ザワザワしていた。
ばかちーなら止めに入る事ができただろう。
でも竜児を呼び出したのがみのりんならそれも出来ない。
どうして急に竜児を呼び出したのだろう?
それとも、竜児が暇が出来たら声をかけてくれ、とでも言っていたのだろうか。
どうして、こんなにも二人のことが気になるのだろう。

「はぁ」

竜児の部屋の前に立ち、ノックをしようとして止める。
もう先程から何度も同じ行動を繰り返していた。
会って何を話すというのか。
みのりんと何を話してたの?などとは聞けない。
そもそも、まだ私はまともに竜児と話が出来ていない。

「はぁ」
「……何溜息吐いてんだ、人の部屋の前で」

もう一度溜息を吐き、部屋に戻ろうとして……え?あれ?
背中から聞こえた声に振り返り、

「りゅ、りゅりゅりゅ……」
「いや無理に話そうとするな、舌噛むぞ」
「りゅうび痛ぁい!!」
「……言わんこっちゃない」

私は驚きと焦りの余り舌を噛んだ。
竜児はそれ見たことかと苦笑し、部屋に入る。

「あ……」
「?入らないのか?何か用があるんだろ?」

私がどうしていいか迷っていると、竜児は何処かサッパリしたように私に勧めてきた。



***



「何?腹が痛いから薬くれ?馬鹿!!なんでもっと早く言わないんだ!!」

俺は慌てて鞄を漁る。

「あ、で、でもそんなに酷くは無いから……」

大河はベッドに腰掛け力なく手を振るが、何だかその様が痛々しい。

「何言ってんだ、普段ならカレーでもおかわり三杯はする大河がおかわりしないなんて変だなとは思ってたんだ、相当酷いんじゃねぇのか?」
「ほ、ほんとにそれほどじゃ……」

大河は何か誤魔化そうとしているが、その素振りが何処かぎこちなく、俺はさらに慌てた。
鞄を漁って数分、最悪な事態が発覚する。

「やっべぇ、腹痛の薬は持ってきてねぇ。まさか大河が腹痛になるなんて思ってなかったから……失敗した」
「あ、だったらいいよ」

大河は何かほっとしたように断るが、そんなわけにはかいかない。

「いや、北村に聞いてくる」
「そ、そんなわざわざ聞きに行かなくても」
「いーや、ダメだ」

俺は部屋を飛び出し、北村の部屋に向かう。
意外とあいつはしっかりしてるから腹痛薬も持っていそうだ。



***



竜児は一体どうしたというのか。
昼間のつっけんどんな態度は全くなく、私の嘘の腹痛にいつも通り慌てて対処しようとしてくれてる。
って、あ、本当に北村君の部屋に行っちゃった。

「ちょっ!?竜児!!」

慌てて追いかけたけど、時既に遅し。

「北村、腹痛薬持ってねぇか!?」

竜児は北村君の部屋に乱入し、

「む?高須?」

北村君はそんな竜児に微妙に驚きながら、メガネをキラリと光らせその筋肉質な体を拭いていた。
ん?きんにくしつ?

「ひやぁぁぁぁぁ!?」

私は声を上げて後ろを見る。

「す、すまん北村!!まさか“着替え中”とは」

北村君はま、ま、ま、まっぱ……素っ裸だったのだ。
……見ちゃった、見ちゃったよぅ。

「いやぁ、ちょっと風呂上がりに乾布摩擦をな。っとすぐに着替えるからちょっと待っていてくれ」
「あ、ああ」

私たちは慌てて部屋を出て待つこと数十秒。

「いいぞー」
「……おぅ」

再び入室し、

「ひやぁぁぁぁぁ!?」

私は二度目の悲鳴を上げた。
北村君は上半身は裸のまま手にはトランクスを持っていたのだ。

「ん?どうかしたか?あ、逢坂もいたんだったな、すまんすまん」

北村君はすぐにトランクスを鞄にしまい込む。
何度か竜児のを見ちゃった事があるけど、なんというか、衝撃的だった……。
竜児はそんな私を見て引きつりながら、

「す、すまねぇなノックもしないで。北村は腹痛薬……胃腸薬か何かは持ってきてるか?」
「いや、俺は構わないが……腹痛薬?あるぞ」
「大河が腹痛らしいんだ、良ければ飲ませてやってくれ」
「ああ、構わない」

