【検温】


 大河がカゼをひいたらしい。
 朝から頭が重く、少し熱っぽいとのこと。

「とりあえず熱、計ってみるか」
「そうね。…時期的にインフルエンザ怖いけど、熱はそんなに高くないし。ただのカゼならそれにこしたことないしね」
「…体温計がないんだけど、お前もってないか?」
「えー!?あんたが知らないのに、私がわかるわけないじゃんよ!?」
「基礎体温のチェックは女子高生の身だしなみだろ?オギノ式は世界共通だぞ」
「そっ…そうなの?ど、どうしよう、わたし計ってない…」
「大丈夫だ。どうせそうだろうと思って、俺が毎朝検温して記録してるから」
「ナニ勝手なことしてんだこのエロ犬!?」
「ちなみに今月は…あと10日後くらいかな?安全日」
「そ、そうなの?ってナニしれっとのたまってやがるこのドエロス愚犬!!?」
「だって大事なことじゃないか」
「……アンタいま、限りなく素で言ったね?素そのものね?
 え、でもそれなら今朝も私が寝てる間に検温してるんじゃ?」
「いや…実は今朝から探してたんだけど見つからなくて、体温計。お前しらないか?」
「…さっきも言ったけど、アンタがわからないのに私が知ってるわけないでしょ。
 ったく普段から整理整頓を欠かさない片付け魔のくせして、必要な時に必要なものを無くすなんて、どこまで間が抜けてるわけこの役立たず!あー、怒ったら余計に熱が上がったような気がするわ」
「とにかく熱が高いかどうかはみてみるか」
「えー?体温計ないのに…あ、わかった、おでここっつんとかそんなエロいこと考えてるってわけねこのドsukebe発情犬!」
「んー…ちょっと違うかな」

 え?と不思議そうな顔をする大河の両頬に、ごく自然に竜児は手を伸ばし。

「あむ…っ!?」
 気づいたときには大河の唇は塞がれ、竜児の舌が口内に侵入していた。
「う…く…」
 その行為はキスなどという生易しいものではなく、
「く…ひいっ…」
 強引で、圧倒的で、
「ぐう…む〜〜〜〜!?」
 抗えず、逃げることすら許さず、
「う…ううううううううぅぅ…」
 奪い、貪り、全てを喰らい尽くしても更に求められて、
「……………っ、」
 それなのに、頭を捕まえて放さなかった手はいつしか優しく髪を撫でてくれていて、
 なにより、決して不快ではなくて。絶対に嫌なわけはなくて。

「……くぅん……」
 開放された時には、逆に物寂しささえ感じてしまった。


「うむ。とりあえず口内検温を試みたわけだが」
「あっさり現実に戻るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ってかコレ検温!!?」
「まあ…熱いのはわかったが、実際に体調不良で発熱があるのかは、よくわからなかったな」
「うわーこんなことしといてしかもわかんねーだってー。ちょっとコイツ殺しちゃってもいいよね私?」
「正確に体温を測るためには…まあ普通は腋かな」
「WHAT?」
 思わず外人になる大河には構わず、やはり自然に、いつのまにか手は伸びてきていて。

 ワキワキワキ。
「みにゃああああああああああああっ!?突然のワキワキカーニバル!!?」
 ワキワキワキワキワキ。
「ふひゃはひゃひゃひゃいひょへふっほほほおう!?く、くす、くすぐっちゃらりゃりゃりゃりゃりゃ――ぃ!!」
 ワキワキふにふにワキワキふにふに。
「ふひゃっほふふふふぅぅってちょ、ちょ、そこ!ワキちがう!ちがうってい、いやああああ…あふぅぅ…」
 ワキふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにくりくりっ。
「ひっ、ひゃっ、はう、ふにゃあ、みにゃう…くひぃ!?」
「こら、暴れるな。そんなに暴れられたら余計に体温が上がるから、ますますわからなるじゃないか」
「あ、あ、あ、あんたドコ触ってんのよぉぉぉぉ!ていうかくりって!最後のくりくりっって!!?」
「…………」
「む、無言で指の匂いかぐなぁぁぁぁぁぁ!」
「いい匂いだぞ。俺、大河の匂い好きだからな」
「ここここの匂いフェチ!!?」
「…冬場は気がつくと俺のマフラーに顔を埋めてフニャフニャ鳴いてるお前には、言われたくない」

