
しかしここにはお腹を空かせた虎が一頭いるわけで。
「ご飯、無しってこと……?」
「お、おぅ、すまねぇ」
大河は今だシンジラレナーイと、某野球チーム前監督のような言葉を思わせる表情から一転、
「ヤダヤダヤダヤダ!!お腹空いた空いた空いた空いた空いた!!もう我慢できない〜!!」
両手両足をバタつかせてダダをこね始めた。
そんな姿も、あ、可愛い、と思ってしまう辺り、俺はもうダメかもしれない。
***
「はむっ」
大河は注文した蟹炒飯を頬張っていた。
ここは街中のファミレスだ。
タラコスパゲッティが美味いらしいが、昨日高須家ではパスタだったので、そればかり食べるわけにもいかない。
それにそればっかり食べて太った神作家もいることだし、注意しなければ。
結局俺達はやむなくファミレスに食事しに来た。
正直に言えば、ご飯は無いがパンはあった。
だがせっかく大河が食事に行こうと誘ってくれたのだ。
千載一遇のこのチャンス、これを逃したらもう二度とは無いかもしれないと思うと俺は予定外出費を選んだ。
彼女の恋の応援的な立場にいる以上、俺にそのチャンスは全く無いわけだが、夢想して夢見るくらいは自由だろ?
良いじゃないか、それぐらい。
良い、はずだよね?
良い、と言ってくれ。
段々自信を喪失しつつ俺も頼んだスープスパゲティを食べ始める。
こういうところでは普段自分で作らないもの、もしくは作れないものを頼まないとね。
え?結局パスタだろうって?
聞こえませーん。
……すまん、大河と二人っきりの外食というあまりのシチュエーションに少々舞い上がり過ぎていたいたようだ。
え?いつも家では似たようなもんだろうって?
いや、家には泰子もいるし。
そうしていると大河が、
「この炒飯なんか一味足りないのよねぇ」
蟹を掬い挙げながら納得いかなげな言葉を口にする。
「ねぇ竜児、ちょっと食べてみてよ」
大河は自分じゃわからないと悟ったのか、俺の方に炒飯の入ったスプーンを向けてくる。
Before in 大河とぅーまうす。
大河とぅーまうす。
大事なことなので二回確認。
After in 俺とぅーまうす。
竜児とぅーまうす。
つまり俺とぅーまうす。
超大事なことなので三回確認。
それも間違いようの無いようわざわざ平仮名で。
何て優しい設定……んなわけあるか!!
むしろ英語を平仮名にしたって読みにくいわ!!……問題どころはそこじゃないっ!!
「ちょっと、ずっと持ってるの疲れるんだから早くしてよ」
そう、これは家で同じ大皿からおかずを取るのと何ら変わらない日常的光景の一コマであり、何も後ろめたい事は無いはずであり、などと自分にいいだけ言い訳を作り、急かされてパクリ。
もぐもぐごっくん……ああ間接キス、完・了。
ああ、俺今日は歯を磨きたくない。
いや磨くけどさ、多分。
「どう?何か足りなくない?」
俺は大河の知らぬ所で幸せに浸りつつ、よぉく味わって租借する。
大河の質問に答えるためだ。
決して間違っても大河が食べさせてくれたから味わっているわけじゃないんだ。
「う〜ん、多分時間、だな」
「時間?」
「おぅ、お前即座に食べ始めたろ?」
「うん」
「こういう料理は少し冷ますと味の濃さが増すんだ、その時間を待たずに食べ始めたから舌がその味に順応して時間が経っても若干味気なく感じるんだよ、きっと」
「そういうものかな?」
「多分だけどな、後は塩コショウの量とタイミングかな……」
「う〜ん、何かあの日竜児が作ってくれた炒飯の方が美味しかった気がする」
神様、俺今日はもう死んでもいいです。
いや、実際死にたくはないけど。
そうしていると大河は食べ終わり、雑誌を見始めた。
俺も早々に食べ終えるが、大河は何かに気付きポケラーっと口を開けていた。
「りゅ、竜児、あれ、あの人!!」
大河はカウンター付近で席に案内されるのを待っている女の人を指差していた。
……大河、人は指で指してはいけません。
ってあれ?何かあの人見覚えあるような……?
「あの人このモデルの人だよ!!」
大河は雑誌のページを俺の顔にコレでもかというほど押しつけてくる。
大河さん、これじゃ中が見えません。
少し離されようやく雑誌を見ると、そこには先ほどカウンター前で見た美人の女性、スタイル抜群で背も高く、髪の長いお淑やかそうな女性が映っていた。
名前は川島亜美、ん?川嶋亜美?へー、あの女優の娘さ……!?!?!?!?