そう気軽に北村君は言い、

「じゃ、北村に薬をちゃんと飲ませてもらうんだぞ」

竜児はそれだけ言って出て行ってしまった。

「あ……」

何を言う暇も無い。
伸ばした手が、竜児の服を掴むよりも早く……違う。
私が今、一瞬竜児に手を伸ばすのを躊躇ったから、間に合わなかった。

「逢坂?薬の用意ができたぞ」
「あ、ありがとう、北村君」
「辛いなら横になった方がいい」

勧められ、北村君が寝る予定のベッドに少し横になる。
北村君は既にTシャツを着ていた。

「良かったよ、お前達が仲直りしているようで」
「えっ!?」

北村君から、そんなことを言われるとは思っていなかった。

「息が合ってるかと思えば、二人とも全然会話しないし、心配していたんだ。高須はああ見えて、人に怒ったり喧嘩したりする奴じゃないからな」
「うん……」

それは……私もそう思う。
だから、何が竜児をそこまで怒らせたのかすごく気になっていた。



***



コンコン。
部屋の戸がノックされる。

「おぅ」

返事をすると、入ってきたのは……大河だった。

「大河?薬はちゃんと飲んだのか?寝てなきゃダメじゃねぇのか?」
「へーキよ、もうお腹治ったみたい」

本当にたいしたことは無かったのよ、と薄く笑う。

「ならいいけどよ、じゃあどうしたんだ?」
「えっと……そう、お腹が治ってきたからもうちょっとカレー食べたいと思って」
「大丈夫かよ?」
「ヘーキ、むしろお腹すいた」
「ぷっ、いつもの大河だな、わかったよ、暖め直してやる」

俺は安心して立ち上がり、

「ほら、行くぞ」

本当にいつも通りにそう言って、いつもより半歩遠い位置で、歩き出した。



***



ランプの光源のみに照らされた広く暗いリビング。
こんなに広いというのに、光源はランプだけと電気はケチって竜児の家の時の距離でせせこましくカレーを食べた。

「なんで俺まで……」

竜児は私に付き合ってカレーを一皿食べた。
本当に……私によく気を使ってくれる。

『……断る、と言ったら?』

そんな竜児がなんであんな事を言ったのか、何故だかずっと気になっていた。
私が、私の為に頑張ってくれる竜児に、せめてものお返しと思って考えたことだったのに。
……今日だって、何度か私と北村君を二人きりにしようとしてくれてるのに、私は竜児に何もしてあげてない。

『対等、って言ったじゃない、馬鹿ッ!!』

私に並び立てと言ったあの日、私は竜児と対等なんだと思っていた。
竜児もきっとそうなったと思ってくれてると思ってた。
でも、竜児は自分よりも私を優先する。私は応援されてるのに、応援出来ない。
そういえば、竜児の好きな人は誰なんだろう?それがわかれば応援のしようもあるのに。

「ほら、食べたら寝るぞ」

竜児が立ち上がる。私と竜児の距離がまた遠くなって、

「あ、ちょっ……」

さっきよりは早く手を伸ばしたつもりだけど、また届かなかった。



***



部屋に戻ってベッドに腰掛け、思い悩む。
私は一体竜児にどうしたいのだろう?
対等だと思ってるから私の手伝いをするだけじゃなくて私にもアンタの手伝いをさせろ?
……だめだ。
まるで対等という言葉を振りかざして上に立つような言い方だ。
全然対等じゃ無いじゃない。
きっと、対等だと自分に言い聞かせてた私自身が、今まで対等であろうとしていなかったんだ。
私は竜児を知ろうとしなかった、だから竜児の好きな人も知らないんだ。
バフッとベッドに倒れ込み

