夏休みが終わると、学校ではそろそろ学園祭の時期になる。
今年のウチのクラスは男子が団結してメイド喫茶をしようと企み、この夏独●三十路に突入してしまった担任、恋ヶ窪ゆり先生の謀略によってプロレスショーになってしまったのだった。

「……なぁにがなってしまったのだった、よ。冗談じゃないわ」

大河は昨日のLHRで決まった内容に大変ご立腹のご様子だ。
昨日はどうでもいいと何処吹く風だったのだが、今日学園祭実行委員の春田が責任を感じてとか言って台本を作ってきたのだ。
その内容がちょっとアレな内容だった。
別にアレと言ってもR指定なわけではない。

「何で私が悪の親玉なんてやらなきゃならないのよっ!!それにばかちーが正義ってのが腹が立つ!!あのアホロン毛!!」

それだった。
春田の台本はヤンキー高須と悪の手乗りタイガーがクラスのみんなを洗脳し悪に染め、川嶋にそれを助けて貰うというような内容らしい。
何でもプロレスで戦うらしい。
櫛枝はボクシング漫画のセコンドとアタック25の児玉きよしを足して二で割るらしい。
担任の赤い糸を切ろうとする描写もあるらしい。

「まぁ、確かに無茶苦茶だな」

台本を読み終えて俺は苦笑する。
よくもまぁここまでカオスにしたものだ。
案外アイツはこういう才能があるのかもしれない。
普段はアホだけど。
大河はウチの卓袱台に頬杖をつきながら不満そうに台本を睨み付ける。

「やってらんないわよ、全く」

不機嫌さを辺りにまき散らし、高須家のエンゲル係数を上昇させながら大河は自身の不満を押しとどめる。
昨日今日で一体どれだけ食うんだコイツ。
川嶋の時もそうだったけど、腹が立つと食うタイプだな大河は。
そう思いながら昨日今日での冷蔵庫の減り具合を見て溜息を吐き、お茶を淹れて卓袱台についた。
と、

『ブゥーン、ブゥーン』

大河の携帯が鳴る。
だというのに大河は携帯を取ろうともしない。

「おい、鳴ってるぞ」
「ん?ああいいの。ほっといて」

?珍しいな、そんなこと言うなんて。



***



次の日、帰宅途中にまた大河の携帯が鳴る。
大河は携帯を取り出すと軽く舌打ちして取らずにしまった。
さらに次の日、大河は休み時間中に携帯が鳴り、苛立たしげに何か操作していた。
それから数日は、携帯は静かだった。

「今日はアンタに食事代払う日よね」
「おぅ、お前最近苛立ってるのか良く食うからなぁ、おかげでパッツンパッツンだ」
「何よ、あれぐらいで大げさな」
「飯六杯を四日続けて食う奴を大げさとは言わん」
「細かいことをネチネチと……」

大河はブツクサと文句を言いながらコンビニのATMに行き、いつもこちらが驚く程のお金をおろして来る……のだが。

「あれ?」

今日は疑問符が飛び出る。

「どうした?」
「お金が……なんでも無い」
「何だよ?」
「別に。ちょっと待って」

大河は財布にカードをしまうと、

「ちょっと郵便局行くわよ」

そう言ってコンビニを出る。
そうして、郵便局で大河はお金をおろし、いつも通り俺に一万円札を渡してきた。

「今日はどうしたんだ?今まで郵便局なんて使わなかったのに」
「別に、ちょっとした私用よ」

そう大河は何でも無いように話す。
この日から、大河は浪費をしなくなったように思う。
この時、俺は大河がどんな状態にいるのかわっていなかった。



***



文化祭準備は着々と進んでいく。
櫛枝は何故か眼帯に禿げのカツラをしてるし、俺や大河はいかにも悪者が着そうな服を着てるし、わざわざ担任の赤い糸を演出するための太い赤い糸まで用意した。
最初は嫌がっていた大河も、渋々練習には参加してるし、全てが上手く回っていた。
この時はそう思っていた。