読んでる途中で俺は目を見開いた。
大河も恐らく同様だろう。
別に川島亜美が何かやったわけでも天変地異が起こったわけでもない。
まぁ、大河にしてみれば後者に等しいかもしれないけど。
「祐作、早く座ろうよぉ」
「おお、すまんすまん、ん?何だ高須と逢坂じゃないか」
川嶋亜美には連れがいて、それが俺達のよく知る人物にして大河の思い人、北村祐作だったのだ。
***
北村たちは俺達と相席で座った。
大河は北村が来たせいか極度に緊張し、体を震わせていた。
「あ、この前はありがとうねぇ♪」
と川嶋亜美が俺の顔を見て急に言い出した。
あ、ようやく思い出した。
「ああ、あんときの。いやいいよ」
「何だ、亜美と高須は知り合いか?」
その北村の言葉に、ピクッと大河も反応する。
まるで『聞いて無いわよこの駄犬』と言いたげに睨みつけてくる。
頼むからその目だけで人を殺せそうな恐い目はやめてくれ。
ほんと凹むから。
「いや、この前偶々スーパーで絡まれてるのを偶然助けただけだよ」
嘘偽りの無い真実を説明していく。
ちなみに、本当は困ってそうだから話しかけようとしたら、絡まれていて、しかもそいつらは俺を見るなり怯えて逃げていったという悲しいエピソード。
畜生、俺の目め。あ、大河、こら笑うな、ああ畜生可愛いなこいつめ。
でもあの時の川嶋亜美はこうなんていうか口調が、あまりよろしくなかったような?
「本当にあの時は助かったよぉ」
川嶋亜美の顔が一瞬変に嗤った、気がした。
ああ、そういうことですか。
ある意味大河と同類項に分類されるというか、すっげぇ面の皮厚いのね。
「すまん、ちょっとトイレ」
って何っ!?北村、まさか俺をこの場に残していく行く気か?こんなジャングルの僻地より居づらい場所に俺一人残していこうというのかぁぁぁぁぁ!?
無理無理無理ムーリ!!
俺一人でこんな所いるのはマジ無理勘弁!!
「あ、俺も」
これが今は精一杯。
別に手から薔薇出して各国の国旗を出したりなんかはしないけど。
***
「ねぇ、あれアンタの彼氏?」
川嶋亜美が男子二名が席を立ってからさっきと違って変に気取らなくなった。
まぁ薄々そんな気はしてたけど。
「別に、彼氏じゃない」
「そっ、良かった」
「……良かった?」
「ええ、彼なかなか見所あるわ、そりゃ目つきは悪いけど良いところも多いし何より家事万能っぽい」
「………………」
「でも彼の傍には絶対女がいるのよね、あの日もお礼がしたいって言って食事に誘っても『いや、作ってやらなきゃならない奴がいるから』って断られたし、亜美ちゃんのこと断るフツー?」
川嶋亜美はチワワのような態度から一転、女王様気取りに話を続ける。
「なんていうかプライドが傷ついたのよねぇ、べっつに絶対欲しいってわけじゃないけど断るのはともかく断わられるのは腹立つし」
「………………」
「さっきから何?ずっとシカト?相槌くらいあってもいーんじゃなーい?まぁ亜美ちゃん天然だから許しちゃうけど」
今だマシンガンバカトークを続ける女。
チワワでバカトーク……内心バカチワワと名づける。
と、男子が帰って来た。
「よぉ、すまない遅くなったな」
「祐作ぅ、高須君、おっそーい!!」
また川嶋亜美はぶりっこになる。
北村君と、竜児に色目を使うように媚をうるその態度が、何か勘に触った。
「竜児、そろそろ帰るわよ。私まだ洗濯してないし」
「おぅ?ああ、わかった。ってお前この前ティッシュをスカートの中に入れたまま洗濯機に出したろ?大変だったんだぞ!?」
「はいはい、この前も異常に人の部屋掃除しといてまだ言う気?」
この前、竜児は私の部屋に来るなり狂喜乱舞して掃除をしだしたのだ。
正直あれは恐かった。
いちいち掃除箇所を「ちゃん」付けで呼びながら撫でて綺麗にしていく様は正視に堪えがたいものもあったのだ。まぁそれはさておき。
「お前なぁ」
「それにこれから炊飯器も買いに行くんでしょ?」
「でも、いいのか?」
竜児は私を気にしてか、チラリと北村君を見た。
しかし、川嶋亜美はそれを自分を見たと勘違いしたのか、
「え〜っ高須君行っちゃうのぉ?っていうか何今の会話、まるで同棲チックなんですけど」
少し地が入った話し方で会話に混ざってきた。
「ああ、家が偶々隣同士「竜児!!行くわよ!!」……あいよ、悪い、またな」
これ以上ここにはいたくないと私が示し、竜児もそれにならった。
意外に気が利くじゃない、竜児。
***
二人で炊飯器を買ってから帰宅。
今度のは今までのより多めに炊ける奴にした……のだが。
「はぐっ……もぐもぐ……おかわり!!」
夕飯で何度目かのおかわりを申請したら「もうねぇよ」と言われた。
何でも二合半も平らげたらしい。
二合半ってどれぐらい?それって美味しいの?
