「ねえ竜児。おなかすいちゃった」
「まったくお前はよう。二言目には『お腹すいちゃったな』だよ」
「えー、口ではああいっていますが、般若のようににっこりと笑ってエプロンを装着中です」
「誰に話しかけてるんだよ」
「みのりんに聞かせてあげようと思って送信してるの」
「やめなさい!」
「ちぇ、うるさいなぁ」
「で、何にするか?あまりもんでよければ例によってチャーハンは15分で出来る。リクエストがあるなら聞くけど、食材がないなら買い物に出かけることになるぞ」
「うーん。竜児のチャーハンは魅力的よね。でもここはひとつ年末だし」
「年末だし?」
「来年の干支にちなんだもの」
「無茶言うな。虎の食材なんか日本中探してもあるもんか」
「白虎ラーメンとか」
「熊本に行け」
「白虎隊って会津なのにどうして熊本なの?不思議よね」
「まぁ白虎は四獣のひとつであって、会津の専売特許じゃないけどな。ひょっとしたら旧会津藩士が薩摩憎しで田原坂で戦った警視庁抜刀隊にちなんでるんじゃないか?」
「自分で話を振ってて何だけど、竜児、キャラが壊れちゃってるわよ」
「おう、すまねぇ」


◇ ◇ ◇ ◇ 


「ねぇ、竜児。やっぱり寅年っぽい食べ物って無いのかしら」
「ストレートには無理じゃねぇか?虎つながりでタケノコってのはありかもしれねぇけど」
「なんで虎だとタケノコなのよ」
「虎と言えば竹林だろ。竹林ならタケノコだ」
「ちょっと苦しいわね」
「酔っぱらいを虎と呼ぶよりいいとおもうけどな」
「何で酔っぱらいを虎って呼ぶの?」
「昔は女性が『酒』って口にするのははしたないとされたんだよ。だから、『ささ』って言ったんだけど、ささといえば竹林、竹林と言えば虎。転じて、虎と言えば酔っぱらい」
「もういいわ。ねぇ、なにか寅年料理作ってぇ」
「だから無理だっていってるだろ!こんな『><』顔してもダメだ。食材が無ぇよ!」


