***


明日から修学旅行というこで、今日は修学旅行で必要になりそうなものの買い物をすることにしていた。
大河はちゃんと準備したのか気になったが、当の本人からは、

「大丈夫」

と太鼓判を押されてしまっているので一人分の買い物だ。
でも本当に大丈夫なのだろうか。
俺の見る限り“全く準備をしている様子”が見られないのだが。
そう不審に思いながら買い物をしていると、

「あれぇ?高須君?」

サングラスをかけた川嶋と鉢合わせた。

「よう、お前も買い物か?」
「まぁ似たような物だけど……ってかなんで高須君ここにいんの?」
「いや、なんでって……明日からの買い物に」
「は?寝てるの?」
「なにがだよ?」

川嶋が俺を睨むようにして見つめ、しかしふっと表情を和らげる。

「ふぅん、まぁいいけど。私は高須君が“針”を折れなくても何の関係も無いし」
「何のことだよ?」
「知らない、か。いよいよ終わりかな、あ〜あ」

川嶋はどこまでも人をくったような言葉を放つ。

「よくわかんねぇ奴だな」
「そう、私はミステリアスな女なの、そんな私のこと気になる?高須君」
「いや」
「……なんかそれはそれでムカツクけど……まぁいいや。タイガ−の決めたことだし」

「大河?」
「んん〜?タイガーのこととなると反応するんだ?反応しちゃうんだ?高須君可っ愛い〜」

「い、いやそんなんじゃ……」
「じゃあ反応しないでよ」
「っ!?」

俺が誤魔化そうとした直後、川嶋は何処までも低い声で俺に怒ったようにそう言う。

「惑星に見捨てられた人工衛星は……ゴミでしかないよ…………なぁ〜んちゃって♪」


川嶋は意味深にそう言うと俺を無視して歩いて行ってしまう。
どこまでが本気で、何処までがジョークなのか、川嶋はそれすら明かさずに俺の視界から消えた。



***


家に帰ってもどうにも川嶋の言葉が頭から離れない。
それを言えば、櫛枝についカッとなった時からずっとそうかもしれない。
はぁと溜息を吐いて、ふとカーテンの奥の大河の部屋をのぞき見る。
窓越しからのそれは、カーテンがかかっている上に電気も点いていないようで、中の様子などわからない。
櫛枝はともかく、川嶋にも大河のことで責められているような気がしてならない俺は、考えないようにしていた大河のことを考え始め、

『ピピピピピピ』

タイミング悪く携帯が鳴る。
相手は……櫛枝?

「もしもし?」
『高須君?今どこ?』
「家だけど……」
『一人?』
「ああ」
『……ごめんよ高須君、ある意味君が正しかったよ』
「……何のことだ?」
『……大河を泣かせちゃった』
「は?」
『高須君が言ってたメールの内容、それを私は無理矢理見たんだ。大河の為を思えば、見るべきじゃなかったかもしれない。でも私は知っちゃったから』
「な、何をだよ?」
『大河は……修学旅行に行かない』
「へ?」

何を言い出すのだ、急に。

『本当は大河に泣いてお願いされてるんだ、絶対高須君には言わないでって。だからこれ以上私は大河を裏切りたくない』
「お、おい?」
『でも!!そんな大河を助けられるのはやっぱり高須君だけなんだよ!!』
「い、一体何があったんだ!?」
『それは……私の口からは言えない。大河との約束だから』
「おい!!」
『だから、大河の部屋に行って。大河は君に手紙を用意している筈だから。それで君が自分でこれからを考えて』
「ちょっと待ってくれ!!櫛枝!!一体何が何だか……」
『ツー……ツー……』
「おい?おい!!……くそ、切れてる……」

何が何だかわからない。
とにかく大河の部屋へ行けというなら行ってみようじゃないか。



***


「で、どうやって入れってんだ」

家には当然のように鍵がかかっていた。
ここの家はオートロック。
ちょっとやそっとじゃ開かない。
鍵はこの前、大河が自分の無くしたからしばらく貸した奴返してと言われ、渡していたので持っていない。
そもそも、インターホン鳴らしても出てこないってことは留守だろうし、手紙ってなんなんだ?
わけがわからねぇ。
明日会って聞けば……でも修学旅行来ないとか行ってたしなぁ。

「しょうがねぇな」

俺はケータイで大河に電話をかける。
こういう時は本人に聞くのが一番……あれ?

