【専用寝台】

「学校って、なんで昼寝する場所がないんだろ?」
「…お前はいきなり何を言ってるんだ」

 昼食後、大河の分の弁当箱まで洗って、ついでに自販機から買ってきてやったオレンジジュースを渡しながら、竜児はかったるそうに机にうつ伏せになってる大河の対面に座り込んだ。

「だってお腹がいっぱいになったら眠いんだもん。だけど寝心地よくないから眠れないんだもん」
「……4時限目の古文で思い切り熟睡してたじゃねえかお前。だから眠れないんじゃね?」

 というか、そもそも学校とは勉学の場であって昼寝しにくるとこじゃねー。
 心の内だけでそう呟く竜児である。口にしたところでこの虎がそんな一般論、歯牙にもかけないのはわかりきっているし。

「ベストはやっぱり保健室のベッドなんだけど、サボリの溜まり場だもんね。うざいったらありゃしないわ」
「確かにそのとおりだが、お前も偉そうなこと言える立場じゃねーだろ」
「礼法室は生徒の憩いの場として一般解放するべきだと思うのよね。畳っていいよね」
「……それはそれでいいアイデアのような気もするが、保健室と同じ理由で却下だろうな。
 ほら、椅子を借りて並べればベッドの代わりになるだろ?それで我慢しろ」
「や。デコボコしてゴツゴツして全然寝心地よくない」
「贅沢いうな。じゃあ校庭の芝生はどうだ?」
「ん〜…悪くはないんだけど、季節と天気にもよるし、やっぱり服は汚れるし草の汁の臭いがつくからヤ」
「じゃあ体育倉庫のマットで寝てろ」
「アンタあんな臭いとこで私に寝ろって!?もっとマジメに考えてよね!!」
「…いつからお前の昼寝場所を検討する場になったんだ、ここは」
「そんなの最初からに決まってるじゃないこの駄犬!」
「いてっ!?ジュース飲みながら脛を蹴るな!しかも見えてねぇくせして的確に脛の急所をっ!!?」
「にょほほほほ、相変わらず仲がよろしいですなぁお二人さん」

 ♪ニンニキニキニキ♪ニンニキニキニキと小唄を口ずさみながら、実乃梨が二人の傍に寄ってきた。

「昼寝場所かい大河?だったら我がソフト部の部室に来るかいい。
 ベンチ並べて持ち込みのクッション敷けば、中々いい寝床の完成だ」
「さっすがみのりん!どこぞの駄犬と違って頼りになるぅ!」
「フフフ…今夜は寝かさないぜマイスィーツ?」
「いや寝せなきゃダメだろ。っていうか何をするつもりだ櫛枝?」

 意識しているのかいないのか、心もち大河をかばうような姿勢になっている竜児を微笑ましそうに見つめながら、ビッ!と親指立てて不敵に笑う実乃梨嬢。


「どうせなら高須君もご招待。っていうか是非に!
 そして……そして……三人でモーニングコーヒーをウボオオオオオゥ!」
「鼻血を噴出して何を企んでいるんだ櫛枝!?というかお前大丈夫かいろいろな意味で!?」
「いやあ…最近気づいたんだけどさ…私ってかわいい女の子専門かと思ってたんだけど、ちゃんと高須君にも反応するんだなぁって…みのりんレーダーが。
 だからさぁ…フヒッ…大河と高須くヒッ、りょ…両方ふたりいっぺんダブルでツインドライブでうひゃっほう親父ぃぃぃ!ってなクヒィベヒァラホウっな感じ?」
「益々わけわからないし!ていうかお前、まず病院へ行ってくれ頼むから!!」

 首をガクガクさせながら、プピュッ、ピピュッと鼻血を噴いている初恋の君に、心から懇願する竜児であった。

「いやいやいや、もうわたくしにとっては両手に花というか…わかりやすくいうと…」
「わかりやすく言うと?」
「ん〜〜〜〜…3P?」
「わかりやすすぎだ―――――!ていうか中心お前かよ!?」
「大丈夫・・・やさしくするから!」
「それはお前の台詞じゃねぇ!つかなにイイ笑顔で決めてんだお前様はよぉ!?」
「高須くん…太陽って本当・・・黄色く見える朝があるんだぜ…」
「それは知ってるけど!会話をしてくれ頼むから!!」

 何気に私生活の一端を垣間見せながら、竜児が頭を抱えた時。
 視界の片隅で、何かが動いた。

「実乃梨ちゃん…」
「あーみん!?」

 かたん、と洗ってきたばかりのランチボックスが床に落ちる。
 大河とは別種の、しかし威風堂々という佇まいが良く似合う少女が、今は触れれば折れてしまいそうな儚さをまとって、立っていた。
 その潤んだ瞳の中で、フラッと何かが揺れる。