◇ ◇ ◇ ◇ 


「仕方ないわね。寅年はタケノコで我慢するわ。じゃ、竜児。他の干支も考えましょうよ」
「はぁ?」
「竜児はチャーハン作りながらでいいから」
「お前が考えろよ。俺が作ってる間に」
「竜児も一緒に考えるの!じゃ最初は子年ね。ネズミ!」
「いきなりハードル高ぇ!」
「ネズミは食べたくないわね」
「お前が食べたいといっても俺は作りたくねぇよ」
「食用ネズミって居ないのかしら」
「食いたいのかよ!」
「好奇心よ好奇心。私はゲテモノには手を出さないわ。竜児は例外だけど」
「お前さらっと酷いな」
「えへへ。怒らないでよ」
「食用ネズミはあるぞ。確か南米で食ってる」
「やっぱり有るんだ。でもお正月には食べたくないわね」
「正月じゃなくても俺は嫌だ。仕方ねぇ。握り飯で手を打て」
「おむすびころりん?」
「おう」
「仕方ないわ。正月らしさにかけるけど、ネズミよりはおせちに近いわね」
「数の子入れてやるよ」
「……竜児、数の子っておいしいって思う?」
「静代さん達に何度か無理矢理食べさせられたけど……正直うまいとは思わねぇな。ありゃ縁起物だろ。俺もお前も次に子年がまわってくる頃には数の子の味がわかる程度には人生経験積んでるんじゃないか?」
「なんてことかしら。たかがお握りを食べるのに人生経験が必要だなんて」
「俺はたかが冬休みの一日をお前と過ごすのに、これほどハードルの高い会話を要求されていることに驚きを感じるよ」
「はいはい、文句言わない。子年はお握りでいいわ。楽しみにしてる。ほんとよ。じゃ、次は……えへへ、丑年です!」
「自慢になるが、牛肉料理ならいくらでも浮かぶぞ」
「牛どーーん!」
「ど真ん中を平押しでステーキってのもいいな。俺、テレビでみて鉄板焼きの料理人かっこいいなって思ってたんだ」
「あの、『か、か、かん!』てやつ?」
「おう。脂の多い厚めの肉をな、目の前で料理するんだよ。味付けは塩こしょうでも十分だが、特製ソースも捨てがたい。お前の前で油を引いて、薄くスライスしたニンニクを炒めるんだ。うまそうな匂いが立ちこめた後にはカリカリのニンニクの付け合わせが出来てる」
「ああ、よだれがでそう」
「すき焼きも捨てがたい。野菜、しいたけ、糸こんにゃく、豆腐、そしてもちろん主役は高い肉」
「高いお肉!」
「砂糖を溶いた醤油で柔らかい肉を煮込んでなぁ、そいつを解いた卵で」
「解いた卵で……ねぇ、竜児。すき焼きって煮てるのになんで『焼き』なの?」
「おう、わからねぇ」
「ま、いいわ。丑年はステーキかすき焼きね。じゃぁ、寅年は……わ、わ、わ、わたし?」
「赤面しながら下ネタ飛ばすなよ!てか、お前がお前食ってどうするんだよ。タケノコでいいじゃねぇか」
「え、えーと。たまには私の方で竜児をおもてなし」
「気を回すな。てか、何度も言ってるけど俺はお前を」
「わかってる!ごめん、えへへ。変なネタ振っちゃったね。竜児の気持ちはわかってる。大事にしてくれてるのもわかってる。ごめん」
「お、おう」
「竜児、顔赤い」
「お前も赤いぞ」
「えへへ。じゃぁ、寅年はタケノコ。次は卯年。兎って食べるよね」
「おう。昔は日本でもよく食ってたらしいぞ。今でも探せば肉が手に入るんじゃないか?」
「日本で食べてたの?!」
「兎は一羽二羽って数えるだろう。江戸時代、『鳥だから食っていい』って言い訳につかってたんだよ」
「何てご都合主義なのかしら。そして可哀想なうさ公。毛はマフラーに、肉は料理に」
「よだれをじゅるじゅるしながら言っても説得力ねぇよ。ちなみにカシミヤは兎じゃねぇ。兎の毛も何かに使うらしいけどな。兎食いたいか?」
「そうね。興味あるわ」
「じゃ、うさぎ年までに料理調べとくか。フランスじゃシチューらしいぞ」
「それも惹かれるものがあるわね。和食でも洋食でも楽しみにしてるわ。じゃ、辰年……は竜児?」
「俺を食うのか!てか、下ネタから離れろ!顔を赤らめるな」
「ねぇ、竜児。私達あと二年経ったらこんな恥ずかしい話も平気でできるようになるのかな」
「俺はもっともっとお前との距離を縮めたいと思うけど、下ネタが飛び交うような間柄だけは遠慮したいよ」
「そうね、ロマンスに欠けるわよね。じゃぁ、辰年の料理は?」
「まぁ、ネズミと同じだな。さすがに竜の肉は売ってねぇぞ」
「竜に似てるもの?タツノオトシゴとか?」
「小さすぎて食えねぇんじゃねぇか?」
「あれ?なんか着信した」
「メールか?」
「みのりんだ。『タツノオトシゴ料理は実在する!』って」
「おい、どっかに盗聴器有るんじゃねぇか?」
「あ、マイク入れっぱなしだった」
「早く切れよ!まったく。ま、料理があってもタツノオトシゴなんて食材近所の商店街じゃ売ってないしな。それ以外で竜か。中国じゃトカゲ料理があるらしいけど」
「嫌ぁ!」
「じゃぁ、鯉は死ぬと龍になるっていうから、鯉料理か」
「鯉料理?!ちょっと興味有る。食べてみたいけど、鯉って魚屋さんに売ってるの?」
「……売ってねぇな。しかたねぇ。再来年は二人で鯉料理食いに行こうぜ」
「恋料理。えへへへ。考えてみたら竜児が料理してくれたものは全部辰年向きな気がする。いろんな意味で」
「お、おう」
「じゃぁ、巳年」
「蛇料理は日本にもあるが、食材が手に入らないだろう。てか、手に入っても俺は料理したくねぇ」
「そうねぇ。じゃ、これもお店探して二人で食べに行く?」
「そうするか」
「午年」
「馬肉は結構売ってそうだな。甘く煮込んで佃煮にするか」
「楽しみ!じゃぁ次は」
「話の腰を折るようだが、チャーハンできあがりだ。ほら、お前の好きなカブチャーハン」
「やったぁ!いただきまーす!」


