「おっはよう高須くん!」
「お……おはよう櫛枝」
「あれ?大河は?」
「おう、大河なら昨日結局課題が終らなかったらしくてさ、朝一で仕上げて提出するって先に……メールとか行ってねえか?」
「うんにゃ、何にも」
「あいつ、連絡するの忘れやがったな……」

 完全に想定外の事態だった。
 いつもならば、実乃梨が居る時には必ず大河か北村が傍に居て……
 それが唐突に二人きりである。嬉しくないわけではないが、正直どんな顔をすればいいかわからない。
 笑えばいい……というわけにはいかないだろう。意味も無くニヤニヤしていたら、ただの変な奴である。
 結局の所、竜児は実乃梨をまともに見る事も出来ず、その一歩前を歩く。

「だけど、あの大河がよくそんなに早起きできたねえ?」
 そんな竜児の心中を知ってか知らずか、後から話しかける実乃梨の口調はいつも通りで。まあ知らないのだろうけど。
「いや、まあ……なんとかな」
「あ、ひょっとして高須くん、大河起こさせられた?」
「お、おう」
「いつもいつも、大河が迷惑をかけてすまないねえ」
「いや、別に迷惑とかじゃ……」
「本当に?」
「……おう」
「本当の本当に?」
「……まあ、ちょっとは……迷惑なことも、あるけど……」
「正直でよろしい。親友の私が言うのも何だけど、大河はワガママで乱暴で甘えん坊だからねえ。甘えん坊将軍!ちゃちゃちゃ〜、ちゃ・ちゃ・ちゃ・ちゃ〜」
「いやでも、大河が居てくれてよかったってこともあるからさ」
「ほほう、どんな?」
「えっと、お一人様数量限定の特売品が二人分買えるし、今日だって早起きした分時間があったから水周りの掃除ができたし、それに……」
「それに?」
 『それに、こうやって櫛枝と話すことができた』……と、言えるなら苦労はないのだけれど。
「その……お袋が大河のことをえらく気に入ってるしさ」
「へー、そうなんだ……ねえ高須くん、一つ聞いていいかな?」
「おう?」
「高須くんはさ……大河のことをどう思ってるのかな?」
「どうって聞かれてもな……」
「普通は……っていうか、一年生の時に大河に近づいて来た男の子達はさ、大体が大河の本性を知ると離れて行ったんだよ。そうでなくても、少なくとも積極的に近づこうとはしなくなった。
 だけど高須くんは違うよね。どれだけ大河に振り回されても、変わらずに大河の傍に居る」
「いや、それは大河が……」
「高須くんが本気で拒絶すれば、大河は高須くんから離れるよ。大河は……そういう子だから」
 確かにそうだろう。それ以前に、一度は『解放』されたのを、竜児が自分で大河の傍に戻ったわけだが。
「……なんか、放っとけねえんだよな。櫛枝なら知ってるかもしれねえけど、あいつはドジだし、実はけっこう泣くし……」
「それは同情?それとも哀れみ?」
「そんなんじゃねえよ。あえて言うなら……共感、かな……いや、ちょっと違うか?」
「共感?」
「俺も大河も、色々とままならないことがあってさ……きっかけは偶然……みたいなものだったけど、お互いのそういう所を知っちまって……
 そうしたら、そんな相手がどこかで転んでるかもしれねえとか、一人で泣いてるかもしれねえとか思ったら、放っておけねえじゃねえか」
「ふうん……」
「あとはそうだな、何と言うか……やっぱり大河は強くて……腕っ節じゃなくて、心がさ……そんなあいつに並び立てるようにっていうか……その……上手く説明できねえけど……」
 ぱあん!と、突然実乃梨が竜児の背中を叩く。そして竜児を追い抜くとくるりと振り返り、
「わかった!」
 そう言ってにっこりと笑う。
「な、何が?」
「高須くんがいい奴だってことが、だよ」
「お、おう、ありがとな」
「そうだ、そんな高須くんにイイ事を教えてあげよう」
「おう、何だ?」
「大河の弱点は……ズバリ耳だ! 不意打ちでふ〜っと息吹きかけてやると、『ひゃん!』とか言ってか〜わいいんだぜ〜!」
「……はあ?」
「ちなみに私の弱点は背中だ! 部活で着替えてる時なんかに、人差し指でつつ〜っとやられちゃったりするんだよね〜」
「お、おうっ……」
 思わず想像してしまって、顔を赤らめる竜児。
「く、櫛枝……おまえは俺に何を言いたいんだよ……?」
「大河をよろしくってことさ!」
 実乃梨はニカっと白い歯を見せてサムズアップ。
「さあ、学校で大河が待っている!急ぐぜ走るぜ高須くん!」
「おい!? ちょ、ちょっと待てよ!」




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