「私が…亜美ちゃんがいるのに、実乃梨ちゃんてば…」
「ち…ちがうんだあーみん!これは…」
「言い訳なんて聞きたくないわ!だって実乃梨ちゃんの守備範囲は7歳から15歳まで(*)のロリペド嗜好!だから見た目が小中学生なチビトラは実乃梨ちゃんにとってまさに理想の恋人!
 やっぱり私のことなんてただの遊びだったのね―――――!
 畜生ボクの万馬券―――――!!(*)」
「ち、ちがうんだあーみん!確かに大河の控えめミニマムオパーイは大好物だが、あーみんのぷよぷよキョニュームの魅力にもちゃんと目覚めてるから!
 っていうか取って付けたような万馬券ってなーんな〜のね〜〜〜〜〜〜!?(*)」
「…櫛枝…川嶋…」
 ――目の前から走り去っていく二人の姿に、それ以上に心の距離が遠ざかっていくのをひしひしと感じる竜児であった。
「来客用のソファーなんかもなかなか寝心地は良さそうだとは思うけどねぇ。流石の私も校長室に乱入するのはちょっと」
「今までの流れ全てスルーかよ大河!すげぇなお前!!」
「ポイントは抑えてるわよ?……とりあえずソフト部は危険だということは認識してるから」
「おう。…それは正しいが、そんな認識を持たなきゃならんのはちと悲しいというか寂しいというか」
「むう。とりあえず正しければそれでよいであろう。のう?(*)」

なんか口調がビミョーに変だぞお前。具体的には13歳中学生の元お嬢っぽく。そもそも(*)ってなんだ?
――という疑問は、やはりそっと心の内に秘めておくことにして。


「で、昼寝場所の考察について結論は出たのか?」
「そうねぇ…試案は一つあるから試してみるか。とりあえずそこに座れ、駄犬」
「へいへい」
 もうあれこれ反論するのは放棄して、竜児は大河にうながされるまま、素直に自分の席についた。
「もうちょっと前に…そうそう。で、足はまっすぐ伸ばして」
「おう」
 言われるまま竜児は椅子に浅く腰掛け、足を揃えて伸ばす。そんな竜児をジロジロと見やり、大河はふうと息をついた。
「まあ何も無いよりはマシ…だよね。動かないでよ竜児」
「何だよいったい…ってちょっと大河!?」
「動くなって言ったでしょこのグズ犬!!」
 靴を脱ぎ、さも当然そうに自分の膝に座ってきた大河に反射的に声を上げかけた竜児だったが、大河はこちらがリアクションを起こすより早く小さなお尻を重心的に座りのよい場所に置いてきた。更に竜児の胸に背中を預け、身体全体、自分の全部をこちらに委ねてくる。
 ――こうなってしまうと、竜児としてはもうどうしようもなく、無条件で全てを受け入れるしかない。大河の赤くなった頬と、蕩けそうになる顔を必死に引き締めているへの字口を見てしまえば尚更である。
「…色々と言いたい事はたくさんあるが、とりあえずそれは置いとく。
 それで、寝心地いいか?お前、これで満足かよ?」
「んん〜〜〜…制服ごしだからちょっと固いかな?」
「……そうか」
 口ではそんなことを言いつつ、自分の膝から降りる様子は微塵もない大河に、一見なんでもなさそうに、しかし内心では結構な葛藤の末。
 竜児は大河の脇の下に手を入れ、持ち上げた。
「ちょ、竜児!?」
「ちょっとどいてろ。…軽いな、お前」
 ひょい、と机の上に大河を座らせて、竜児は制服の上着を脱いだ。
「ほら、こい」
「ちょ…」
 竜児は大河を抱え上げ、先ほどのように自分の膝に座らせた。更に脱いだ上着をかけてやり、お腹の上に回した手で大河の身体をガッチリ固定。
 そしてニーソックス一枚の細い足が寒くないように、自分の足で挟みこむ。
「今度はどうだ?」
「…ん…ちょっとマシになったかな。っていうか最初っからこうしてくれればいいものをこのグズ犬」
 上着が無くなった分、背中の感触はより柔らかく快適になり、竜児の体温を熱く感じることができる。
 その熱は被った竜児の上着で包まれて、じんわりと自分を暖めてくれる。
 そして何より…
「竜児の匂いがする…」
「そりゃあ…俺の上着だし」
「んふ…」
 上着の襟のところで口元を覆い、ゆっくりと息を吸う。
 嗅ぎなれた、この世で一番安心できる匂いが鼻腔をくすぐり、なんとも心地よい。
「りゅうじぃ…」
「おう」
 消え入りそうな声で自分の名を呼んだ後、かすかな寝息を立て始めた膝乗りタイガーを起こさないように。
 竜児は慎重に周囲を見回し……『やれやれだぜドララー』と一斉に無言で肩をすくめるクラスメート達に、赤面しつつ黙礼した。


