「やっちゃん、おやすみなさい」
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「は〜い、大河ちゃんまた明日〜。竜ちゃんも気をつけてね〜」
 大河は家族の待つ自宅に帰るべく。竜児はその大河を家まで送るべく。
 扉の外に出て、竜児は大河をじっと見つめる。
「なあ大河、どうしたんだよ」
「どうしたって……何が?」
「何がじゃねえ。今日はなんか元気がねえじゃねえか」
「別に、そんなこと……」
「あるって、見てりゃわかる。なあ大河、変に隠さないで言ってくれよ。そりゃ、俺じゃまだまだ頼りないと思うかもしれねえけど……」
「そんなことない!竜児は頼りなくなんかない!」
「それじゃあ、さ……」
「……ん……あのね……私、今幸せなの。ママとはまだちょっとぎくしゃくしてる所あるけど、新しいパパは優しいし、弟は可愛いし」
「おう」
「クラスが違うから前みたいには会えないけど、学校に行けばみのりんや北村君がいて、ついでにばかちーもいる」
「川嶋はオマケかよ……」
「それに何より、竜児がいる。やっちゃんも、ブサ鳥も。こっちに帰ってきてから特にトラブルも無いし、ほんと、人生そのものが好転したって感じで」
「おう、よかったじゃねえか」
「だけどね……だからこそ……たまに、怖くなるのよ」
「……怖く?」
「そう。またちょっとした事でこの幸せが壊れちゃうんじゃないかって。実は私は底無しの穴の上の薄い板に立ってるんじゃないかって」
「そんなこと……」
「頭ではわかってるのよ、そんなことがあるはずが無いって。根拠の無い妄想なんだって。だけど……」
 大河は俯いて、自分の体をぎゅっと抱き締める。
 そうだ、大河はこれまで18年近い人生の大半を、そんな恐怖と、絶望と、闘いながら生きてきたのだ。
 その傷は竜児が想像するものよりずっと深く、昏いのだろう。たとえ今は幸せでも、そう簡単に癒えるものではないのだろう。
 では、自分は――共に生きると誓った高須竜児は――そんな大河に何をしてやれるのだろうか?
「…………大河、ちょっと待ってろ」
 竜児は言うと踵を返して家の中へ。
 『あれ〜?竜ちゃんどうしたの〜?』『おう、ちょっとな』などといったやりとりの後、再び現れた竜児は大河の手を取り。
「ほら、こいつをやる」
 そう言って手渡されたのは青く透き通った、
「……ビー玉?」
「ビー玉じゃねえ、そいつは如意宝珠だ」
「にょい……何?」
「竜の絵でさ、片手に珠を掴んでるやつって多いじゃねえか」
「そうなの?」
「……そうなんだよ。その珠のことを『如意宝珠』って言うんだ」
「ふうん……」
「まあ、竜の力を宿したお宝ってとこだな」
「で、これがそうだっての?」
「おう」
「……ひょっとして、竜児のにょいほーじゅだとか言いたいわけ?」
「おう。だから、もし万が一何かあっても、そいつが必ずお前を守ってくれる」
 外灯の光にかざしたそれは、空を思わせる柔らかなブルー。
「……ぷっ……くくく……」
「大河?」
「な〜にが如意宝珠よ。こんなの只のガラス玉じゃない」
 クスクスと笑いながら竜児を見上げる大河。その瞳はキラキラと輝いて。
「お前なあ……そんな身も蓋もねえ……」
「でも……大事にする」
 大河は胸元で、青い珠をぎゅっと握り締める。
「おう、大切にしてくれ。なんせ俺が幼稚園の頃からの宝物だからな」
「へえ……それじゃ、これからは私の……ううん、私と竜児の宝物ってことね」



作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system