 はう、と口を閉ざす大河を他所に、竜児は考え込んだ。

「しかし、結局熱があるのかないのかよくわからんな…」
「今の行為もどこまでも検温なんかいアンタ…素直に体温計買ってくるか、とにかく病院に行く?あんまり行きたくはないけど」
「なあ大河」
「なによ」
「あと、直腸検温ってのがあるんだけど」

 …………。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ったあああああああああああああああ!!?」
「ちょっと恥ずかしいかもしれないが、やはりこれが一番確実だと思うし」
「ちょっとじゃないし!っていうか今日のアンタ強引すぎだ――!!
 ステイ!ステイよ竜児!
 とにかくステイ!速やかにステイ!なにがなんでもスティってあ〜〜〜〜!?」
「だから暴れるなって。ちゃんと熱が計れないだろ」
「検温!?やっぱり検温!?こ、この検温の鬼め〜〜〜〜!!ええいもっと色々考えなきゃいけないこととか!あるでしょ大事なことが!?
「おおう!そうだな、大事だよなこれは」


 …………。


「りゅうじ?あの、とっても素朴なギモンなんだけど…その手に持ってる果実を模した容器はいったいナニ?」
「おう。知らなかったのかこのお嬢様め?これはイチジク浣ちょ…」
「皮肉で言ってんじゃああああぁぁ!乙女の前でカンチョーとか言ってんじゃNEEEEEEEE!!!
だ…だいたい…だいたいねっ!アンタ、そんなもん、しかも今気づけば結構な量を、ど、どどどどどうしよってのよぉぉ――!?」
「大河。…お前、もしかしてとんでもない勘違いしてないか?
 いくら果物の名前がついているからって、これは医薬品だ。流石にコレを食材に料理は作れねぇ。
 あと量に関しては、この前特売があったから」
「マジボケするなぁぁぁ!私、さっきからの慣れないツッコミポジションに、思いっきり途惑いっぱなしだよ!」

 両の拳を天井に突き上げてがおー、と吼える子虎さまに竜児は慈愛に満ち溢れた微笑を向ける。見かけは修羅界で永劫の闘争に明け暮れる悪鬼羅刹のような面構えだが。
 竜児はやさしく、やさしく大河の頭を撫でながら、言った。

「いいか大河。ちゃんと事前に処理してキレイにしておかないと。
 孕む心配ないからってゴム無しでやっちゃうと、尿道炎になっちゃうこともあるんだからな」
「何の心配だ―――――――ッ!?
 優しくステキに微笑みながらイチジクつまむな!!
 ス、スカート捲くるなあ!ひっ、やめ、ちょ…ぱ、ぱぱんつ返してぇ!!
 せ、せめてトイレに………!?」

 一拍の間を置いて。

「ひ―――――――――――、ひゃ――――――――――――――!?」

 ――ギシギシAnAnギシギシAnAn

  ***

「――と、まあこんなステキな看病イベントが発生していたのではないかと」
「だーっ、何かと思えば妄想オチかよ。アホくさっ」

 昨日、熱を出して学校を休んだ親友をネタに好き勝手な妄想をダダ洩れしまくる実乃梨に、軽く亜美がつっこむ。
 そしてネタにされた親友の方は。

「みのりん♪とりあえず歯ぁくいしばれ?」
「そんな可愛い顔と声で拳をギリギリ握り締めるな。喰いしばった歯ごと持っていかれそうで怖いぞ」

 コートを着たまま竜児を椅子に座らせ、その彼の膝の上でコートに包まれている大河の姿は、手乗りタイガーではなく仲良し親子カンガルー。
 一応病み上がりなんだし防寒には気をつけないと!という理由は、6億歩譲っても学び舎で公然ラブラブするための言い訳にしか見えない遺憾な状態である。


