この春、晴れて恋人同士になった二人は、しかしだからとてそう大きく変わることも無く過ごしていた。
今までほとんど同棲そのもののような生活をしてきたのだ。
当然それは無理からぬことではあるのだが、こんな時、決まってほころびを見つけ、それを大きくするのは大河だった。

「ねぇ竜児」
「おぅ、どうした」

土曜の午後。
お休みの日にはこうして大河は竜児の家に遊びに来る。
慣れ親しんだ実家のような高須家は大河にとっても気持ちの良い場所だった。

「私たち、晴れて恋人同士、になったのよね?」
「おぅ?何だ藪から棒に」
「いいから答えて」

マイ座布団だとばかりに毎回同じ座布団を使う大河は、今日もその座布団に座り、しかし真面目くさったように切り出す。
大河がいることで今日は一緒に買い物でもしようかと思いチラシを見ていた竜児は、大河の真面目っぷりに少々驚いた。
ちなみにこの買い物、二人で遊ぶ為では無く今日の晩ご飯の為の買い物である。
大河は夕方には家に帰ってしまうので竜児の食事は食べられないが、それはそれとして二人だと買い物がはかどるのだ。
メニュー決めはもちろん、お一人様○パックなんていう限定商品にも人海戦術は有効となる。
……閑話休題。
そんないつもと変わらぬ竜児に対して、大河は若干の敵意を持ったような眼差しをしている。

「竜児」
「おぅ、なんだ」

これは何か俺がやったか?と竜児は自身の行動を思い起こしつつ大河にいつも通り反応する。
しかし、

「そう、それよ」
「は?」

大河はビシィ!!と竜児に指を指し、不満そうに頬を膨らませる。

「その返事が悪い」
「は?いつも通りじゃねぇか」
「いつも通りだから悪いんじゃない」

大河は段々と怒りのボルテージを上げていく。

「すまん大河、意味がわからねぇ」

大河のことは大概理解出来るようになったと思っていたが、わからないものはわからない。
不満ですという面持ちをしたまま大河は、

「全然照れっていうか、喜びが感じられない」

竜児にとって意味不明な事を言い出す。

「どういうことだ?」
「あんた最初にみのりんに竜児って下の名前口にされた時有頂天になってたわよね?」

それは二年の時の休み時間。
当時竜児の意中の人、櫛枝実乃梨はデコ職人の内職アルバイトをしていて、クラスの女子達のケータイをデコレーションしていた。
その時に言われたのだ。

『高須君のもやってあげようか?竜児って後ろに』

その日、竜児は家に帰ってから下の名前を呼ばれた事に舞い上がり……閑話休題。
かくして、竜児は確かに以前、下の名前を呼ばれただけで有頂天になった実績がある。

「何か、実は私はみのりんよりも好かれて無いんじゃないかなって思うんだけど」
「いや、それはお前がずっと俺と一緒で違和感が無くなったからだろ?」
「どうかしら?竜児はみのりんの為に結構な詩を作ってたみたいだけど私用には作って無いみたいだし」
「お前、作って欲しいのか?」
「キモイからイヤ」
「なら言うなよ」
「でも、何かこう、何て言うの?ガーッと竜児の思いを表現するような痴態?みたいなものが無いのも自信無くすっていうか」
「痴態って、お前な」
「みのりんの時に散々やっていた変なことを私の時に全くやらないってのは少し自信無くすわけよ、女としては」
「むぅ……」

大河の言い分は無茶苦茶だが、気持ちは少しわかる。
竜児とて、もし自分のことで悶えるような大河を見ればそれこそ通報されかねない凶眼をギラギラさせることだろう。
しかし、それはそれとして、大河だからこそ尚の事そういった姿は見せられないし見せたくない。
だが流石は大橋の虎。
竜児のそんな考えなどお構い無しに無理難題を持ち上げる。

「そうだ竜児、今ここで私に告白してよ。ほら、竜児が一杯作ってた詩風にして」
「えぇ!?」

人には恥というものがあり、羞恥心という心が存在する。

「ほら、今なら私しかいないし誰かに聞かれる心配も無いわ」
「い、いや、でも……」

恥ずかしい。
この上なく恥ずかしい。
ちなみにすぐに詩が頭の中で出来ちゃったのも恥ずかしい。

「いいからさっさと言うのだ愛犬」
「あ、愛犬っ!?」
「ちょ、何喜んでるのよ?」

大河はうわぁ、というように汚いものでも見るかのような目つきで竜児を見る。

「よ、喜んでねぇよ!!ここに来て犬扱いされた事に驚いてんだよ!!」

実は内心ちょっぴり、ほんのちょっぴり料理に使うときの塩ひとつまみ程度には『愛』犬と言われた事にキュンと来たのは内緒だ。
最も大河の態度にそれ以上のダメージを受けたのだが。

「ふぅん、その割りには嬉しそうに見えたけど。まぁいいわ、さぁどんと来なさい」
「い、言わねぇよ!!」
「いいじゃない別に。減るもんじゃなし」
「精神的な何かが磨り減るんだよ!!」
「根性無しねぇ」
「じゃあお前言ってみろ」
「……私?な、なななななんで私が言わなきゃならないのよ!?」
「俺だけなんて不公平だ、お前が言ったら俺も考えるさ」
「ず、ずるい!!なら私も竜児が言ったら言う!!」
「いや、お前そんなこと言って結局言わないつもりだろ!?」
「酷い竜児!!婚約者を疑うの!?」
「逆だ!!お前の行動パターンを見通してんだよ!!」
「……チッ」

お互い一歩も引かぬ口論の末、大河の舌打ち。
ゼェゼェと息遣いを荒くしながら肩で息をし、見詰め合う事数分。

「……なぁ」
「……何よ」
「そろそろ買い物行かねぇか、時間無くなっちまう」
「……そうね」

時計を見ればもう夕方。
日もオレンジになりつつある。
二人はそそくさと外に出てスーパーへと向かい出した。

「大河、今日は何食べたい?」
「う〜ん、言っても実際に私が食べられるわけじゃ無いからあんまり思いつかないのよね」
「そういうもんか」
「そうよ、あ〜あ、早く毎日竜児のご飯が食べられるようになりたい」
「俺もお前と毎日今のような会話のやり取りがしてぇよ」
「………………」
「………………」

お互い、今の言葉を最後に少し口を噤む。
まだ来ぬ未来、それに思いを馳せて。

「……ねぇ竜児」
「……ん?」
「そういえば竜児って私には晩御飯とか好み聞くけど、みのりんとそういう話したことあったっけ?」
「う〜ん、そういやねぇな。多分だけど」
「……そっか」

竜児の言葉に大河は口端に笑みを乗せて、

「ね、手繋ごっか」

小さい掌を差し出し、竜児が何をする間も無く手をギュッと掴む。

「ちょっ、大河?」
「ほら、さっさと行こう」

竜児の困惑も何処吹く風。
大河ははしゃいだ子供のように竜児を引っ張って歩く。
そんな大河は、小さく、小さく小さく、

「……良かった」

そう呟いた。



作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system