「あーあ、高須君本当に来ないんだもんなぁ」

生徒会主催、第二回クリスマス・パーティーも無事終了。撤収作業もあらかた終わった体育館。パーティーの熱気もひいて、寒々しいがらんとした空間の片隅で、ブリッ子仮面のはげかかった亜美がぐちぐちと独り言を呟く。

「亜美、そう言うな。高須は独りじゃつまらないだろう。わかってやれ」
「だってさー、独りで寂しいだろうからって折角誘ってあげてんのにさ。ノリが悪いよね。亜美ちゃんつまんなーい」
「まーまー、あーみん先輩。怒んない、怒んない。愛しの大河の居ないパーティーじゃ、高須君だって楽しめないってものでげしょう」
「あれー?、そういうみのりちゃんだって、さっきから溜息ばかりじゃない?」

意地悪そうな笑みを浮かべて毒をはらんだ流し目をくれる亜美に

「そそそそんな、おいら殺気なんか発していませんぜ。これでも相手に感づかれずに盗塁を決める名手って言われてんだ」

実乃梨が椅子を傾けて言い訳をする。

2年生主体の実行委員会が忙しく右に左に歩き回る中、北村祐作、川嶋亜美、櫛枝実乃梨の三年生三人は隅っこのパイプ椅子に座ってさっきからお疲れ気味の会話ばかり。サボっているのではない、無理矢理排除されているのだ。

第一回に続いて、第二回のクリスマス・パーティーでもツリーの調達には亜美が一肌脱いだ。運搬も昨年同様生徒会執行部に次女が在籍している、かのう屋が担当。職員室では、幾ら何でも芸能界やら特定の商店と結びつきが強すぎないかという意見も出た。
とはいうものの、その芸能界と結びつきの強い本人に頼みこんで学校紹介パンフに登場させてしまった弱みが学校側にはある。

結局の所、パーティーは生徒会の目論見通り、大橋高校一の不幸男率いる生徒会の手によって無事開催された。ちなみ現在の生徒会の非公式スローガンは「不幸はこっちで引き受けた」。
学校一の不幸男が生徒会に居る以上、それ以上不幸な目に生徒を遭わせることはないから心配するなというものだが、おそらく前の年の生徒会長のネタのパクリだろう。とにかく、スローガン通りと言えるかどうか、ツリーを白球が直撃する等というイベントは発生しなかった。

そういことだから、パーティーの影の立役者である亜美がこの場に居るのはいいとしても、生徒会の先輩にあたる北村祐作や、それこそ無関係な櫛枝実乃梨が居るのは少々場違いである。本人達は「俺は亜美の幼なじみだぞ」「おいらは去年迷惑を掛けちまったからな」等と言って
手伝いを無理矢理やっていたのだが、結局のところそのあたりは言い訳に過ぎない。だから、狩野姉妹の妹の方に無理矢理パイプ椅子をあてがわれて、おとなしく端っこに座っているのだ。

待ち人来たらず、といった面持ちで。

「まぁ、二人ともそう残念がるな。おれもひょっとしてと思っていたから残念でないと言えば嘘になるが、今日高須が来ないのはあいつ等がうまくいってるということだろう」
「ま、そうなんだけどさ」
「そうだよね。高須君と大河、うまくいってるんだよね」

眼鏡の元生徒会長の言葉に、二人とも笑みを浮かべる。


◇ ◇ ◇ ◇ 


「大河が行けねぇから」

というのが、高須竜児がパーティーを断った理由だった。今年から家族と暮らし始めた逢坂大河は、クリスマス・イブを普段は忙しくて帰りの遅い両親と家で過ごす。婚約者である竜児と一緒に過ごすわけではない。その点について

「いいの?高須君」

と結構ねちっこく問いただしたのは亜美だったが、竜児は笑みを浮かべてはっきりそれでいいと言い切った。家族とクリスマス・イブを過ごすことこそ、大河が求めてきたものだから、と。口にはしなかったが、やがて結婚する自分たちは、
焦って今から2人きりで過ごすことはないと、自分に言い聞かせているのだろう。