しかし、今日はあの女のせいで不快だった。
思い出すだけで腹が減るわ。
「腹が立つ、だろ」
どうやら口にだしていたらしく、竜児からツッコミが入る。
「ふん、だいたい自分で自分のことを天然なんて言うやつにまともな奴はいないのよ!!」
私は苛立ちながら竜児の淹れてくれたお茶を飲む。
「随分苛立ってるな?北村はただの幼馴染だって言ってたし大丈夫だろ?」
竜児がそんな事を言う。
ふと、言われてどうしてこんなに苛立っているのか少し疑問に思う。
随分と私の前で竜児の話をしていたけど……いつからこんなにイラだってたんんだっけ?
あ〜思い出せない、思い出せなくて苛苛する。
北村君のことを名前で呼んでいたから?
きっとそう。
覚えてるのはアイツがしつこく竜児の話をしていたことだけど、きっとあいつと北村君が一緒だったのが気に入らなかったんだ。
そうに違いない。
あ、思い出したらまた腹減ってきた。
「フン、まぁいいわ。どうせもう二度と会うことも無いでしょうし、ここは私が大人になってこの憎しみを飲み込むことにするわ」
私はそういうと竜児の皿の肉を一枚奪う。
「あ!?それ俺の!!」
ふん、アンタ今日一瞬、本当に一瞬川嶋亜美を見たでしょ?可愛いとか思ったんでしょ!?その罰よ!!
***
そうして、次の日学校へ行くと、昨日竜児の肉と一緒に飲み込んだ憎しみの元凶、川嶋亜美が転校してくるというあってはならない事態が起きた。
「なっななななな!?」
言葉にならないとはまさにこのこと。
私が川嶋亜美を睨み付けると、向こうも私に気付いたのか、ビクッとして視線を外し、しかし竜児を見つけて小さく手を振った。
それに気付いた竜児は困惑しながらも、おぅ、と小さく手をふり、反応する。
……おもしろくない。
非常におもしろくない。
***
放課後、俺は川嶋につきまとわれていた。
「ねぇ高須君、高須君って料理上手いんだって?ねぇ高須君って家事得意なんだって?」
「おぅ、まぁ人並み程度だよ。俺の家は母子家庭だから俺しかやる奴がいないし」
「へぇ、偉いんだぁ」
話を切っても切っても繋いでくる。
どうしたもんかと思って大河に助けを求める視線を向けても、ぷい、と無視される。
まさに四面楚歌。
しかし捨てる神いれば拾う神あり。
「おやぁ、高須君大人気だねぇ、ひょっとしてこれから買い物?」
櫛枝実乃梨が声をかけてくれた。
「おぅ、夕飯の買い物に行こうかと思ってる」
これ幸いとばかりに俺は返事をし、それを聞いた大河がビクリと跳ね、
「そうよ、デレデレしてないでさっさと行くわよ!!」
引っ張ってきた。
大河に引っ張られるのは正直嬉しい。
「おぅ、わりぃな川嶋、また明日な」
川嶋は少しムスっとするが、しかし、
「じゃあ私も一緒に今日の夕飯の買い物に行くわ、この辺地理結構変わってるし高須君に教えてもーらおっと」
爆弾発言をし、
「ふえ?高須君夕飯の買い物なの?てっきり明日のプールの為に大河の腐らせちゃった水着を買いに行くモノと……」
櫛枝が核発言をした。
***
「イヤだ、水着なんていらない」
と言う大河を諭し、
「なら、私は高須君に選んで貰おうかな?」
と言う川嶋を制し、
「何か大変そうだねぇ高須君」
と言う櫛枝に感動を禁じ得ながら俺たちが水着売り場へ行ったのは既に一時間以上前のこと。
大河は家に帰ってきてからもぶすっとし、あまり口をきいてくれない。
「なぁ、何をそんなに怒ってるんだよ?」
「うるさい、さっさと晩飯作れ」
話しかけてもこの始末。
水着を選ぶのも酷く悩んでいたようで、結局、素材も厚くてしっかりしてて乾燥機にもかけられるものを俺が選んだ。
「そんなにプールが嫌いなのか?」
「違うわよ馬鹿!!いや嫌いなんだけど」
意味がわからない。
大河はずっといらついているようだ。
とにかく今は外堀から攻めて話を聞こうと思い、料理の手を止めて振り返る。
「どっちだよ、っつうか嫌いだとしてなんでだよ?」
「……私泳げないの、だから嫌いなの」
嘘だ。
そんなすぐに答えるありきたりな答えが真実だった試しがない。
「ウウゥ、ウソダ!!」