「いよいよ明日だな、学園祭」
「そうね、これが終わればようやくばかちーにわざと負けるという屈辱も終わるわ」

大河は口をとがらせて言うが、最近はその川嶋とも上手くやっているようで、前ほどの刺々しさは無かった。

そうして、学園祭当日はやってくる。



***



「これが担任の赤い糸だ!!さぁ切っちゃうぞぉ切っちゃうぞぉ!!」

能登が芝居ぶった動きで大きなハサミを巧みに扱い糸を切ろうとする。
途端、

「やめてぇ!!切らないでぇ!!」

観客席にいたゆりちゃん先生が発狂したように暴れ出した。
ざわつく観客。
切ろうか切るまいかの所で他の2−Cの面々に先生は連れて行かれ、

──────プッツン。

糸を切る。

「あああああああああっ!!!」

遠くで先生の叫び声が聞こえた気がした。



***



「いや、大成功だったね」

舞台裏でみんなで祝杯を挙げる。
予想以上の人の入りようだった。
ちなみに糸を切られたゆり先生は、

「はい、みんなご苦労様!!あと午後にもう一回公演があるからねー!!」

取り乱すことなくみんなを纏めている。
そう、あれすらも予定のウチ、つまり“やらせ”なのだ。
ホント、考えた春田はこういうことは凄い、あと酷い。
ゆり先生も、勢いでプロレスショーにしてしまった手前、このお願いを断れなかったらしい。
だが条件として、自分のいる前で糸を切らないこと、切った糸は必ず修復してから処分することなどを条件にしてきた。
……先生も必死なんだと改めて実感した。
とりあえず公演が終わったことでひとまず休憩。
俺たちはみんなで学園祭を回ることにした。

「……ってか、メイド喫茶多くない?」
「……多いな」

辺りは多種多様なメイド喫茶で溢れかえっていた。
それもこれも、今年の学園祭のクラス優勝の賞品が凄いからだろう。

「まぁなんと言っても電源と冷蔵庫は大きいわよね」
「何せ狩野屋の割引券だ、みんなやる気もでるよな」

……イマイチ大河と意見が合わなかったが良しとしよう。
とにかく欲に目がくらんだ奴等……俺たちもだが、一番儲かりそうなもの、メイド喫茶を他のクラスはやったのだろう。
結果、かぶりまくり、客を得られずに俺たちのような奇をてらったクラスが人気が出てる、と。

「それよりお前、昼からのアレ、用意は良いのか?」
「ああ、ミスコンのこと?まぁどうでもいいんだけど」
「馬鹿、お前なら結構いけるぞ?うまくすりゃ優勝だ」
「そ、そうかな?」
「おう、そうしたらお前、北村とも上手くいくんじゃねぇか?」
「そ、そうかな……」
「……?なんだよ?」

最近、大河は北村の話題を出すと暗くなるようになった。
別に嫌いにはなっていない、と思うのだが。

「まぁとにかく、午後の公演終わったらちゃんと準備しろよ?」
「う、うん」

大河、暗いなぁ。



***



午後の公演も大盛況で終え、そろそろ夕方のミスコンが始まる。
大河のドレスは俺が仕立てた。
純白の大河の服に少し手を加え、泰子が以前誰かから貰ってきた天使の羽根を付けてみた。
これぞ天使だ、と思う。
それに、最初に会ったのがクリスマスだったせいか……大河には白がよく似合うと思う。

「ほら、良いだろ?」
「アンタって本当にこういう事は何やらせても無駄に器用ね」

大河はそう言いながら服を着て、周りから賞賛を浴びる。

「絶対いけるよタイガー!!」
「可愛い!!」

大河は満更でもなさそうな顔で、ふと久しぶりに振動しているケータイを手に取る。



─────途端、彼女の表情が消えた。

「……やっぱり」

そう言う大河は、先程珍しく振りまいていた愛想を回収するかのように笑わなくなってしまった。

「本番だよー!!」

呼ばれて出て行く大河の後ろ姿が、少し寂しそうだった。



***



司会をやることになっていた川嶋が、どこの女王様だという出で立ちで鞭を振りながら司会を続ける。
確か自分はモデルだから出たら可哀想だしとか言ってたが、ありゃ全員司会に目を向けて客を食う気だ。
珍しく殊勝だと騙された自分が情けない。