「!?」

ほのかな温かみに飛び起きた。
ベッドには知らないほのかな温かみ。
それに……、

「やだ、これ鞄に入れてた服じゃない……何で汚れてるの?」

ベッドの掛け布団からはみ出てる服。
それは、まだ仕舞ってあるハズの服で、何故かほんのり濡れ汚れていた。
とっさに飛び退き、体を強ばらせる。
急に正体不明の悪寒が走ってバン!!と部屋を飛び出すと、ちょうど部屋を出てきた竜児がいた。



***



「竜児!!」

部屋を出ると急に大河に声をかけられる。

「どうした大河?まさかお前も?」
「も?ってことは竜児も?」
「……俺は何か長い髪の毛がベッドに」
「私はまだ着てない服が鞄から出てて、しかも汚れてて」
「「………………」」

お互い押し黙る。
ちょっと……いや、結構怖い。

「リ、リビングにでもいようぜ」
「そ、そそそうね」

今一人になるのを恐れた俺達は、そのままリビングに行き、眠れぬ一夜を正体不明の何かに怯えながら一緒に過ごした。
そういえば、喧嘩してからこんなに長く一緒にいたのは、久しぶりかもしれない。



***




チュンチュン……。
スズメの鳴く声が聞こえる。

「……朝ね」
「……朝だな」

結局私達は正体不明の恐怖から、ずっとリビングで一夜を明かした。
お互い、一人になるのが恐くて、かといってそれを言うのも恥ずかしくて、ただぼうっとリビングのソファーで肩を揃えて座っていた。
竜児は、自分が起きているから寝ても良いぞと言ってくれたが、なんだかそれも悪い気がして、結局寝なかったのだ。

「……俺、朝飯作ってくる」

朝日が差し始めた頃、竜児はそう言ってすくっと立ち上がった。
ただぼうっとしているのにも疲れてきたのだろう。
気持ちはわかる。

「……一応もう朝だし、大丈夫だと思うから大河は寝てろ。どうしても何かあったら……まぁこの時間なら櫛枝とかを起こしてもちょっと早いくらいだろ」

竜児はそう言って、多少フラフラしながらキッチンへ。
私はというと……何故かキッチン……竜児について行っていた。

「大河?」
「え?あ……」

恐らく、一人になるということのみを理解した脳が、それを拒んだ結果だったのだろう。
だが、不思議そうにしている竜児にそれを知られるのも何か癪だった。

「……手伝うわ、やる事無いし」

だから、口から出た言葉は、確かにその場しのぎのものではあったのだが。

「おぅ、そうか………………おぅ?」

……なんでそこで驚くのよ?



***



「おっはよーう!!」

俺達が朝飯を作っていると、櫛枝が起きてきた。

「おはようみのりん」
「おはよう大河、二人とも朝早いねぇ、私が一番乗りだと思ったのに」
「あ、ああ、まぁな」
「え、ええ、まぁね」
「むむ?昨日に引き続き息がピッタリですな」
「「別に」」
「……ありゃりゃ?」

昨日と全く同じように同時に返した俺達を見て、櫛枝は首を傾げる。
俺は特に気にせず料理を作ってしまうことにした。朝は軽めに焼き鮭、卵、冷奴……。

「うし、もうちょっとでワカメの味噌汁も出来る、と」
「……今朝は変わり映えしないというか、唯一普段と違う味噌汁は最悪のチョイスというか……」

大河が皿を運びながら何かぶつくさ言ってるが無視。
あとは昼飯を、と。
……そうしているうちに、北村と川嶋も顔を出してきた。
気付けば、櫛枝を含めて三人は何か話し込んでいる。

「どうした?朝飯ならもう出来てるから食べても良いぞ?」
「あ、ああ違うのよ高須君、今日はみんなどうするのかな、ってハナシ」
「?昨日はみんな海に行くって行ってなかったか?今弁当も用意してたんだが……」

