「大河ちゃん、どうしちゃったんだろうね〜……」
「おう……」
 卓袱台の上には虚しく冷めゆく料理が一人分。
 大河が三日前から突然食事を食べに来なくなったのだ。それだけではなく昼の弁当まで拒否をする始末。
 理由を聞いても『そんな気分じゃない』とかなんとか、はっきり言ってわけがわからない。
 一応コンビニ飯やインスタント、惣菜等で食事はしているらしいのだが……
「あいつ、ちゃんと栄養とれてるのか?野菜食ってないんじゃねえかな……」
「心配だねぇ〜……」
「おう……」


 翌日。
「おう……しまった」
 今日は泰子は早出なので、夕食は竜児一人だけ。だが皿の上には揚げたてトンカツが二枚。
 大河の分は下拵えまでにしよう思っていたのだが、気がついたらいつもの癖で揚げてしまっていたのだ。
「冷めたのを暖めなおすと味が落ちるしなあ……。しかたねえ、明日カツ丼にするか弁当にまわすか……」
 竜児が呟いた時、どばぁん!と久しぶりに響いたのはドアの音と、
「竜児ーっ!おなかすいたーっ!」
「た、大河!?」
「ごはん何?あ、とんかつ!やった!ほらグズ犬、さっさと用意しなさいよ!冷めちゃう!」
「お、おう……」


 ぱくり、とトンカツを一切れ口に入れ、もぐもぐ、ごっくん。
 たちまち大河は相好を崩し、
「……っくぅ〜〜!これこれ、この味!やっぱ竜児のごはんは美味しいわ〜」
「……それじゃ、何でここんとこ食べに来なかったんだよ」
「んとね、ちょっと再確認したくなったのよ」
「……何を?」
「私、毎日当たり前のように竜児の料理食べてたけど、考えてみればほんの何ヶ月か前までは手料理そのものに縁が無かったのよね。
 それを思い出しちゃって、そしたら、ここでごはん食べてることの意味っていうのかな、考えちゃって……
 で、一度ちょっと離れてみようかなって」
「おう、そうだったのか……心配したんだぞ、俺も泰子も」
「ごめんね、上手く説明できなくて」
「まあいいさ、こうやって戻って来たんだし。さ、冷める前に食っちまえよ」
「うん。ねえ竜児」
「おう?」
「離れてわかったのはね、竜児のごはんが食べられて、私やっぱり幸せなんだってこと」
「おう……」
 竜児の頬に、つうと流れる一滴。
「……あれ?何でだ?」
「何よ竜児、泣いてるの?」
「いや、わかんねえ。わかんねえけど……うん、多分俺も今幸せだから……だと、思う……」
「……よっしゃ!」
 大河が小さくガッツポーズ。
「……え?」
「まさかこんなに上手くいくなんて思わなかったわ。感激のあまり泣き出すなんてね」
「え?え?」
「本で読んだのよ。男の子の気を引くのには『落として上げる』のがいいって。
 竜児にこんなに効果があるなら、北村君にだってきっと……!」
「……おう、そうだな!これなら北村もイチコロだぜ!実際に体験した俺が言うんだから間違いねえ!」
「でしょでしょ!早速北村君用に向けてのシチュエーションを考えないと!」
「ところで大河、お前そもそも北村に冷たい態度がとれるのか?」
「……ゔ」
「それに落とした時、上げる前に完全に気持ちが離れちまう可能性もあるよなあ」
「うう……」
「……憶えとけ、これが『上げて落とす』ってやつだ」
「ううう……」


「ねえ竜児」
「おう?」
「さっき話したのも、嘘じゃないから」
「……おう」



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