「大河」
「何?竜児」
新居と言っても勝って知ったる高須家の居間。
多少、家具が入れ替わったくらいで竜児も大河も見慣れた風景に新鮮味はあまり感じなかった。
むしろ、懐かしいと言うか、心安らぐ感じがして新生活のスタートと言うのにすっかり落ち着いた雰囲気が漂っている。
見慣れた新居で迎えた最初の日曜の朝。
朝食を終え、台所で食器を洗う大河へ竜児は声を掛けた。
「いちおう、大家に挨拶しておくか?」
「そうね・・・私は知ってるけど・・・覚えてるかしら?」
「忘れてねえだろ」
・・・あんだけ騒いだんだ。
続く言葉は大人の判断で竜児は飲み込む。
夜中の2時の殴りこみに始まって、あれやらこれやらと竜児は往時の騒動を思い出す。
・・・よく、追い出されなかったよな。
今さらながらに竜児は思う。
・・・大家が忍耐強くて助かったぜ。
・・・まあ、大河も昔の大河じゃねえから・・・大家も何も言うまい。
その点で竜児は楽観しているが、挨拶くらいはしておく必要があると思わざるを得ない。


「じゃあ、後で行くか?」
竜児は居間へ戻って来た大河に誘いを掛ける。
「うん・・・何か持ってった方がいいんじゃない?」
「おう。よく気が付いたな」
菓子折りくらい持って行った方がいいと大河は細かいところへ気を遣う。
大河も精神的に成長したなあと竜児はうんうんとうなづく。
「・・・当たり前でしょ・・・このアパートにお世話になるんだからそれぐらい当然・・・」
「・・・大河」
「何よ?」
「ここなんだけどさ・・・アパートじゃねえんだ」
「え?嘘?」
じゃあ、何なのよと言う大河に竜児は説明を加える。
「普通の一戸建てだ・・・俺らは大家の家の2階に間借りしていることになってる」
・・・普通の2階建て家の外側に階段を付けたんだな、ここ。
・・・だいたい、大家以外に俺らしか住んでねえだろ。
・・・アパートって言うのは共同住宅のことなんだよ。
「へえ・・・てっきり、私、アパートだと思ってた」
大河は竜児の説明に納得する。



「あ、ばかちーだ」
大河の声に竜児はテレビ画面に視線を向けた。
竜児が見ると、さっきから大河が見ていた番組に川嶋亜美が映し出されている。
「おう、川嶋じゃねえか」
何かの情報番組らしく同じ放送局で今度始まる新番組のドラマの宣伝をしていた。
「へえ・・・主役かよ・・・川嶋・・・すげえじゃねえか」
ヒロイン役に抜擢されたらしく、川嶋はインタビューをする女子アナの質問に愛想良く答えていた。
「ふん・・・昔と変わらないわね。そのチワワモード・・・2−Cどころか日本中を騙そうなんて・・・偉くなったものね」
大河の言葉は相変わらず悪いが、口調は至って穏やか。
「素直に喜ぶって言う選択肢はねえのかよ?」
「ないわ・・・これっぽっちも」
あっけらかんと大河は言い放つ。
大河が口でそう言いながら、心で違うことを思ってると竜児には分かる。
その大河の目元は笑っていた。

画面が変わり、川嶋が持っていた携帯電話が映し出される。
それに付いていた物に質問者は興味を覚えたのか、話題をそっちへ振った。

・・・変わったストラップですね。
・・・昔・・・もらったんです・・・大切な友人に。
・・・猫?・・・ですか?
・・・そう見えます?
・・・ええ。
・・・残念ですけど不正解。
・・・じゃあ、何でしょう?
・・・タイガー・・・虎なんです・・・フェルトで出来た。

画面にいっぱいに広がる川嶋亜美の携帯電話に付けられたストラップ。
確かに猫と言われてもおかしくない様な不細工な形の手作り感ありありなそれ。

・・・名前もあるんですよ。
・・・へえ・・・どんな名前なんですか?
・・・ふふ・・・チビトラ・・・って言うんです・・・ちょっと落ち込んだ時なんか眺めていると元気を分けてもらえるみたいで・・・。

そう答えた瞬間の川嶋亜美の表情は素顔を見せていたと、竜児は感じた。
大河は複雑な顔をして画面を見つめている。
「・・・あれ、おまえがあげたんだよな、川嶋に」
「そうよ・・・私があげたのよ・・・ばかちーめ」
負けたって言う顔して大河は言う。
そのフェルトで出来た大河の分身は大河のお手製。
それは以前に竜児と大河のふたりが行った旅行先でのこと。
大河がフェルト体験教室で悪戦苦闘して産み出したミニサイズのトラ。
大河はそれを川嶋へお土産と称して渡したのだ。
露骨に嫌そうな様子を見せながら、それでも受け取った川嶋。
それが、ここで全国に向かって披露されている。
「やられた・・・ばかちーのくせに」
こんな風にお返しされるとは思わなかったと大河は降参の意思表示。
「・・・大河」
「分かってる・・・ばかちーに悪気がないことくらい」
まったく、川嶋も素直じゃないよなと竜児は思わざるを得ない。

・・・今夜、10時放送開始の新番組「星の軌跡」・・・主役の川嶋亜美さんにいろいろ伺いました。

「ねえ、竜児」
「何だよ?」
「これ、録画しておいて」
「おう」
果たして川嶋がどんな演技をするのか竜児も興味津々だった。



大家用に渡す進物などを買い揃え、いざ出陣と竜児は家を出る。
「大河、準備はいいか?」
「待って、今、行く」
階段下で大河を待って竜児は大家の家の呼び鈴を押した。

・・・はい、はあ〜い。

「?」
「??」
大家の家の中から聞こえて来た声に竜児と大河は思わず顔を見合わせる。
「・・・何か、聞き覚えあるぞ」
「・・・私も・・・ある・・・誰だっけ?」

その答えはすぐに出た。

開いた扉の向こうから姿を現したのは・・・。

「泰子!!」
「やっちゃん!!」
竜児と大河は同時に叫んだ。

「いらっしゃ〜い。竜ちゃん、大河ちゃん」
ニコニコ笑う泰子。

「な、なんで泰子がここに居るんだよ?大家はどうした?」
竜児の矢継ぎ早の質問に泰子は動じることなく、悠然と答える。
「ん、ふふ。やっちゃんねえ・・・今日からここの大家さん」
泰子の説明はこうだった。
「大家のおじいさんがねえ、腰を悪くして駄目なんだって・・・介護施設に入るからって」
・・・で、やっちゃんが大家さんに成り代わったって言うわけ。
・・・びっくりした?

これからも一緒にご飯食べれるねと笑う泰子。
茶目っ気たっぷりな泰子に竜児も大河も返す言葉が見つからない。

そして竜児と大河の帰り際・・・。
「あのね・・・竜ちゃんも大河ちゃんも・・・仲がいいのはいいんだけど・・・もう少し控えめにね・・・ここ、とっても壁、薄いから」
曰くありげな微笑と共に泰子が言う。

・・・何のことだと、聞き返すまでもなく、竜児と大河は顔を見合わせ赤くなる。
慣れ親しんだ高須家の居間と言うシュチエーションが影響したのか・・・いつも以上にあれだったことは否定出来ない。

おばあちゃんになる日は早く来そうだねえ・・・と言う泰子の声を背にほうほうの態で竜児と大河は階段を上った。





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