「おう、しまった」
「竜児、どうしたの?」
「ラッピングタイがねえ」
「ふーん」
 大河は気の無い返事を返しつつ目の前のクッキーをぱくり。
「しかたねえ、買って来るか」
 財布を手にした竜児はドアの前でくるりと振り返り、
「大河、一応言っておくぞ。台所のクッキーは泰子が店に持って行く分だから食うなよ」
「あんたねえ……私を何だと思ってるのよ」
「ショック!よっく!ま……じん!」
 ばさばさと羽ばたくインコちゃんを大河はぎろりと睨みつけ、
「ブサ鳥……あんたは一度きっちり教育してやらないといけないようね……」
「やめろ大河、インコちゃんを虐めるな」
「だって、このブサ鳥が……」
「お前がつまみ食いとかしなきゃいいだけの話だろ」
「それはまあ、そうだけど……」
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「ん、いってらっしゃい」


 視線を落とせば卓袱台の上に空になった皿。
 上げて見やれば台所で大皿に盛られたクッキー。
 泰子はまだ寝ているので、部屋で動くのものは一人と一羽のみ。
 落として、上げて、落として、上げて……
 やがて無言で立ち上がる大河。
「だ……だだ……ダメ、ゼッタイ!」
「静かにしなさいブサ鳥。あんたにも欠片ぐらいはわけてあげるから」
「なにもみてナーイ、きいてナーイ」
 それだけ呟いて沈黙したインコちゃんを尻目に、大河は抜き足・差し足・忍び足。
 そろそろと台所に近づいて皿を覗き込めば、ふわりと立ち昇る甘い香り。
 思わずごくりと唾を飲み込んで、手を伸ばしかけた大河の脳裏に蘇るのは竜児の言葉。
『――食うなよ』
 ポーズをかけたように、数瞬大河の動きが止まる。だが、
「……これだけいっぱいあるんだから、ひとつぐらいいいわよね……」
 再び動きはじめた指先がクッキーに触れた瞬間、
「おい大河」
 ぎぎぎ、と、大河が玄関の方に顔を向ければ、そこでは呆れ顔の竜児がドアを開けていて。
「お前なあ……」
「あ、味見よ!味見をしてあげようと思ったの!」
「さっき、一緒に焼いたやつ食ってたじゃねえか」
「でもほらやっちゃんがお客さんに配るやつだし万が一ってことがあったらいけないから念の為に」
 はあ……と竜児は溜息ひとつ。
「食ってもいいぞ」
「ほんと!?」
 たちまち顔を輝かせる大河。しかし、
「その代わり、晩飯のおかずの大河の分の肉の割り当てを減らすけどな」
「う」
 竜児の言葉にその動きが止まる。
「クッキーか肉か、大河が好きな方を選べ」
「ぐぐぐ……」
 クッキーを手にしたまま、眉根を寄せて苦悩し続ける大河。
 竜児は暫らくそれを眺めていたが、やがて再び深い溜息を。
「ちょっと待ってろ。もう少しクッキー焼いてやるから」



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