俺はサンドイッチを切り分けながら言う。昼のメニューは卵サンド、ツナサンド、昨日のカレーの残りを使ったポタージュ。

「どれどれ?わぁ美味しそう!!」

川嶋は素早く俺の懐に回りこみ、一つ卵サンドをつまみ食いする。
てへっと軽くはにかみながら食べるその仕草はつまみ食いの悪行に目を瞑りたくもなるが、

「くぉらばかちー!!何つまみ食いしてんのよ!!私だって我慢してるのに!!」

大橋の手乗りタイガーはここでも健在、つまみ食いをした川嶋にくってかかる。

「あぁら逢坂さんいたの?小さくて見えなかったわ」
「この!!竜児、ばかちーのサンドイッチ無しでいいわ、私が全部食べる!!」

ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した二人を無視して俺は作業を再開しながら尋ねる。

「で、昼から結局海には行かないのか?」
「あ、そひぇは……このチビ虎頬引っ張るな!!いくらやってももう食べちゃったから!!」
「竜児!!私も一個!!」
「ダメだ、昼の分が無くなる」

大河が、ダメだと言った俺に驚き、悔しそうに歯を噛み締める。
今までの俺だったら一個くらいならあげてたかもしれない。

「へへーん。チビ虎は昼まで我慢しな、さてと、今日の予定だけど、みんなで海で遊んだ後……そうね、この超美味いサンドイッチを食べてから私の知ってる面白い洞窟に行かない?」

川嶋が、わざとサンドイッチの部分を強調して言い、大河がさらに悔しそうにする。

「それはいいけど、川嶋、お前昼のサンドイッチ一個没収な」
「えー!?」
「ざまぁみなさいばかちー!!」

全く、昨日の夜が嘘のような賑わいだ。



***



「……で、ここがその洞窟、なわけか」

その洞窟はなんというか、雰囲気でまくりだった。
中からはごぅと音がし、光は無いのか見える限り真っ暗で足場も悪く、岩場にぶつかる波がまるで俺達をこの洞窟へ行くなと言っているようだ。

「こ、ここに入るの?」
「おお!!面白そう!!」
「未確認生物との遭遇か?」

三者三様の反応。
大河は昨日の事もあって怯え、櫛枝は喜び、北村は……何がしたいんだろう?
川嶋はにこやかに笑っている。
……その笑みが、どことなく初めて会った時のあの、“本性”のような意地の悪い笑みの気がしたのは気のせいだと思いたい。

「じゃあ行きましょうか」

川嶋の案内で、全員洞窟に入っていく。
中はいくつも空洞があるのか、奥からは風で変な音が鳴っている。

「雰囲気あるね♪」
「うむ、黄金のフタクミコブラがいてもおかしくないかもしれないな、これは」

……やっぱり、今日の北村は何処か変な気がした。

「さぁて、と。私の案内はここまで。丁度ここから通路が五つに分かれているからみんな別々の道に行ってね」
「え?みんな一緒にいかないのか?」
「何本か分かれ道はあるけど必ず出口に着くから大丈夫。そのほうが面白いでしょ?ビリだった人には罰ゲームとか」

見れば、確かにこの先は五つに通路が分かれている。

「まぁ、面白そうだし良いんじゃない?」

櫛枝は既に乗り気で、「わたしここー!!」すぐに行ってしまった。

「じゃあ私はこっちね」

川嶋もさっさと決めて行ってしまう。

「どうする、北村?」

俺は一応北村に確認を取った。万一を考えての為だ。

「うむ、亜美がああ言うなら大丈夫だろう、別々に行こう」
「そうか、わかった」

本当は、あわよくば大河と二人にしてやろうかと思ったけど、どうもそれは無理っぽいな。

「じゃあ後でな、高須、逢坂」

そうして北村とも別れ、

「じゃあ俺はこっちに行くから大河はそっちで良いか?」
「あ、えと……うん」

大河は一人になるのに多少しょんぼりしたようになりながらも頷き、歩いていく。
その姿に少し胸を痛めながら、俺もさっさと行くことにした。



***



正直に言えば、恐い。
私はあまりオバケとかが得意なほうじゃない。
だから、こうやって一人で暗い道を歩くのは好きじゃない。
学校も、一年の時に遅くなってから一人で帰るときは、結構恐かったのを覚えてる。
最近は……いつも竜児がいたおかげで恐いなんて思う暇が無かった。
一歩を踏み出すたびに奥からゴゥ!!と風が鳴る。
音がやや反響してて、恐さに拍車もかかる。
こんな時、いつもは竜児が横にいたんだけど、今はいない。
ただの遊びとはいえ、それが少し寂しく、恐かった。
途端、首筋に生暖かい風が当たった気がした。