「手乗りタイガーと言えばお馴染み、逢坂大河さんでーす!!」
「おおぉ!?……おぉ?」

現れた大河に皆一様に息を呑むが、やはり大河に覇気が無い。
だが、それが逆に儚さを伴った人気を呼んだ。

「おおおおおおおおっ!?」

白く細い腕が、ドレスから伸びやや俯いた表情が弱々しさを思わせる。
小柄なのも相まって、それは本当に天使のようだった。



***



幕切れは呆気なかった。
ダントツで大河。
大河が一位だった。
そうして、大河が今だ弱々しく俯いたままでミスコンのティアラを貰おうとした時、急にステージが暗くなる。

「なんだ?」
「どうしたんだ?」

そんな疑問の声が上がるのと同時、ステージは再び電気が点き、生徒会の面々が立っていた。

「おめぇら!!これにてミスコンは終了だッ!!ミスコンの次はミスターコンテストッ!!名付けて福男レースを開催するッ!!」

女生徒会長、狩野すみれが、男のような喋り方で急にそんな事を言い出す。

「優勝者、福男にはミスコンの逢坂大河にティアラ贈呈、そしてダンスを申し込む権利が与えられるッ!!」
「おおーっ!?」

ダンス……とは後夜祭のファイヤーダンスのことだろうか。

「さらに!!私がこの三年間使用してきたノートもソイツのもんだッ!!」
「おおおおおっ!?」

会長……通称兄貴ノートと言えばこの学校の憧れだ。
なにせ三年間ずっと成績トップ。
そんな人物のノートがあればこれからのテストも怖くない……と思う。

「私はこの文化祭が終わり次第、アメリカに留学するッ!!おめぇら、最後に私に気合いみせやがれッ!!」

瞬間、体育館の生徒のみならず生徒会の面々にも衝撃の表情が奔る。
聞いていない……という顔だ。
たしかあの女の子、さくら、だったっけ?
さくらは妹のハズだが、姉の事を聞いていなかったのだろうか。

「コースは既に外に出来てる!!校舎を一週マラソンして一番早かった奴が勝者だッ!!挑戦者は速やかに表に出やがれッ!!」

途端、痰を切ったように生徒は外に出だした。



***



「会長……」
「北村、私はもうアメリカに行くと決めたんだ」

どうしていつもこの人はそうなのだろう。
もう少し、あともう少し待って欲しかった。
せめて、自分が会長になるところを見て欲しかった。

「俺は会長、貴方が……!!」
「……北村」

言おうとして、言わせてもらえない。

「……はい」
「お前は行かないのか?」

くいっと外に親指が向けられる。
ああ、だから貴方って人は。

「行きますよ、必ず勝ち取ってみせます、会長のノート」
「……まぁ通称兄貴ノート、大事に使ってくれ」
「……まだ俺は勝ってませんよ?」
「……今言ったじゃねぇか、絶対勝ち取るんだろ?」
「……はい!!」

これで負けられなくなった。
俺は、グラウンドへと駆けだした。



***



「よぉ大河、良かったな、ミスコン優勝出来て」
「……うん」

みんなが駆けだして行ってすぐ、トボトボと大河が歩いてきた。

「何だよ?随分暗いな?」
「……うん」

どうにも、様子がおかしい。

「どうした?」
「竜児は外に行かないの?」

大河からは少しの拒絶の意を感じた。

「ああ、目的が無いからな、兄貴ノートはちょっと欲しいけど」
「……そっか。……ねぇ、私ってさ、結局なんなんだろうね?」
「……は?」

急にわけのわからない事を言い出す。

「私ってさ、オマケなのかな?」
「何言い出すんだお前?」
「ほら、みんなだってノートが目当てじゃない?このレース」
「まぁ、そればっかりとは限らんぞ?」
「わかるよ、いっつもそうだし、やっぱりそうだったもの」
「どうしたんだ?」