  * * *


 ちなみに5時限目。
「高須君?」
「はい、先生」
「……わざわざ口で言わないとわからないかなぁ?」
「いえその…スイマセン」
 ナメック星人のように血管を浮かべ、勢いだけで魔貫光殺砲くらいは撃てそうな笑顔を向ける独神(30)に恐縮の冷や汗を流しながら、竜児は未だに自分の膝から動こうとしない大河の耳元に囁いた。
「おい、もう授業始まってるんだぞ!起きろ大河!」
「……」
「起きろ!頼むから起きてくれ大河!」
「…ムニャムニャ…もう食べられない…」
「ベタな寝言いってんじゃねぇ!っていうかお前、本当は起きてるだろ!?」
「ぐー…すやすや〜」
「ええい、こうなりゃ強制撤去!ってコラー!足を絡ませるな!と、とれねぇぇぇぇ!?」
「ふうむ…のう、高須くんや?」
 昼休み終了間際に亜美と二人連れで帰ってきた実乃梨は、微妙に疲れた雰囲気ながら何というか満ち足りた、血色の良い顔で口を開く。
「このババが思うに…大河はベタなお約束を求めているのではないのかえ?」
「…ベタなお約束?」
「あーはいはい。ホントは薄々気づいてるくせしてばっくれてんじゃねーっての」
 実乃梨と同様、微妙に疲労の影が見えるもののすっかりいつもの調子を取り戻している亜美がそっぽ向いて嘯く。
「はっはっはっはっは!亜美、微妙に着衣が乱れているぞ?」
「気づくなよ!そして指摘するんじゃねーよ祐作!」
「安心しろ亜美!我が大橋高校には不純同性交遊を禁じる校則はないからな!」
「ちげーよ!不純じゃねーから!」
「あーみん…ツッコミどころはそこかね…」
 背後で勃発した幼馴染み同士の天然vs.毒舌口喧嘩バトルは、とりあえずスルーしておくことにしたらしい実乃梨は、オホンとわざとらしい咳払いなどしてから竜虎の二人に向き直る。
「まーあれだね。ぶっちゃけお目覚めのチューとかそーいうラブ刺激を大河は待っているのではないかねえ」
「ううう…」

 見下ろすと、被った制服の襟から桜色の小さな唇をすっ、と突き出す大河である。
 亜美の指摘どおり竜児も予想はしていたというか、実にわかりやすいというか。



「なになに〜?お目覚めのチュッチュ〜〜?よーし、それじゃあ高っちゃんに代わってこの俺が〜〜」

 と、脊髄反射で行動を起こすアホロン毛1名。

「なにしゃしゃり出てんじゃこのアホ――!ぐ〜〜」
「俺の大河に手ぇだすんじゃね――!!」
「あべし!ずえ!?」

 即座にダブルパンチをくらい、愉快な悲鳴と共に春田死亡。

「春田……物理的に排除しようとするとどうなるか実例示してくれてありがとう…今のは高須の攻撃も入ってたが…」
「自業自得だし仕方ないけどー」

 くう、とメガネを抑えて星空に散った友人を悼むポーズをとる能登と、ものすごくどうでもよさそうな…というかガチで興味無さそうな木原さんです。ちなみに二人とも、足元で痙攣しながら転がるロン毛本人は無視。
 まあそれはスルーさせてもらうことにして。
 竜児の前に示された未来予想図は三つ。

@じたっと陰湿な眼でこちらを見る独神(30)を前に、このまま大河が満足するまで膝に乗せ続ける、
Aニゴリスポーン(どろり)とした暗黒笑顔の独神(30)に見せ付けるように、大河に目覚めのキスをする。
Bどうしたって独神(30)を無用に煽るだけでロクなことにならない。現実は非情である。

「…なんとかしてくださいこの人生…」
「ちゅー。ぐうぐう。ちゅーちゅー。すやすや」

  ***

 で、結局。
 どうせロクなことにならないならと、開き直った竜児はAを選択。
 なのにストライクフリーダムな虎は、はチュッチュを堪能するだけしておいて寝たふりを続行。
 ……結果、三十路独神の固有結界「枯渇教室」発動。

『ひと〜りじょお〜ずとよばないで〜〜〜ひとり〜がすき〜なわっけじゃないのよぉ〜〜〜〜〜♪』
「大河……どうすんだよこれ…」
「……い、遺憾よね…ムミャムニャ…」
「ぬぉぅ……サビだけ無限リフレインで気が狂うぅぅぅぅぅ…!!」


 エンドレスで中島みゆきを独唱する暗黒独神に、ツッコミを入れられる者などあろう筈も無く。

 ――答えB
 ――――答えB

 答えはB


   <ごめん強制終了>




作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system