「ううむ……」
 唸る高須竜児の目の前には、恥を忍んで買った軟弱雑誌。
「やっぱりこの『ふんわりバングス』ってやつかな……」
 重要なのはソフトな第一印象……だと思うのだ。
 なにせ明日は始業式。高校二年生のスタート。
 今度こそ、最初から明るい生活を送りたいのだ。そのためならイメージチェンジぐらいいくらでもしてやろうではないか。
 あわよくばそれで『あの人』が目を留めてくれるかもしれないし……
 と、
「竜ちゃ〜ん?」
 襖の向こうから聞こえる声。どうやら泰子が目を覚ましたらしい。
 竜児は軟弱雑誌を閉じて本棚へ。
「おう、起きたか泰――」
「竜ちゃん、おめでとぉ〜!」
 襖を開けた途端、酒臭い塊に抱きつかれた。
「お、おい、泰子!?」
「やっちゃんはね、やっちゃんはね〜、嬉しいんだよ〜。そりゃ、ちょっとは寂しいけどね?
 でもでも、竜ちゃんが幸せになるんだから……」
「ちょ、ちょっと待て!」
 竜児は必死に、目じりに涙を溜めて泣き笑い状態の泰子をもぎ離す。
「ほえ?……あれ?竜ちゃんふつーの服……タキシードは?……教会は?」
「何の話だ!?」

「あのね、竜ちゃんがお婿に行っちゃう夢を見たんだよ〜」
 朝食……というか竜児にとっては昼食……を食べ終えて、お茶を飲みながら泰子は話す。
「お〜っきな教会でね〜、竜ちゃんは真っ白なタキシードでね〜、かっこよかったなぁ〜」
 思い出してにへらんと笑う泰子に対して竜児は少々渋い顔。
「何だよそりゃ。俺はまだ高校生だぞ」
「やっちゃんは薄〜い超能力者だから、ひょっとしたら予知夢かもね?」
「んなわけねえだろ。大体俺が結婚するとしたら、婿に行くんじゃなくて嫁に貰う方だろ。一人息子なんだから」
「ん〜?そうか、それならやっちゃんも寂しくないねぇ。でも、おじゃま虫になっちゃうのはな〜。
 やっぱり夫婦は水……水……水引き?」
 そもそも嫁に来てくれるような女性がいるものかどうか。
 ……来て欲しい人ならいるのだけれど。
「水入らず、だろ。夢だ夢、気にするな」
「でもね?お嫁さんも、ものすご〜く可愛かったんだよ?」
 ぴくり、と竜児の体が反応する。何だかんだ言っても思春期男子としては、多少気になる所ではあり。
「へー……ど、どんな?」
「ん〜っとね〜……顔はちょっとよく思い出せないかな〜……笑った顔がものすごく可愛かったことだけは憶えてるんだけど……」
 確かにあの人の笑顔は最高だ。太陽のような、満開の向日葵のような。
「髪の毛がね〜、長くてふわふわ〜っとしててね〜、腰のところぐらいまであってね〜」
 なるほど、自分はショートカット姿しか見たことはないけれど、ロングというのも似合うかもしれない。というか一度見てみたい。
「背がね〜、え〜っと、竜ちゃん百七十ぐらいだったよね?だから……百四十センチぐらいかな?」
 ……やはり、夢は夢か。あの人なら百六十センチぐらいだったはずだし。
 竜児は一つ溜息をついて、席を立つ。
「買い物行ってくる」
「は〜い、いってらしゃ〜い」
 借家のドアを開ければ、暖かな春の風。
 予知というわけではないが、確かに何かが始まる、そんな予感がした。




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