俺は余りの大河の様子のおかしさに急に怖くなった。
何か、今までの俺が知る大河じゃないような気がして。

「私さ、この前から急に父親が電話してきてたんだ。出なかったけどね」

言われて、携帯が鳴っても出なかった時期を思い出す。

「いっつもそうなんだ。アイツ、新しく結婚した相手と折り合いが悪くなると私に言い寄って来て、でも結局ヨリを戻してそのまんま」
「っ!?」

何だ、それは。

「それにさ、今度は騙されないってずっと電話無視してたらこの前銀行の口座、生活費の口座を空にされたの。笑っちゃうでしょ?」
「………………」

何だ、それは。

「あの時はこんなこともあろうかとって別に自分で作っといた郵便局の口座に入れといたお金でなんとかなったけどね。それもそんなにたいした額じゃないし」
「………………」
「で、いい加減着信拒否にしてたら今度はメールでさ、一緒に住もう、学園祭見に行くよって。馬鹿だね私、そんなわけないのに少し信じちゃってた」
「………………」
「さっき、ミスコン前に急にさ、ヨリ戻したからやっぱり一緒に住むのは無し、これから旅行に行く、だってさ。本当に、私ってなんなんだろう……」
「……んな」

何なんだ、それは。

「私ってさ、義理の母親の代えで、兄貴ノートのオマケで、誰にも必要とされてないのかなって。ああ、でもまたちゃんとお金は入金するって。ホント、それは助かるんだけどさ」
「……っけんな」

何なんだ、それは!?

「私……」
「ふざけんな!!」

いつの間にか、俺は声を荒げていた。

「竜児?」
「俺がお前を認めてやる」

キツイとよく言われる目を、限界までつり上げる。

「へ?」
「俺がお前の為に走ってやる」
「で、でも竜児は……」
「俺が!!傍らに居続けてやる!!」
「あ……」

それは、こいつに言われた事。



─────アンタはこれからも私の為に私の傍らに居続けなさい!!



“大河”と呼ぶようになった日に、言われた事。

「でも、私は……」
「例え、お前が北村と上手く行っても、俺はお前の傍らに居るよ」
「っ!!」

大河は驚いたように目を見開いた。
意外と、自分は大河の中で重要な人物になれていたらしい。
それが少し、嬉しい。

「俺とお前の距離が変わらずとも、俺はお前を見ている。約束する」

俺はそれだけ言って、まだスタート前の副男レーススタート地点に走り出した。
優勝者はティアラ贈呈、そしてダンスを申し込む権利。
……絶対に、負けられない。



***



「……どいてくれ」
「ぁあ!?んだとコ……ひっ!?ど、どうぞ!!」

スタートラインに既に立っていた生徒を押しのける。
普段なら落ち込むこの凶眼も、今日ばかりは感謝しよう。
俺は高校に入ってから運動らしい運動をしていなかった。
中学の時にバトミントンをやってはいたが、それもご無沙汰。
現役運動部とのかけっこになれば負けは必死。
ならば少しでも勝率を上げる必要がある。

「よーい、スタート!!」

生徒会の合図でスタートが切られる。
途端、全員ダッシュ。
部活でもここまで早いダッシュは無いんじゃないかというくらいに素早いダッシュ。
一歩目を踏みしめて、背を引かれた。

「!?」

気付いた時には誰かが俺の襟首を掴んで転ばす。

「やっちまった!!ごめん高須君!!」

名も知らない生徒。
俺の凶眼に怯えながらも勝ちたいが為にやった行為だろう。
それを卑怯だとは思わない。
俺もこの眼を使ってスタートラインの一番前に立った男だ。
だが……、

「上等だ!!」

今日だけは引き下がるワケには、負けるわけにはいかないんだ!!