◇ ◇ ◇ ◇


「ごちそうさまっ!おいしかったよ」
「おう、お粗末。今、茶を入れてやるから待ってろ」
「ねぇ、竜児。未年は?」
「羊肉ならジンギスカンだけど、家じゃ料理しにくいな。これも外食か」
「外食が続くわね。竜児のお料理が食べたいのに」
「そうか。それなら家で料理できないか調べてみるよ」
「うん!じゃぁ……申年……」
「嫌だな」
「考えたくないわね」
「アフリカじゃ猿の姿焼きを」
「嫌ぁ!」
「中国じゃ生きた猿の脳みそを…」
「やめろバカ犬!」
「悪い悪い、泣くなって。ほら、お茶」
「折角おいしいチャーハンだったのに、バカ竜児が変なこと言うから台無しだわ」
「悪かった悪かった。中国にはサルノコシカケって食材があるらしいけど、料理っていうより薬だな」
「椅子を食べるのは嫌よ」
「椅子じゃねぇよ。キノコだ」
「キノコでもお薬はいやだわ。竜児、シーモンキーは?」
「食えると思えねぇ。こりゃ難関だな。あきらめろ」
「ええ?何かないの?」
「あー、じゃぁ柿なんかどうだ?」
「なんで柿なのよ」
「さるかに合戦で投げたろう」
「そんな武器を食べるだなんて。じゃぁ、蟹にしましょうよ」
「犠牲者食うのかよ!さるかに合戦じゃ猿が柿食ってたぞ」
「蟹がいいの。いいじゃない。さるかに合戦で死んだ蟹を食べましょうよ。捨てちゃMOTTAINAIでしょ」
「酷い。じゃぁ、蟹な。大河、蟹味噌好きか?」
「食べたことないけど。竜児は?」
「俺も無ぇ。けど酒に合うらしい。だいぶ先だけど、二人で日本酒飲みながら蟹つつくのもいい感じじゃないか?」
「そうね。お酒も蟹味噌も知らないけど、とても素敵な感じがするわ。私お酌してあげる」
「おう、楽しみにしてるぞ」
「じゃ、次は。えーと、酉年」
「鳥料理なんていくらでも考えつくな」
「鳥どーーん!」
『ヤメロ!バカ!』
「お、インコちゃん久しぶりにしゃべったな」
「あら、まだ生きてたのねブサ鳥」
「お前インコちゃんにまた酷いことを」
「ま、いいじゃない。酉年が来る頃にはブサ子も死んでることでしょうよ。心置きなく鳥を食べられるわ」
「生々しい未来を描くんじゃねぇよ」
「ねぇ、鳥料理」
「クリスマスのロースト・ターキーもいいけど、うちで作れる料理じゃねぇな。和風に筑前煮なんかどうだ」
「いいね、うんうん。私好きよ」
「庶民風にチキンカレー」
「お正月よ。カレーなの?」
「そうだった。棒々鶏」
「大好き!」
「鶏は和洋中どれもうまいからな。いっそ定番料理3種でどーんと行くか」
「行こう行こう!」
『ヒトゴロシー!』
「インコちゃんなんて言葉を覚えてるんだ!」
「ブサ子、あんとたは人間じゃないでしょ。黙ってないと今すぐ竜児にしめてもらうわよ」
「しめねぇよ」
「ちっ。じゃぁ最後。亥年」
「イノシシか。ストレートに猪鍋と行きたいが、肉が手に入らないかもな。豚でどうだ?」
「いい!豚肉大好き!」
「高級豚肉でトンカツもいいな。それか青椒牛肉絲。それとも蒸して脂を抜いてぷるぷるに仕上げるか」
「ぷるぷる!」
「豚キムチもいける」
「ねぇ、竜児。お正月料理を忘れないで」
「おう、そうだった。豚はそれこそ鶏よりも料理の範囲が広いぞ。旨みが出るしな。今の内に案を練っておかないとアイデアが多すぎてまとまりそうにねぇ」
「ああ、素敵。早く豚年来ないかしら」
「亥年だ」
「おあとがよろしいようで」






「いけない!竜児、戌年忘れてた!」
「もういいだろ。犬は食いたくねぇよ。昔は食ってたらしいけど」
「何言ってるのよ。犬を食べられるかどうかじゃなくてお正月のスペシャル料理を食べられるかどうかが問題なんじゃない」
「だからあきらめろって。スペシャル料理って言うけど子年なんか握り飯だぞ」
「つべこべ言わないで考えるの!」
「いてて!まったくよう。じゃぁ、吉備団子」
「桃太郎?」
「そう、おしまいおしまい」
「それじゃ酉年も申年も吉備団子になっちゃうでしょ!」
「あ、申年吉備団子にするか。蟹は無理がありすぎる」
「だめだめ!申年は蟹。戌年は吉備団子なしよ」
「あー、めんどくさいな。って、お前も考えろよ」
「へ?あ、うん………うーん」
「おい、あまり真剣に考えるな。湯気が出そうな顔してるぞ」
『シンジャエ』
「うるさい!」
「インコちゃんなんて事を」
「じゃぁ、お餅」
「はぁ?」
「花咲じいさん」
「ああ、あれか。犬のお墓の後に出来た大木で臼を作る話」
「そ。戌年はお餅にしよう!」
「俺に餅をつけと言うのか」
「あ、私つきたい!」
「嬉しそうに手を挙げるな!だめだだめだ!お前がついたら絶対こね役の手が砕ける。一生が台無しだ」
「なによ、つまんない」
「てか、餅なんか毎年食うだろう」
「そっか。じゃ、わんこ蕎麦」
「ただのだじゃれだろ!てか、おれは嫌だ。普通食う方が音を上げるのに、お前相手だと入れる方が音を上げることになる」
「竜児、文句が多すぎるわよ」
「企画に無理がありすぎるんだよ!」
「何よ、ちょっとは私のアイデアに乗ってくれてもいいじゃない」
「さっきから散々つきあってるじゃねぇか」
「ほんとに意地悪なんだから。意地悪犬………あっ」
「おう?」
「ねぇ、竜児」
「ほほ赤らめて嬉しそうにわらうんじゃねぇ」
「名前呼んだだけじゃない」
「今日のお前はその笑顔だとろくな事言ってねぇんだよ。だいたい………お前、戌年で俺の顔見て笑うって」
「えへへ」
「下ネタやめろって言ったろ!」
「下ネタじゃないもん。愛のある思いつきだもん」
「やっぱ下ネタじゃねぇか!」
「大丈夫、戌年が来たら私達は大人。きっと夫婦!」
「だから下ネタはやめろ!」


(来年がいい年でありますように)




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