「ふわ〜〜ぁ……」
 土曜の午前中だというのに、大河は大きなあくびをひとつ。
「おい大河、大丈夫か?」
「何が?」
「何がじゃねえよ。さっきからあくび連発してるし、妙に眠そうじゃねえか」
「眠そうっていうか……眠いのよ。このところ弟の夜泣きが酷くて……」
 言いながら大河はまたあくび。
「……少し寝たほうがいいんじゃねえか?泰子の部屋に布団敷くから」
「そこまでしなくていいわよ。そうね……竜児のベッド貸してくれない?」
「おう、そりゃ構わねえけど」
「ん、それじゃお言葉に甘えさせてもらうわね」

「大河、そろそろ昼飯に……」
 そう言いながら部屋に入ると、大河は仰向けですやすやと寝息をたてていて。
 竜児はベッドの端に腰掛けて、微笑みながら穏やかな寝顔を見つめる。
 その長い睫毛に飾られた瞼の下に、輝く瞳があることを竜児は知っている。
 その白磁の如き頬が、触れると驚くほど柔らかいことを知っている。
 その僅かに開かれた薔薇の花びらのような唇が、畏ろしい程に熱く甘いことを知っている。
「大河……そろそろ起きろよ……」
 少し顔を近づけて、囁いてみても返事は無い。あと50センチ。
 大河に覆い被さるようにして、その顔を正面から覗き込む。あと30センチ。
 ベッドが軋み、竜児は瞬間動きを止める。あと20センチ。
 ふわりと立ち昇る甘い香り。あと10センチ。
 唇に微かに大河の息を感じる。あと5センチ。
 大河がぱちりと目を開けた。
 お互いの瞳を見つめながら、三秒の空白。
「……んにゃあぁっ!」どぉん!
 突き飛ばされてベッドから転がり落ちる竜児。
「ああ、あんた、ナニしようとしてるのよっ!」
「おうっ!す、すまねえっ!」
「すまねえじゃないわよこのエロ犬っ!!」


 翌日。
 『竜児、またベッド貸してくれない?』『お、おう、構わねえぞ』
 そんなやりとりから二時間程。
「おい大河……」
 大河はやっぱりベッドの上で目を閉じたまま、声をかけても揺すっても起きる様子は無く。そのくせ息遣いは少し荒くて。
 その瞼は妙に力を入れて閉じられていて。
 その頬はなぜか桜色に染まっていて。
 その唇は何かを期待するかのように微妙に突き出されていて。



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