『現在、この電話は使われておりません。こちらは……』

「な、何だよこれ!?」

俺は焦ってもう一度確認し、確かに逢坂大河でダイヤルするが、

『現在、この電話は使われておりません。こちらは……』

帰ってくる無機質なアナウンスは同じ。
何だかとってもやばいような気がしてきた。
こうなっては是が非でも中に入らなければならない。
でもどうやって…………そうだ。
俺は一つ思いつき、一度高須家へと帰った。



***



「頼むぞ……」

俺が考えた作戦は至極簡単なものだった。
それはウチのベランダから大河の部屋に侵入する、というもの。
普段とは逆の立場に内心苦笑を漏らしながらデッキブラシで窓が開かないか試してみる。

大河のずぼら、というかミスに期待するのはこれが初めてじゃなかろうか。
どうか閉め忘れててくれよ。
そう思いながら俺はデッキブラシを持って……結構難しいなコレ。
ちなみにこんな顔でこんな真似してるのが見つかったらまず間違いなく警察に掴まる。

俺はビクビクしながらもデッキブラシを操り続け……、

「あ、開いた……!!」

大河の部屋に侵入することに成功した。
成功して、テーブルに置いてある俺の赤いカシミヤのマフラーと手紙を見て、驚愕した。

それは……。



***



竜児へ。
修学旅行楽しかった?
これを見てるってことはきっともう私はそこにいないよね。
ごめんね、何も言わずに行っちゃって。
でも、竜児の為を思ったらこの方がいいかなって思ったんだ。
私さ、前に再婚した父親がいるって言ったよね?
その父親がさ、夜逃げ……しちゃったらしいんだよね。
なんか事業に失敗して一杯借金作っちゃったとかでさ、今もどこにいるかわかんないらしいんだ。
それをママが教えてくれてね、あ、このママってのは本当の母親なんだけど、だから親権を移して自分が私を引き取るって言ってて、そっちに行くことになったの。
それがちょうど修学旅行の日の前の晩だから、私が修学旅行には行かなかったのはそういうワケ。
この前のメールは、そういった話でさ、ママとはそのあとちゃんと電話でも話したし会って話して、まぁこういうことになったの。
あ、ママはさ、再婚してて今お腹に赤ちゃんいるんだよね、男の子だっていうから私お姉ちゃんになるよ。
アンタには世話になったから、一応直筆で理由をこうやって教えといてあげる。
それにさ、一つ謝らないといけないことがあるし。
クリスマスの晩にね、私いつだったかの竜児のポエムノート、最初だけ見ちゃったんだ。

なんていうか、北村君のこと、ごめん。
謝っても許してもらえないかもしれないけど、ごめん。
多分実際に会ったら口じゃ言えないだろうから、こうやって謝罪を文にしたんだ。
それじゃあ元気でね、竜児。

あ、それと、“もう手を冷やしちゃダメ”だよ、きっと竜児の手を掴んでくれる人はいるから。



いい?



神の前に、人は平等なのよ。



***



「な、なんだよこれ」

読み終えて、立ち尽くす。
じゃあね、ってどういうことだ?
母親に引き取られる?
何の話だ?
真っ暗な部屋には、あったはずの家具がほとんど無い。
もう、ここに誰もいないかのように。
何だか寂しくなって、慌ててこの部屋から、大河がいないという現実から逃げて、自分の家に戻る。
戻って、居間に座って、それで終わり。
持ってきた手紙を何度読み返しても、内容は変わらない。

「櫛枝、俺にどうしろっていうんだ」

頭を抱える。
櫛枝は恐らくこの話を既に知っているのだろう。
だから俺に教えた。
だが、俺がこれを知ったから、どうしろというのだ。
どうしようも出来ないじゃないか。
なにもしようが無いじゃないか。
俺は所詮大河の周りを回るだけの人工衛星……見捨てられたゴミでしか無いんだから。