駆ける!!
走る!!
目の前にいる奴の首根っこを掴んで後ろに放り投げる!!
若干よろしくないことをしているが、今日だけは許して下さい神様。

「ひっ!?ヤンキー高須が追い上げて来たっ!?」

怯える生徒を千切っては投げ千切っては投げ……ずに追い抜くだけに留める。
だが、最初のアドバンテージを失ってしまったが為に前にはまだ随分と生徒がいる。
それを巻き返そうと急ぎ、校舎の角を曲がった所で一度こけそうになりつんのめる。

「うおっ!?」
「ぎゃっ!?」

運動不足故に足がもつれたのだが、それが幸い。
予想もしなかった運動部の妨害をカウンターでかわしてしまった。
具体的に言って、かがんだ頭が相手の顎に入ったっぽい。
まさかレースに出ずに仲間の為に他の奴を妨害するやつまでいるとは思わなかった。
が、今は情けをかけてる暇も考えてる暇も無い。

「わりぃな!!」

駆け出す。
妨害者がいるならそいつらに後続を邪魔してもらえれば言うことは無い。
まだ他にもいるだろうから、前の奴等も手こずるハズ……って、なんだこりゃ!?
前の通路。
ここはもともとフェンスによって遮られ狭くなっている通路で、そのせいか生徒がギュウギュウ詰めだ。
これじゃあ前になんて行けやしない。
けど、そんなことを言ってもいられない!!
俺は覚悟を決めるとフェンスに上ってフェンスの上、恐らく幅10cm程も無いんじゃないかという場所をがむしゃらに走る。
途中、そこまでするかぁ!?などと聞こえたが、そこまでする必要が今はあるんだ!!

が、そうバランス感覚に自信があるわけでも無い俺だ。
俺を見て真似する奴もいるようで、フェンスが揺れて俺は転倒しそうになる。

「おわぁっ!?」

もうダメだと思って思い切りフェンスのてっぺんを蹴る。
跳ぶ、いや飛ぶ。

それでギリギリ通路を抜ける事に成功する。

「うおおおおおっ!!」

疲れた足に鞭打って走り抜ける!!

背後にはたくさんの生徒がいるのだろう。だが、前にはもう生徒がいない。
先程、何処かの運動部が前にいた誰かを邪魔していて、俺はその隙に前に躍り出た。
そう、今、前には誰もいない!!
ゴールが見える。
ゴールにいる大河も見える。
驚いている顔が見える。
あとトラック半周程度。
このまま行けば……!!

「やるな高須、ソフトボール部に欲しいくらいの足だ」
「!?」

背後……否、横から知った声。

「だが俺とて負けられない。会長の、すみれさんの思い出は俺が貰う!!」

横からは俺をスローで追い抜いていくメガネをかけた親友。
大河の思い人であり、学級委員であり生徒会副会長。
そいつが……待て、今なんて言った?
北村、お前も大河をオマケ扱いするのか?

「ふっざけんなぁぁぁぁ!!お前も大河はオマケかぁぁ!?」

筋肉が悲鳴を上げる。
これ以上の加速は元来無理だと体が告げる。
明日絶対筋肉痛になるとか、そういや湿布切らしてるとか、足がもつれて転びそうだとか、そんなことはどうでもいい。
これじゃ買い物大変だとか、明日からつらいだろうなとか、怪我するかもしれないなとか、そんなことはどうでもいい!!

「む!?」
「負けるかぁ!!」

追いつく、追い抜く!!引き離す!!!!!

大河の元へ。
大河の元へ。
大河の元へ!!

「たい……が……!!」

あと一歩、それを踏み込むだけで恐らく北村を追い抜いて勝てる、というそんな時に。

どうしてこんな時に。
俺の頭って奴は余計な事を思い出すんだろう。



──────高須君は、一体誰の人工衛星なのかな?



──────北村君に告白しようと思うの。



俺は……、一瞬一歩を踏み出すのを戸惑った、そう、戸惑ってしまった。



「ゴォーーール!!!!!!」



近いハズなのに遠くで終わりを告げる声が聞こえる。



「一着は……!!」



「……北村祐作副会長!!」



ゴール付近にいた一年の審査員が高らかに言う声はさらに遠く、



「……と、高須竜児さん!!なんと同着です!!」



その言葉が、俺に“負け”を伝えた。



***



正直驚いている。
最後の追い上げ、まさか追いつかれ、追い抜かれるとは思っていなかった。
最後の最後、ゴール一歩手前で高須が失速しなければ負けていたかもしれない。
きわどい戦いだった。

