「高須君って一時期、下級生によくカツアゲされてたよね?」
平和に弁当を食べている昼休み。大河の隣に陣取った櫛枝がとんでもないことを言い出した。
「みのりん、それ本当!? ププッ……竜児ってば情けないわねぇ」
必死に笑いを堪えつつ、箸で竜児をさす大河。マズイマズイ、このままでは大河のおかずにされてしまう。
いや、そうじゃない。
「待て待て、櫛枝。俺には全く身に覚えがないぞ。そして大河、箸で人をさしてはいけません!」
「えー? だって見たぜよ? 高須君が下級生3人に囲まれてさー」
立ち上がった櫛枝によるワンマン寸劇が始まった。

『オウオウ、ワレ! さっさと金ださんとツラ貸してもらうことになんぜぇ?』
両手をポケットに突っ込み、がに股で大げさな歩き方。まさに80年代を再現する櫛枝。
『すいません、コレで全部です!』
素早く場所を入れ替え、両手でもって何かを差し出す櫛枝。
『あんちゃんよォ、嘘言っちゃあ、い・け・な・い・なぁ? ちょっとジャンプしてみっかぁ?』
再び80年代にひとっ飛び。きっとギンバエがツッパリハイスクールしてた頃に違いない。
その場で跳ねるモーションをすると、小さい金属同士がぶつかる音が聞こえる。
『オウ、あんちゃん。コレはなんだろうなぁ?』
『コレだけは勘弁してください! 大河のためにトンカツ用の豚肉を買いに行かなきゃならないんです!』 
場所を入れ替え、チワワ目でもって懇願する櫛枝。

「ひっ! やめっ! しっ死んじゃう! プククク!」
息も絶え絶えになりながら腹を抱えて絶賛爆笑中の大河。
空いた手で叩かれ続ける机の音のせいもあって周囲の視線までも集まっている。
「まー、若干の脚色はあるどね。けどけど、高須君が下級生に頭下げて財布渡してたのは本当なんだぜ!」
「あ、いや、だから、それはな……」
「それは高須が財布を返してる場面だな!」
声のした方を見る3人。そこには丁度お手洗いから帰還した北村がいた。
竜児の凶眼がカッと光を放つ。いつも肝心な所でお手洗いに行ってしまう北村を呪おうとしてるわけではない。
助け船に乗って荒波を爆走してくるその勇姿に感激しているのだ。
「え? 財布を返すってどういうこと?」
席についた北村は弁当箱のフタを開けながら櫛枝の問に答え始めた。
「皆も知っての通り、ヤンキー高須の名を知らない者はこの学校にいない」
開口一番、知りたくもない情報を突きつけられる竜児。思わず「ちょっと待て」と話を遮ってしまう。
「全校の隅々まで知れ渡る程なのか、俺は」
「残念ながら、な」
苦笑しながら答えるその姿に竜児は軽く頭を抱えた。
この学校には数百人もいるのだから、自分のことなぞカケラも知らないヤツが何人かはいるはずだと思っていた。
だが、生徒会副会長である北村が言うのだ。
あの苦笑いを見る限り、やはり事実だろう。そう思うと弁当を食べる箸の動きも遅くなる。
「で、実はヤンキーじゃないってコトを知らない生徒は意外に多い」
「ふむふむ」
話を続ける北村に頷く櫛枝。
2-Cではそんなこと最初から周知だが、最近やっと学年にも「高須はヤンキーじゃない」というコトが広がってきている。
それでもまだ全校的には十分と言えず、他学年、特に新入生は竜児と目を合わせない様に必死になっている。
「だから、何かの拍子にぶつかったりしてしまうと、ヤンキー高須しか知らない生徒はなんとか穏便に済ませようと、財布を高須に捧げるんだ」
「へ〜。歩く賽銭箱ってとこかね?」
「いや、そうじゃねぇだろ……」
「どっちかというと、歩く募金箱だな。っでまぁ、困った高須はそれを頑張ってその場で返してたってわけだ」
竜児は思う。うちのソフトボール部は大丈夫なのかと。両部長がそれぞれ出した例えは、何がどう違うのか全くわからない。
だが、当の二人は何か納得した様子でそのまま話を続けているのだ。語弊はあるが、こんなんで後輩達は真っ当に育つのか少し不安だ。
「竜児ってばホントに生真面目ね。くれるって言うんだから貰っておけばいいのに」
「それはマズイだろ。お小遣いとはいえ、1週間貰い続けてたら高級和牛ステーキ肉が買えるくらいになっちまう」
竜児は気づくのが遅すぎた。今まさに地雷の上に幅跳びで着地してしまったことに。
「高級……和牛……なんてMOTTAINAIことをしてんのよあんた!」
「ちょ、待て! 俺は人道的に正しいことをしてるんだぞ!?」
ユラリと立ち上がり、徐々に間を詰めていく大河。竜児も席を立ち、少しずつ後退していく。
「ご主人様に逆らおうってのかい?」
「違う! 間違ってるのはお前だ大河! 落ち着け! 話し合おう!」
逃げる竜児に追う大河。二人は教室を飛び出して追いかけっこを始めた。

「はっはっはっ! あの二人は本当に仲がいいな!」
快活に笑う北村。それに反してあきれ顔の2-Cの面々。
毎度毎度校舎中を駆け回る追いかけっこに発展する二人だが、結局休み時間が終わる頃には寄り添って戻ってくるのだ。
「ごめんね竜児」「いやいや、俺こそごめんな大河」そんな言葉を交わしながらピッタリ密着して、もちろん周囲なんぞ見えてはいない。
毎回どうやって仲直りしているのかは大橋高校七不思議の一つだが、週5日毎日そんな光景を見せつけられればウンザリするものである。
しかし、そんなバカップルの痴話げんかを見て今日も平和を噛みしめる2-Cなのだった。

おわり




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