クリスマスの晩。
寄り道をしてから暗く冷たい家に帰るとそこには、



──────高熱を出した大河が倒れていた。



***



インフルエンザ。
そう診断された私は新年早々入院していた。
シャレにならない。
何だって大晦日やお正月といった食事イベントに入院なんてしなきゃならないのか。
多分竜児のことだから随分と豪勢なおせちを作ったことだろう。
伊達巻、茶碗蒸し、煮物、数の子……ああ、食べたいものが浮かんでは遠ざかっていく。
あれも食べたい、これも食べたい。
食べ損ねて面白くない。
全く持って面白くない。
そうでも思わないと“やっていられない”

「……はぁ」

吐く息は小さく、しかし重い。
真っ白な病院のベッドで考えるのは、いや気を紛らわせる為に想像するのは、竜児。
溜息の理由も竜児。
今だに熱でぼーっとする頭で考えるのはクリスマスの夜の事。
私は竜児の帰りを待っていた。
きちんと確認しようと泣きながら思っていた。
けどそのうち段々体が重くなって、頭が痛くなって。
気付けば病院だった。
なんでも竜児が救急車を呼んでくれたとか。
なんでも竜児がずっと看病してくれたとか。
なんでも竜児がいろいろやってくれたとか。
けど、その竜児は私が元気になってくると思いのほかそっけなかった。
いや、正しくは“そっけなく感じてしまう”だ。
竜児は今までよりも突っ込んだ話し方や視線を送ってこなくなった。
それは他の周りの人間と分け隔て無いレベルで。
今までが竜児は余程私を特別視してくれていた事が実感できた。
出来てしまった。
だから、悲しい。
それが実感できるということは、竜児にとって私はその辺の知り合いAに成り下がってしまったということだからだ。
ほんと……シャレにならない。



***



大河は新学期前には退院していた。
もうすっかり良いようでおせちを食わせろと言ってくるほどだ。
まぁ気持ちはわかる。
ある意味寝正月だったのだから。
だが、おせちの残りはもう無いし諦めて欲しい。

「やだ」

が、流石は大河。
諦めるということを知らない。
でもここのところ、わがままが酷くなった気がする。
今までは「使えない駄犬ね」で終わったはずなのに、最近は妙に絡んでくる。
まるで構って欲しいように……って何を考えてるんだ俺は。
自分に都合の良い考えを振り払い、大河を宥めつつ餅を焼いてやる。
毎年コレだけは一杯あるからな。
きなこにあんこ、砂糖醤油でも美味しい。
薄く切ったものを揚げて塩を振って掻き揚げにしてもいいし。
結局その日、大河は渋々餅を食べて帰った。
さて、もう少ししたら学校が始まる。


***


「大丈夫、なくならないから、ね?そんなに変わらないわよ、うん」

新年早々、我らが独身ゆり先生はそんな意味のわからないことを言い出した。

「先生!!意味がわかりません!!」

流石はらが学級委員にして生徒会長、北村。
みんなの気持ちを代弁してくれた。
対してゆりちゃんは数拍置いてから、

「えーっと、修学旅行は沖縄のホテルが火事で焼けてしまい雪山スキーに変更になりました、うわぁ良かったねぇ♪」

わざとらしくブリキ人形のように手まで叩いて笑みを顔に貼り付けた、が、

「「「「エエエエエェェェェェェェェェエエエエエーーーーッ!?」」」」

みんながそれで納得する筈もない。
次々と批判の声が上がる。

「マジありえない」
「ナンセンス!!」
「断固拒否だ!!」

2−Cの生徒達に次々罵られていく独身(30)だが、ここでくじける程先生も俺等との付き合いは短く無かった。

『ギュィィィィィィィィン!!』
「「「うわぁぁぁ!?」」」

爪で黒板を引っ掻いたき、その音にみんなが苦悶の表情を浮かべている間に、

『人生なんでも思い通りにはなんねーぞ!!』

先生自身の体験談(現在進行形)が板書されていた。



***



あの担任、何考えてるのかしら?
まだ耳がジンジンするわ、全く。
竜児との会話の無い帰宅途中、私は痛む耳をさすりながらそう思っていると、

『ヴヴヴヴヴヴヴ』

携帯のバイブが鳴る。
誰よ、こんな時に。
竜児との会話も弾まず、修学旅行先も急に変わった事でイライラが募っていた私はむしゃくしゃしながら携帯を取る。



──────得手して、こういう時ってのはろくな事が起きない。



だが今回は輪をかけて悪い。
悪い時には悪いことが重なるというが、けどなにもこんなタイミングで……とも思う。
ケータイにはメールが一通。
内容を見ていくうちに、神様ってのは、世界ってのはどこまでも私に残酷なんだと理解した。