すると、俺の気持ちを代弁するかのように高須家第三の住人、いや住鳥である『インコちゃん』が大河に指摘した。
本当にインコちゃんて人間の言葉がわかるのかもしれない。
「うっさいブサ鳥!!へっこむなんて言えないでしょうが!!」
「……へっこむ?まさかお前……」
「あ…………」
大河はしまった、という顔をして、
「忘れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ひんにゅ……ってうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
かつての日と同じく、木刀を何処からともなく持ち出してきて脳天めがけ振り下ろしてきた。
***
例えばの話、そう飽くまで例えばの話、自分の憧れの女性が自分一人に水着姿を見せてくれたとき、どう思うだろうか。
例えソレがスクール水着だとしても、嬉しいのではないのだろうか。
たとえスタイル、胸が小さくとも関係無いではないだろうか。
今、それを体験した俺だからわかる。
「……そんなの関係ねぇ」
もう既に殆ど死んでる芸人の台詞を使ってまで俺は答えを出した。
胸が小さい?そんなの関係ないのだ。
大河は水着を着た、それだけが事実。
細く白い手足が紺の水着から伸び、その肢体をより美しく見せる、いや、魅せる。
「えっ?」
大河が何か不思議そうな顔をしている。
いかん、少しみだらな妄想をしていたのが顔に出ていたのかもしれない。
「ホント……?」
「へ……?」
しかし、それはどうやら違ったようだ。
「本当にそんなの関係ない?胸へっこんでるんだよ?」
しかし大河は真剣に俺を見つめてくる。
そうだ、大河は水着を着ると胸が何故かへっこむと暗い顔で告白し、実際に着て見せてくれることになったのだ。
「あ、ああ、関係ねぇよ、お前は十分綺麗だ」
嘘偽りの無い感想だった。
この姿を見て、写真に『哀れ乳』なることを書いた奴を俺は小一時間は責めたい。
しかし、どうやらそのコンプレックスは大河の中では想像以上に大きかったようで。
「嘘、なんかどもってる……やっぱりやだよぅ、こんな姿でプール、行きたくない……こんな姿、北村君に見せたくない……」
大河は、俺の緊張のあまりの言葉に嘘を感じたのか(心の底から本心なのだが)やっぱりプールには行きたがらない。
さらに最後の言葉は地味に俺の心を抉ったが、それでも、こんなふうに落ち込む大河を見るのは嫌だった。
「よし、わかった、俺がなんとかしてやる」
「え……?」
だから、俺は大河の為に一肌脱ぐことにした。
***
カップにカップを縫いつけ、カップの厚みを増す。
丁寧に手作業でこれを繰り返し、最後に水着に取り付ける。
俺はその為小学校の時の授業で使った裁縫セットを持ち出して(現役バリバリしょっちゅう使ってる)裁縫を始めた。
時刻は既に夜中、だというのに。
「おい大河、お前もう帰って寝てていいぞ?」
「いい、ここで出来るの待ってる」
大河は眠い目を擦りながら俺の作業を横で見ていた。
今にも眠そうなのに、それでも必死に起きている。
だが、限界は近いのだろう。
何もせずに夜起きているのは実は結構辛い。
やはりというか、大河コックリコックリ首を落とし、
「ふみゃぁ……」
眠りに落ちる。
「!?」
が、ここで珍事発生。
大河は、俺の肩を枕が代わりにして眠ってしまった。
別に作業に支障は無い。
いや、あっても大河が寝ていられるよう片手でも無理矢理やる所存だ。
閑話休題。
今、大河の重みと暖かさを体で感じながら、俺は大河の為の裁縫をしている。
何か、こういうのいいな。
俺が、大河と付き合えたら、こういうことはよくあるんだろうか。
ガラにも無く、そんな都合の良い未来を夢想した。
***
「どうよ!?」
朝方になってようやく完成し、大河を起こして着せてみる。
そこには、大河の求める膨らみが確かに存在した。
「……っ!!」
大河も顔を赤くして驚き、
「お嫁に行く時は……絶対持っていくわ」
納得の行く出来栄えだったようだ。
***
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