俺は、俺には、何も出来ない。
そう思った時のことだった。



「……イヤダヨゥ」



声が、聞こえた。


158 :ドラとら!◇QHsKY7H.TY :2010/01/20(水) 23:24:15 ID:TKJ+dBpc0
それは大河の声じゃないのに、大河の声のようで。
振り向くとそこにはカバーが掛かった鳥籠。
ウチの家族であるインコちゃんがいる場所で。
インコちゃんは何かをリピートするように、



「……ソンナノイヤダヨゥ」



大河の声をリピートするように、



「……ナニガビョウドウヨ」



大河の気持ちを代弁するように、



「……リュウジガイイノニ」



そこに大河がいるように、



「……リュウジガスキ、ナノニ」



俺が最も聞きたかったそれを、



「……セッカクキヅイタノニ」



今も胸に燻っている、



「……リュウジシカイナイ、ノニ」



この想いを、



「りゅうじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」



突き動かした。



***



最後の叫びは大河の声そのものを脳内で聞いた。
こうしてはいられない。
俺は学際からずっと大河を好きになる資格は無いと自分に言い聞かせていた。
そんなのは逃げだ。
資格?そんなもの、何処に必要だったんだ!!
俺は携帯を取り出し、

「北村?夜にすまない、頼みがるんだ」

友人に無茶なお願いをした。



***



景色が素早く動いていく。
季節も相まって、このスピードはとんでもなく寒い。
俺は友人に校則違反であるバイクでの送りをお願いした。
歩いていては間に合わない気がしたから。
北村はそんな俺のお願いに、

「高須の頼みだ、いたしかたあるまい」

と行って引き受けてくれた。
駅についた後は北村に礼を言って分かれ、大河を探し始めた。
何となく、直感でこの駅だと感じたのだ。
夏にみんなで旅行に行った駅。
あいつはここを使う、と。
根拠なんて無い。
でも今できるのはこれだけだ



***



『プァーーーン!!』

大きい音が鳴って列車が発車する。
次の列車は、十分後に発射のようだ。
大河がどの列車に乗るのかなんてわからない。
もう乗ってしまったのかもしれないし、別の駅かもしれない。
もしかしたら飛行機ということもある。
それでも俺は探し続けた。


『プァーーーン!!』

また次の列車が出た。
この時間、列車はほとんど分単位で発射する。
次の列車の発射は五分後。
そんな電光掲示板の表示を見ていると、後ろの方でゴトッと音が鳴った。
振り返るとそこには、

「な、なんで……」

真っ白いコートに身を包んだフワフワロングヘアーの小さなエンジェル、大河が居た。




***



「大河!!」

竜児は私に駆け寄ってくる。
私は咄嗟に……逃げた。
ローラー付の旅行鞄を引っ張りながら駆け足で列車に乗る。

「待ってくれ大河!!」

どうしてここがバレたのかわからない。
なんでここにいるのかもわからない。

「俺は……」

ガタンとローラーが大きな音を立てて列車に乗る。
竜児は流石に中までは入ってこない。
発射まであと三分程度だろうか。
そう思って竜児の顔を改めて見た途端、



「大河が好きだ!!」



告白された。



***



『白線よりお下がり下さい』

そんなアナウンスが流れ始めたこの瞬間、俺は思いを偽ることなくストレートに吐き出した。

「え……あぅ……?」

大河は驚いて、顔を真っ赤に染め上げて口を奮わせている。

「俺は、ずっとお前が好きだった、お前ももう思い出してるみたいだけど、あのクリスマスからずっと」
「あ、ああああ……」
「確かにお前の言う通り、いつかは俺を理解してくれる人も現れるかもしれない」
「え、えっと……」
「でも、俺はお前がいい、いや、お前じゃなきゃ嫌なんだ、俺の手を暖めてくれるのはお前がいいんだ!!」
「……!!」
「俺は、お前と一緒じゃないと生きていけない!!」