「高須、良い走りだった……高須……?」

健闘を讃え合おうと、高須に話しかけ、高須の顔が信じられないくらいに青くなっていることに気付いた。
無理に走りすぎて酸欠になっているのかもしれない。

「大丈夫か高須!?」
「……すまん、今は一人にしてくれ」

高須はそう言うとフラリと立ち去る。
危なそうな高須を一人にしておけなかったが、後夜祭の時間も押している。
副会長としてはそちらも動かなければならない。
生徒会一年の生徒に高須の様子を見て貰うことを頼み、俺は会長と逢坂が待っているゴールの“その先”へと向かった。



***



「あれ?竜児は?」

同着一位となった竜児。
本当に来てくれるとは思わなかった……んだけどこの場に竜児が来ない。

「すまない、高須は少し体調が悪そうだった。先程少し一人にしてくれ、と」
「え?」

驚く。
しかしそれも仕方のないことかもしれない。
あれだけの走りを帰宅部の竜児がしたのだ。
気持ち悪くなって当然かもしれない。
まったく、無茶しちゃって。
頬が、少し緩む。

「北村、時間も押している。同着一位のお前がティアラの贈呈をしてやれ。すまないが逢坂、時間の都合上そうさせてもらうぞ」

あ、そういえば一着がティアラ贈呈するんだっけ。
女生徒会長の鶴の一声で、私は北村君にティアラを贈呈してもらえることになった。
あ、もしかしたらこれは竜児が気をきかせたのかもしれない。
でも、もしそうなのだとしたら、何かもやもやして嫌だ。
あの、旅行に行ってからから燻っていた気持ちが、そのもやもやを後押しする。
北村君にティアラを贈呈され、嬉しい気持ちの反面、ここに居るはずの竜児がいない事に、胸が締め付けられた。

(竜児、私の傍らに居るんじゃないの……?)



***



グラウンドの隅ででかい図体を縮こませて座る。

「………………」

グラウンドの中心にはどでっかい炎が立ち上がり、校内外放送でダンスのメロディーが流れる。
皆一様に楽しかったという顔をして、近くにいる人間と踊ろうと手を取り合っている。

だが、俺はとてもそんな気分になれない。
結局俺は負けたんだ。
同着一位と言えば、勝ったのと変わらないと言う奴もいるだろう。
無論、俺とてそれはわかっているつもりだ。
けど、俺にとってそれは負けだった。
がんばってがんばって、ようやく同着一位だったなら、また違っただろう。
だが、そうじゃなかった。
俺はあの一瞬、確かに北村を抜いて、勝っていて、大河を見た。
大河を見て、大河が待っているのは俺じゃない、と思ってしまった。
別に大河の表情がどうのというわけじゃない。
俺が勝手に今までのことを思い出しただけだ。
そしてその迷いから、足が若干止まった。
“だから”同着だった。
俺は北村が生徒会長の為に走っていると途中で聞いた。
その思いにだけは負けるわけにはいかないとがんばった。
あと少しで勝てるところまで行って、結局足を止めたのは“俺”のほうだった。
酷い裏切り行為だ。
俺は、大河の気持ちを裏切ったんだ。
誰もそう思わなかったとしても、俺は自分で自分が許せない。
俺は……負けた……最低だ。

「罪悪感は……まだアリアリ?」

ふと、耳元で声がして顔を上げると、そこには川嶋がいた。
珍しい。
こいつのことだからたくさんの男子にダンスを申し込まれていると思っていたのだが。


「あ、その顔、何でいるんだって顔してるね、亜美ちゃんショック」
「………………」
「何よ無視?高須君の予想通りたくさんの男子のダンスの申し込みを待ってもらってまでここに来たんだけど?」
「……俺の予想なんてまだ言ってないぞ」
「顔に書いてるから」
「………………」

俺は押し黙る。
わかっちゃいた。
隠し通せるものでも無い。

「ねぇ、タイガー待ってたみたいだったよ。祐作がティアラ贈呈しちゃったけど」
「……そうか」

「何?勝てなかった事に拗ねてるの?」
「………………」
「ふぅん、そうなんだ?でも亜美ちゃんは慰めてやんない」
「………………」
「そうやってふさぎ込んでたら誰かが助けてくれると思っていたら大間違いだよ」
「……別にそんなつもりはない」
「あっそ」