「まったくみのりんもそこの万年発情チワワとつきあうようになって、ちょっと色ボケが感染しちゃったんじゃない?」
「うわはははは!そぃつぁ違うぜ大河?みのりんだって今時の女子高生、元からチョイと下な話はあーみんほどじゃぁねぇが、大好物さね!」
「あれ…なんだろう…さり気なく私、裏切られてる感じ?」
 ビミョーに傷ついてる亜美である。
「まあ…昨日はそれはもう、スタンダードかつ王道な看病イベント発生だったわね。おかゆふーふーからア〜ンのコンボとか」
「…玉子粥を土鍋三杯おかわりする病人ってのもどうかと思うんだが」
「…三杯分、ふーふーア〜ンって?…それはそれで大変ね、高須君」
「いいんだよ。好きでやってることだし」
「…さり気なく惚気られてしまった。でも王道ってことは、汗拭いてもらったり…着替えとかあ?」
「ほんと思考が下いよねばかちーは。竜児もそれくらいの攻撃で顔を赤らめるな。キモいから」
「お、おう。……せ、せいぜい添い寝してやったくらいだぞ」
「腕枕でね」
「……大河よぉ。一見らぶらぶ発言だが、要は年頃の男女が同衾しましたって内容を聞かされた気がするんだがねぇ?」
「人のこと散々下いネタで弄ってくれたみのりんにとやかく言われたくないでーす。っていうかちょっと気になってたんだけど、なんでギシアンのアンが「An」なの?」
「え?それはもちろん後ろの方だからアナ…」
「実乃梨ちゃんスト―――ップ!流石の私もそこまで無分別な発言はしないし止めるよ!?」
「おお…認めた…」「自分がエロいこと認めましたなあーみん…」「川嶋…」
「今までさんざ下なコト言っといて、なんでみんなして亜美ちゃんをそんな目で見るわけ!?スルーしとけよそこは!
 大体ねぇ、実乃梨ちゃんはBLとか読みすぎなんじゃね!?マンガなんかじゃ簡単にズポヌポ抜き差ししてるけど、あれはやおい穴だから!フィクションだから!
 実際にそんなので感じちゃうのってド変態のアブノーマルだし!! リアルにやったらケガするって話だよ!祐作が言ってた!!」
「……あーみんって実は墓穴掘りっていうかカモネギなタイプだよねぇ。
 それはそうと北村くんがそのようなことを?どれ、もそっとそのあたり、詳しくこのババに聞かせてくれないものかねぇ」
「はうあ!?」

 赤くなった顔を隠すように頭を抱え込む亜美を心の底から楽しそうに弄くる実乃梨という、二人の友人の仲良しっぷりを微笑ましく眺めながら、相変わらず竜児のコートに包まったままの大河は、彼の胸にこつん、と後頭部を当てた。

「………変態さんか。そうだよね、それがフツーだよね」
「…………」
「…でも…なっちゃったものは…しかたないってゆーか…」
「…おう…」
「………りゅうじのばか………」
「…すまん。まさか処方された薬が座薬だったとは」
「…りゅうじ?」
「おう?」
「りゅうじは、その…そっち、興味あったわけ?っていうか、その…えっと…」
「――好みってわけじゃ…なかった。でもお前、あんな可愛い悲鳴あげて、顔真っ赤にして…抑えられなかった。ほんっと、スマン」
「…いいわよ。最終的には私のことなんだし。ただ…さ?」
「うん?」
「壊れないように気をつけて…あと、尿道炎?」
「……お、おう!」

   <しゅー、りょ――――!>




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