「ひぃっ!?」

駆ける。
恐い、気持ち悪い。
やだやだやだ。
カンカンカンとサンダルの音が反響して、ますます嫌な思いを増幅させる。
息が切れて、少し走るのをやめたところで、
カンカンカン。
自分のものでは無い足音が聞こえた。
音が反響して、音源が何処かわからない。
けど、今止まっている自分の足の音では無いのは確かだ。

「あ……!?」

さらに最悪な事態は続き、光原として預かっていた懐中電灯も電池が無くなる。
真っ暗な中に取り残され、嫌な空気が首筋を撫でて風の音と波の音、正体不明の足音が私の精神を追い詰める。

「ひっ!?」

また私は走り出した。
何本か別れ道があったけど適当に走った。
そうして、次の分かれ道に到達したとき、
ドンッ!!と何かにぶつかった。

「ひぃっ!?」
「って……」

余りの恐さに変な声を上げたが、相手が小さく声を漏らしたのを耳から聞いた脳が理解し、暗闇の中注意深く目を凝らす。

「いってぇ、誰だよ一体」

聞き覚えのある声。

「りゅ、竜児!?」
「おぅ大河か?大河も電池切れたのか」

それは……竜児だった。
へなへなと気が抜ける。
何故か、安心した。

「お、おいどうした座り込んで」

竜児の慌てように、先ほどまで微塵も無かった余裕が生まれ始める。

「何でもないわよ、ちょっと走りすぎて疲れただけ」
「?まぁ大丈夫なら行くぞ」

竜児は不思議そうな声を出しながら、しかし無事と知ると先を急ぐ事を促す。
竜児は私に背を向け先に行くぞ、と数歩進んで、

「うわぁっ!?」

声を上げた。

「え?竜児?」
「く、来るな大河!!こっちは危険だ!!」

先ほど生まれた余裕があっという間に霧散する。
恐くなる。
暗闇の恐怖。
反響する音の恐怖。
孤独の恐怖。
どれをとっても一級品の恐怖。
でも、今一番恐怖に感じたのは……、

「りゅ、竜児!!」
「だ、だから来るなって!!ん?何だお前、うわっ!?」

駆け出す。
弾ける。
走る。
すぐそこの距離なのにありえないほどのスピードで。
昨日何度も手を伸ばし損なった。
その度に、竜児を遠く感じた。
遠く感じるが、嫌だった。
恐い……竜児が遠くに行くのが恐い!!

「竜児は私のだぁ!!私の竜児に手をだすんじゃなぁい!!」

自分でも、何故そんなことを言ったのかわからないくらいの台詞を大声で宣言し、一足飛びで竜児がいるであろう場所を見て………………光を見た。



***



「……だから言ったのに、来るなって」

大河は、俺の忠告虚しく飛び込んできて……見事にびしょ濡れになった。
そう、ここは出口付近であるとともに海水が結構溜まってる場所だったのだ。
既に、俺達二人を覗く三人は到着していた。

「いやぁ、大丈夫かい大河?ごめんよ」

櫛枝が大河に手を貸しながら謝る。

「なんでみのりんが謝るの?」
「実は、昨日の晩の事があってもまだ高須君と大河が仲直りしてなさそうだったから、この肝試しっぽいのを私の発案で企画したんだ」
「昨日の晩って、まさかあれは……!?」
「そう、私なの。ごめんね、ちなみに北村君とあーみんも共犯」

