逢坂大河は目が覚めて、自分が泣いていることに気がついた。
 何か妙な夢でも見たのだろう……全く憶えてないけれど。
 大きくのびをして時計を見ると、10時半。
「えぇ!?」
 今日は日曜だから遅刻の心配は無いけれど、いつもなら遅くとも9時頃までには竜児が起こしに来るはずなのに。
 枕元に置いてある携帯を開くと、数回の着信記録。竜児も寝坊したというわけでないらしい。
 ならば、なぜ来ないのか。
 背筋に微かな寒気を感じながら、発信。
 数回のコールの後、
『……おう』
「おうじゃないわよこのグズ犬!今何時だと思ってるの!」
『おう、すまねえ……って電話したのに寝こけてたのは大河じゃねえか』
「何で起こしにこないのよ馬鹿!役立たず!」
『……すまねえ、今日はちょっと無理だ』
「はあ?何が無理だってのよ。さっさと来いこの駄犬!」
『……悪い、ホント、今日だけは勘弁してくれ……』
「……よしわかった。グズでノロマな上に怠け者のあんたを、今からお仕置しに行ってやるから首洗って待ってなさい」
 返答を待たずに電話を切り、手早く身支度を整えて。木刀を持つのも忘れずに。
「竜児ぃっ!」
 どばぁん!と、怒りに任せてドアを開けば、卓袱台の横に突っ伏している竜児の姿。
「……おう」
 竜児はやたらゆっくりとこちらに顔を向け、片手を上げる。 
「何やってるのよこの無能!さっさと起きて……」
 ぐうぅぅぅ〜〜〜
 鳴り響いた腹の音に竜児は力なく笑い、
「おう、朝飯だな、ちょっと待っててくれ……」
 ぎぎぎぎ、と軋む音が聞こえそうな動きでゆっくりゆっくりと立ち上がる。
「で、どうしたのよそのザマは」
 冷蔵庫に保管されていた朝食を平らげ、お茶を飲みながら大河が聞く。
 竜児はといえばお茶をのむ動きも……それ以前に朝食の用意をしている時も食べている間もずっと、油の切れたロボットのようで。
「いや……さすがに昨日は無茶しすぎたみたいでさ」
 昨日……大橋高校の文化祭。プロレスショーに……福男レース。
「全身筋肉痛なんだよ。特に足腰が酷くて、正直、今日は極力歩きたくねえ……」
「……まったく、あれしきの事で動けなくなるとか……本っ当に情けない男ね」
「……返す言葉もねえ……」
「病院とか行かなくて平気?」
「まあ、まるっきり動けねえってわけでもないし、大丈夫だろ。明日まで様子見て、ずっと酷いようだったら考えるさ」
「……よし!」
「何がよしだよ」
「今日は特別に私が竜児のお世話をしてげる。あんたは存分に休むといいわ!」
「お世話って……何をする気だ?」
「掃除でしょ、洗濯でしょ、ご飯も私が作ってあげる」
「ちょ、待て待て大河、出来るのかよ?」
「何よ、その反応は。ここは優しいご主人様に泣きながら感謝する所じゃないの」
「感謝じゃねえ。大河が家事とか、不安以外の何物でもねえぞ」
「大丈夫よ、やれば出来るって」
「今まで碌にしてこなかった上にいつドジやらかすかわからない奴に言われてもなあ……
 俺もこの状態だからフォローできねえし」
「……わかったわよ。それなら他に何かすることって無い?」
「それじゃ、背中に湿布貼ってくれねえか?自分じゃ届かねえからさ」
「それだけ?」
「そうだな……後はまあ、傍にいてくれると有難いかな」
「余計なことはするなって言いたいわけ?」
「そうじゃねえよ。ほら、弱ってる時ってのはさ、一人で居るより誰かに近くに居て欲しいもんじゃねえか」
「ん……そういうことなら、まあ……わかったわ」
「おう、頼むぜ大河」
「……ほんとにそれだけでいいの?」
「おう……やっぱりさ、大河が居てくれると……落ち着くんだよな……」
「ん?今なんて言ったの?」
「いや、なんでもねえよ」





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