竜児らしい筋論とも言えるし、あるいは大河の意地っ張りが感染しつつあるともとれる。

そう言うことならパーティに来いと、祐作も亜美も実乃梨も誘ったのだ。二人っきりで過ごすのなら邪魔をするほど野暮じゃないが、独りで膝を抱えているのなら学校に来い、みんなと楽しめ、と。

しかし、それも竜児は断った。母親の泰子とクリスマス・イブを祝う準備があるのだとか。そうはいっても、お好み焼き屋の店長である泰子が帰ってくるのは夜の9時過ぎだろうと言うと、いやいや、泰子の元同僚の開くパーティーにゲストで呼ばれているからどうのこうの。

ようするに、気乗りがしないらしい。


◇ ◇ ◇ ◇ 


「あーあ、素直じゃないんだから」

と、薄ら寒い天井を見上げてぼやく亜美に、笑いながら祐作が

「いや、むしろ素直なんじゃないか?」

と優しい笑みで呟き返す。

「あーみん、まいったね。おいら達、高須君に二度振られたらしいぜ」
「え?祐作。あんた高須君に横恋慕してたの?」
「馬鹿を言え、俺は会長一筋だ。男色を差別視するつもりはないが、俺にその気は全くないぞ」
「てか、『会長』ってあそこのさえない男の子なんですけどぉ」
「俺が『会長』とお呼びするのは後にも先にも狩野先輩お一人だ」
「あーみん、あのさえない会長、おいらの情報網によると彼女持ちらしいぜ」
「えーっ、どうなってるのよ。クリスマス・イブにこの仕打ちって何?神様、私が何か悪いことしましたか?」
「いや、神が居るかどうかは別として、お前のパーティでの働きには俺は感謝してるぞ」
「祐作なんかどうでもいい!」
「ひどい!」
「あーもう、頭きた!今日はダイエット中止!実乃梨ちゃんやけ食い付き合ってよ。祐作は支払いよろしく」
「オーライオーライ、まかせろあーみん。地獄の底まで付き合うぜ。おいら達二人、振られシスターだもんな」
「だからやめてって。つか、私別に高須君に振られてないし」
「おー、素直じゃないねぇ」

生徒会の片付けもようやく終わり、ほんとのほんとに総員撤収。体育館を出ると、外は凍るほど空気が冷たい。

生徒もほとんど帰ってすっかり暗くなったクリスマス・イブの学校。自称振られ少女の上にも、自称清純派姫系美少女の上にも、想い人が海の向こうに行ってしまった生徒会の舅の上にも、きれいな星が輝く。


◇ ◇ ◇ ◇ 


着信一件。

『竜児、今どこ?』
「家にいる。食事終わったのか?」
『終わった。今ママは片付けしている。私は弟の様子見たところ。あんたなんでパーティーいかなかったの?』
「独りで行ってもな」
『独りの子のためのパーティーなのに。みのりんたち待ってたんじゃない?』
「そうかもな」
『ごめん、私がわがまま言ったから』
「馬鹿言え。お前は家族と過ごすクリスマスをずっと望んでたんじゃないか。お前の夢が叶ったんだ。俺は本当に嬉しいよ」

ちょっと間が空いたのは長いメールを打っているのか、あるいは親に呼ばれたのか。それとも。

『ねぇ、竜児。私何度も言ったけど。あんたの彼女にしてもらって本当に幸せだよ』
「俺もだ」

以前の大河は竜児の前でだけ泣き虫だった。今の大河は家族の前でも泣き虫だろうか。

少し暖房の効きの悪い部屋、独りで寂しいだろうと言われればそうなのかもしれない。でも、その先にずっと楽しい未来があるとわかっている、今日だけの独りのクリスマス・イブ。これに不満を漏らすようでは、大河をずっと守っていくなんてとても言えないだろう。
だから、これで結構、竜児はずっと柔らかい微笑みを浮かべている。

『もっとメールしたいんだけど、呼ばれちゃったから』
「行け、そっちのほうが大切だ」

そう、今は大河にとって家族こそ大切だ。父親と母親と弟と過ごす、暖かくて幸せなクリスマスのあかりの一つに加わることこそ、大河にとって大事だ。今日の竜児は寂しくなんかない。むしろ幸せと胸を張れる。だって大河が幸せに笑っている。

だから今夜は一言だけでいい。

『メリー・クリスマス』
「メリー・クリスマス」




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