そうやって全て思いを吐き出した所で、

『プシューーッ』

扉が閉まる。
大河は慌てたように丸い窓に張り付いてこちらを見つめている。
結局、大河は俺に一言も返さぬまま、行ってしまった。



***



トボトボと家に帰る。
仕方がなかったとはいえ、何も言葉を返してもらえなかったのはやっぱり少し辛い。
既に時間は日付を超え、三時を示している。
櫛枝にはメールで俺の取った行動を報告した。
返信に、

『よくがんばったよ、高須君』

と書かれていたのが、少し俺の体の重みを軽くした。
家に帰って、死んだように布団に横になる。
多分今眠ったら明日は起きられない。
確か朝五時に学校集合、だったし大河のいない修学旅行に興味は……無い。
あ、でも積み立ててでずっとお金払って来たんだからMOTTAINAIな。
払い戻してもらえるかなぁ。

「……っ……つ!!」

涙が、止まらない。
結局、俺は大河に言うだけで止められなかった。
仕方のないことかもしれないけど、それがとてつもなく悔しかった。
そう悔し涙を流しているウチに、まどろんだ。



***



朝、日の光と共に目が覚める。
時計は朝七時を示し、まず間違い無く自分は寝過ごしたことを悟る。
こりゃあ後で何か言われるな、と思いつつ起きあがり、伸びを一つ。
体の機能は睡眠を取ったため万全だが、心が空っぽなのがわかる。
これから大河のいない生活が始まるのだ。
それを思うと気が重くなり、ノロノロと襖を開けて居間に顔を出し、朝ご飯は何にしようと考えたところで、

「おっそいのよ、この犬」

オレンジが乗った卓袱台に付いて正座宜しく、こちらを睨み付ける子虎が一匹。

「………………」

いかん、まだ寝ているようだ。大河が好きすぎて幻覚を見るなんていくらなんでもどうかしている。

「大変だったんだから!!あ、あああ、アンタが私がいないと生きていけないとか言うから!!し、死なれちゃ困るし!!」

しかし、幻覚にしてはいやにリアルだ、もしかしたら夢という線かもしれない。

「ママにお願いしてちょっとこっちに行ってくるって許可貰うのだって凄く怒られたし始発に乗って来るのだって……ちょっと聞いてんの!?」

バゴッ!!
強力な蹴りをくらい目が覚めた。

「たい─────が……?」

目が覚めて、それが本当に夢だった事に気付いた。
自分は普通に布団の上で時間は七時。最高で最悪な夢を見たと自己嫌悪。
どうせならあれが予知夢だったらいいのに。そういや泰子が自分はプチ超能力者で一回分だけ超能力を使える力を上げるとか昔言ってたっけ。
どうせなら今がいいのにと思いつつ、起きあがって今度こそ朝ご飯は何にしようと考え居間に入った所で、

「おっそいのよ、この犬」

いかん、まだ起きてなかったらしい。
夢の状況そのままに、目の前にはオレンジが乗った卓袱台に付いて正座している少女がいる。

「私寝てないってのにアンタはグースカ寝てるし、ママにお願いしてちょっとこっちに行ってくるって許可貰うのだって凄く怒られたし始発に乗って来るのだって……ちょっと聞いてんの!?」

バゴッ!!
強力な蹴りをくらった。これで目が覚め……あれ?

「何よ、不思議そうな顔をして?誰の為に戻ってきてやったと思ってるの?」

目の前には相変わらず大河。

「た、大河!?」
「まだ寝ぼけてるの?当たり前でしょうが。だいたい私言ったわよね?昔から、虎と並び立つ者は竜と決まってる、私は逢坂大河、アンタはこれからも私の為に私の傍らに居続けなさいって!!」
「いや、でもお前……」
「グダグダ言わない!!アンタの為に戻って来たんだから……返事、言いに来た、んだから……!!私だって、私も……」

オレンジが乗った卓袱台越しに、大河は感極まったように一粒涙を流し、俺の手を暖めるように掴んで、

─────────好きだよ

少し甘酸っぱい、そんな返事を受けた。
聖なる夜から始まった恋。
これから二人にはたくさんの障害が立ちはだかるだろう。
それでも二人はもう絶望に暮れることは無い。
何故なら、思いを通じ合わせた二人を合わせて、世界は、神の前に平等なのだから。




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