「……大河?どうかしたのか?」
「……別に」

奇しくも、久しぶりにまともに竜児から声をかけてもらう原因にもなったのだから、尚タチが悪い。



***



最近、大河の様子がおかしくなった。
いや、正確にはあの日メールが来てから、だろうか。
ここ最近大河は、朝は自分で起き、食事も昼こそ俺の弁当だが朝は自分で摂りはじめるようになった。
いや、それ自体は悪いことではなく、むしろ良いことなのだが、やっぱり胸にポッカリと穴が開いてしまう。

「はい、じゃあ修学旅行の班は……」

LHR中も上の空で大河はボーッとしている。

「逢坂さんはどこの班がいい?」
「……どこでもいい」

一体どうしたのだろう?
大河を諦めようと決意したのに、こんな大河を見ると余計に気にしてしまう。
そんな資格はもう無いのに。
もうすぐ楽しい修学旅行だというのに、俺の心は晴れない。
そうして憂鬱なまま今日も一日が過ぎ、いつも通り力なく帰宅支度をしていると、

「ねぇ高須君」

櫛枝に話しかけられた。



***



「大河と何かあった?」

櫛枝の第一声はそれだった。
人気の無い所に呼ばれ、不安そうにこちらを見つめるその様は本当に大河が心配なようだ。

「いや」

だから俺も正直に答える。
無論内心までは吐露しないが。

「でも二人とも何か変だよ?」
「俺にもわからねぇんだ、少し前に大河が誰かからのメールを見てからずっとこんな感じで」
「メール?どんな内容だったの?」
「いや、聞いてねぇ」
「高須君本気?」

ギロリと睨まれる。
何だよ、俺何か悪いコトしたか?

「今までの高須君なら大河がこんなになった原因のメールくらい探ろうとする筈だよ、高須君去年の学際からなんかおかしいよ」
「……別におかしくはねぇよ」

一瞬去年の学際からという言葉にドキリとする。

「いいや、絶対おかしい。何があったの?
「だから何も無いって。俺だって大河がどうしてこうなったのか知りたいぐれぇだ」
「じゃあ何でその原因のメールを聞いたり調べたりしないのさ」

櫛枝の目は怒っていた。
そんな目で見られ、ずっと同じ言葉を並べられながら責められるウチに、自分の中で溜まっていた物が、あふれ出しそうになる。

「櫛枝には関係無いだろ!!」
「関係あるよ!!大河は大事な親友だ!!」
「なら俺に聞かずに大河に聞けよ!!」
「っ!!」
「……あ」
「……わかった、もういい」

言い過ぎたと思った時には遅かった。
櫛枝は冷たい雰囲気を纏って背を向ける。

「……大河を独りにしないでって、言ったのに。見損なったよ高須君」

櫛枝はそう言い残すとその場から歩いていってしまった。



修学旅行まで、あと二日。


***



「本当になんでもないってば」

学校帰りに急にみのりんに呼び出され、喫茶店に座って切り出されたのはここ最近の私のことだった。

「嘘、絶対何かあったよ。私にはわかる、何でも言っておくれよ」

昨日竜児も呼び出されていたようだから、恐らく同じ事を聞いたのだろう。
ごめんね、竜児。私を諦めたと決意した竜児にとって、この質問はきっと辛かっただろうね。
私は何でも無いとしつこいくらいに言ってテーブルにあるジュースを飲む。

「もう、何で隠すのさ?って今日はパフェじゃ無いんだね?」
「えっ?あ、うん」

しまった、と思う。
いつもはパフェなんて高価なものを頼んでいたから、いきなりジュースだけっていうのは少し違和感があったかもしれない。

「……やっぱり何か隠している」
「そ、そんなこと無いって」

私は必死に取り繕うが、

「メール、って何?」

ドキン、とする。
竜児、だろうか。まさかあのメールの内用を知っている、とか?

「昨日高須君が大河は誰かからのメールを見てからおかしくなったって言ってた」
「き、気のせいじゃない?」
「そう?じゃあそのメールってなんだったの?」
「た、ただの迷惑メールだよ」
「ふぅん」

ほっと安堵する。竜児はどうやらメールの内容までは知らないらしい。
けど、その安堵がまずかった。

「とう」

みのりんは素早く手を伸ばしてテーブルに置いていた私のケータイを取る。

「あっ!!」

私が取り返そうとした時には遅く、

「止めてみのりん、見ないで!!」

必死にお願いするが、

「な、何これ……!?」

みのりんは例のメールを見てしまったらしい。信じられないものを見たような顔でみのりんは顔を強ばらせる。

「お願い、竜児には、言わないで……」
「大河……」

どうしようもなくなった私は、これだけは譲れないと泣きながらにお願いした。

修学旅行まで、あと一日。


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