暦の上では春を迎えたといっても、三月の風はまだ冷たくて。
あの日から2週間。
あっという間のようでもあり、遥かな時が過ぎたようでもあり。
お互いに相手を受け入れて歩み寄ろうとしてはいても、長い断絶が作りあげた溝は広く深くて。そのうちに母親は出産の為に入院して。
病院で目にした弟を素直に可愛いと思えたのは良かったけれど。義父をいい人だと感じられるのは進歩だと思うけれど。
結局の所自分はこれからの身の振り方も決まらぬまま、こうしてベランダで星空を眺めているだけで。
あの日の触れ合った感触も熱も、もはやこの体からは消え去って。
だけど、記憶には、心には、しっかりと刻み付けられていて。
思考を少し内に向ければ、たちまちに思い出す、溢れ出す。
恐いようで実は優しい眼差し。手先は器用なくせに生き方は無器用で、でも真っ直ぐに誠実で。
好きだと、共に生きようと言ってくれたこと。握り合った手の力強さ。触れ合った唇の熱さ。
だから、大丈夫。寂しいけれど。会いたいけれど。
まだ時間はかかるかもしれないけれど、いつか辿り着くその日の為に。
前を向いて歩き続けると決めたから。
風が吹きつける。まだ冷たい、けれど、あの夜の身を切るような風よりはずっと暖かい。
この風はどこまで吹くのだろうか。あいつの所まで吹いて行くのだろうか。
夜空に手を伸ばし、名前を、想いを、囁いて、風に乗せてみる。
どうか、あいつに届きますように。
なぜだか急に星が見たくなった。
勉強の息抜きに丁度いいと思い、マフラーを巻いて外に出る。
そのままぶらぶらと、天を仰ぎながら歩き続ける。
と、風が吹いてきて。
「おう、俺もだ」
気がついたら、何かに返事をしていた。
作品一覧ページに戻る TOPにもどる