こうして、俺と大河の身に起きた不可思議な事の真相は明らかになった。



***



花火がバチバチと音を立ててカラフルに光を放つ。
あれから謝罪を受けた俺達は別荘に戻り、最後の記念に花火をやることにした。

「高須君、ほんっとうにごめんね」

櫛枝はもうしつこいくらいに謝っていた。

「だからもういいって。終わってみれば面白かったし」
「そうかい?気を使って無いかい?」
「おぅ」
「そっか……大河とは仲直りできそうかい?」
「仲直りも何も、喧嘩はしてないよ俺達」
「そっか」
「おぅ」

俺は笑って花火を櫛枝に渡す。

「折角の花火だ、楽しくやろうぜ」

櫛枝は頷いて花火に火をつける。

「なんだか、高須君昨日より良い顔するようになったね」
「……そうか?」
「うん、なんか吹っ切れたカンジ」
「まぁ似たようなもんかな。吹っ切れたっていうより、理解して、決めたっていうか」
「理解して……決めた?」
「おぅ、俺は“人工衛星”なんだって。そんでもって、きっと地球のずっと周りを彷徨うだけで終わる“人工衛星”だろうって」
「た、高須君?それは……」
「俺は、地球が元気なら、それで良いよ」

櫛枝が何か言いたそうにこちらを見てくるのはわかっていたが、俺は櫛枝には目を合わせず、北村と花火をしている大河の顔を見ていた。



***



日も暮れた砂浜。私は連れてきた四人を見て、最後に溜息を吐く。
これで本当に諦めがつくっていうか、本当の意味で“お詫び”と“お礼”になるっていうか。
そう思いながら、星空を見上げ、動く光点を見た。ふと、昨夜の実乃梨ちゃんの人工衛星の話を思い出す。
私も人工衛星の一つに過ぎないのかしら、そう思って実乃梨ちゃんをみると、辛そうな顔をして高須君を見つめ、高須君はチビ虎を見つめていた。



***



「いいか?家に帰るまでが旅行だぞ?じゃあ解散!!」

その声と同時に、駅に着いたみんなはそれぞれ帰宅しだし、竜児も歩き出した。
そんな竜児の背中を私は見つめる。竜児は気付かず、振り向かない。
竜児の背中を見て、昨日言ってしまった言葉が脳裏にこびりついて離れない。

『竜児は私のだぁ!!私の竜児に手をだすんじゃなぁい!!』

私は、知らず知らずのうちに、随分と竜児に依存し、竜児への独占欲が強くなっていたのだ。
それを昨日思い知って、少しショックになった。
私が北村君と付き合いだしたら、きっと竜児が離れていく。
そうであるが故の竜児との交友関係なのに、それが嫌だ。
かといって、北村君のことを無くせば、きっと今の生活すら無くなり、どっちにしろ竜児との接点は無くなる。
実は今の私の生活が、凄く危ういバランスで成り立っている事にようやく私は気付いた。
そしてその理由が、私の中で竜児が予想以上に大きな存在になっていたことが原因ということも。
北村君とは上手くいきたい、けど竜児とは離れたくない。
北村君のこと無しでも竜児とは離れたくない。
最低限今の生活……竜児が傍に居てくれる為には、“とりあえず私は北村君を好きでいなければならない”

「大河?」

竜児がようやく私に気付いて振り返る。

「なぁ、今日特売あるんだけどよ」
「うっさい、こっちは疲れてるのよ。主婦臭い用事で話しかけないで」

私は、少し不機嫌そうに遠く離れた距離にいる竜児に“近づく”
私から近づかないと、何故か竜児は半歩遠のくようになっていた。
だから、この距離をなんとしてでも護りたいと、いつしか思うようになっていた。



***



一方は自身の気持ちを抑えることを決め、一方は自身の中に渦巻く矛盾に気付こうとしない。
花火の夜に向けた視線。
歩いていく背中を見つめる視線。
そんな二人の“本当の視線”は今だ交わらず。
二人の心に秘めた思いが交差する事もまた、今は無い。



***


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