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「ねぇ、竜児」

物思いにふけっていた竜児に大河が声をかける。

「なんだ?」
「あのさ、今年なんだけど」
「おう」
「チョコレート、あげた方がいいのかな」
「はぁ?」

いきなりのひどい話に素っ頓狂な声を上げる竜児の前で大河はうつむいたまま、少し強い風に髪を乱され、手を後ろで組んで足でのの字を書いている。

「だってさ、去年は失敗だったし。いまさら買ってきてあげるのもどうかなって」
「馬鹿野郎、俺がお前の作ってくれるものが嬉しくねぇなんてありえねぇだろうが。去年も言ったじゃねぇか。いい加減わかれよそのくらい」
「だって。だって。去年は私のチョコ食べたら意識が無くなったって言ってたじゃない」
「去年は去年。今年は今年だ」

昨年のバレンタインデーに大河が配ったチョコを食べたのは竜児だけだった。櫛枝実乃梨をして「狂った強度、すなわち狂度」と呼ばしめるほど固かったチョコレートには、誰一人として文字通り歯がたたなかったのだ。
ただ一人、こういう事には恐ろしく頭の回る竜児だけがホットミルクに溶かすことを思いつき、そして飲んだ後に意識を失ったのだった。

また意識を失うかもしれないが、まぁ、命を奪われるわけじゃあるまい。多分。

「なんだよ、期待してたのによ」

ぼそり。と、つぶやいた竜児に、ぱっと大河が顔を上げる。嬉しい!と顔に書いてある。思わず顔をそらす竜児だが

「ほんと?竜児、期待してくれてた?」

嬉しそうに声をあげる大河がさっと、竜児の顔の方向に上体を傾けて見上げる。

「悪いかよ」

妙な照れ隠しのためにわざと不機嫌な顔を作ってよそを向く竜児。大河がささっとそちらに上体を傾ける。

「ねぇ、竜児。チョコ期待してくれてたのね?」
「うるせぇよ」

ねぇ、竜児。ぷいっ、ささっ。ねぇ、竜児。ぷぃっ、ささ。橋の真ん中でワン・オン・ワンさながらの光景が繰り広げられる。竜児はばつの悪そうな顔でかたくなに大河から顔をそらしている。一方で、大河の方は既に喜色満面。
嬉しくて仕方ないといった風で竜児の顔を確かめるべく右に左に体を動かす。バカップル丸出しの二人に、通行人が「いちゃいちゃしやがって」と毒つくが、竜児の作り不機嫌な表情を見ると足を早めて去っていく。

「じゃぁ、私、また頑張る。今年は失敗しないように味見するから!」
「……おう。ほら、もう行くぞ。風邪ひいちまう。」

なんだか俺は、大河がチョコレートを作ると言う度に不機嫌な顔してるなぁ、と妙な反省をしながら歩き出す竜児の横に、追いついた大河が並ぶ。どちらともなくふれあった手をたぐって、握り合った。

鉄の橋の上を風が駆け抜けていく。

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