川嶋は呆れたように溜息を吐いてそう言うと立ち上がる。

「高須君にとってタイガーってなんなの?」
「………………」
「だんまり?、まぁいいけど。でも、優しさだけじゃ相手を逆に傷つけるだけよ」
「………………」
「“ヤマアラシ”の高須君は近づいても自分と相手を傷つけてしまうのでしたぁ」
「………………」

俺はただ黙って川嶋の言葉を聞いていた。
何処か馬鹿にするようでいて、そうじゃない言葉を。
けど、何も言わない俺を見て何を言っても無駄だと思ったのか、



「……傷つけるのが嫌なら、自分の針を折りなよ」



最後に、川嶋は小さくそう呟いた。



***



「すまないな、逢坂」
「う、ううんいいの」

私は北村君と踊っていた。
あの女生徒会長が、ちゃんと勝者の権利を使え、と言ってきたのだ。

「高須、どこ行ったんだろうな」
「う、うん」

北村君は私に竜児を当てたかったようだ。
たぶん、一人でティアラの贈呈したのを気に病んでいるんだろう。
本当に竜児はどこに行ったのだろうか。
体調はもう大丈夫なのだろうか。
それとも体調不良は演技なんだろうか。

「高須と踊りたかっただろう?」

北村君は私を随分と気にしてくれてる。
いや、私と竜児を、か。

「走ってる時に高須が言ってたよ、逢坂はオマケか?って」
「!?」

少し、足が止まる。

「確かに、俺はあの時、逢坂の事を考えて無かった、すまない」

胸が、詰まる。
さっきから話していてわかっていた。
北村君は“そういう意味”で私を見ていない。
それでも、これが最後の機会だ。
竜児が言っていた。
北村君と上手く行こうと一緒に居てくれるって。
それなら勇気千倍だ。

「あの、北村君」
「うん?」
「私、“あの後”から北村君のこと……!!」
「逢坂」

北村君は、私の言葉を押しとどめた。

「お前が言おうとしてることは何となく想像がつく。だがその前に確認させてくれ。お前と高須は付き合ってるんじゃないのか?」
「っ!?竜児とはそんなんじゃないの!!ただ家が近所なだけで……」

思いもよらぬここでの竜児の名前に心臓が跳ねる。
けど、その次の北村君の言葉で私の心臓は限界以上に跳ね上がった。



「なら、嫌いか?」



「!?」



竜児が、嫌いか?
嫌い?
誰を?
竜児を嫌い?
嫌いじゃない。
嫌いじゃない嫌いじゃない。
嫌いじゃない嫌いじゃない嫌いじゃない!!

「嫌い……じゃない。竜児は優しくて、いつも私のことを手伝ってくれて……何があっても傍に居てくれるって……」
「そうか、良かった」
「……良かった?」
「ああ、高須の事を良く理解してくれるお前なら、きっと“良い友達”でずっといられる」
「え、あ、うん…………と、とも、ダチ……?」

その言葉の意味を深く理解する前に、

「高須が傍にいてくれるのが嬉しいんだろう?ならそれは、その言葉は俺が聞くべきじゃない」
「……あ」
「だって本当は逢坂は……高須が好きなんじゃないのか?」

高須が好きなんじゃないのか?
高須が好きなんじゃないのか?
高須が好きなんじゃないのか?

「私……は……」

炒飯を出してくれた竜児。
悪役ぶってまで私をかばおうとしてくれた竜児。
大河と呼んでくれた竜児。
水着を用意してくれた竜児。
何も言わなくても二つカレーを作ってくれた竜児。

……今日だって、私のために走ってくれた竜児。

私は……そんな竜児が……。

「うん、そうだね。やっとわかった。私が北村君を好きでいようと思った理由」
「……?」



「私は……竜児が………………好き、になってたんだ」



やっと、モヤモヤが晴れたような気がした。



***


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