「ただいまー…って大河、来てるのか?」
 玄関にぞんざいに放置されていた、小さな靴をきちんと並べながら竜児は奥に声をかけた。が…返事はない。
「大河、寝てるのか?…ってお前、脱いだものはちゃんとかけておけよ」
 玄関と繋がる狭い台所の床に、制服の赤い上着が無造作に脱ぎ捨てられているのを発見し、竜児の声が少し尖る。
 更に視線を少しずらすと、冷蔵庫の前にはクチャクチャに丸まった紐タイ放置。
「お前なあ!制服にシワがつくだろ!なんでちゃんとかけておかないんだよ!」
 大河の返答にはおかまいなく、その行儀の悪さに直情的に小言を言いながら、竜児は居間に入る。
「あーあー、ここもかよ!大河、お前…なぁ?」
 大河が脱ぎ散らかした衣服を反射的に拾い上げてから、自分が手にしているモノに竜児は気づいた。
 制服のブラウスに…スカート、だと?
「どおおおおおおうっ!!?」
 更に足元で危うく踏みつけそうになった、AAAサイズのブラの存在に、竜児は思わず飛び退いた。
 嫌な汗が背中を伝っていくのを妙に遅く感じながら、ノロノロと視線を動かす。
 居間と自室を隔てる、桜の花びらが貼り付けられた襖は僅かに開き。
 その下には……白い、三角形の、小さな下着が。
「たっ…大河っ!!」
 襖の向こうへ声をかけるが…何の音もしない。
 だが微妙な息遣いと、人の気配は感じられた。
「大河、お前…」
 どういうつもりだ、と言いかけてその言葉を竜児は飲み込んだ。
 もしかして…ふざけてるとか?
 こんな撒き餌をばら撒いて、俺が慌てふためくのを楽しんで…大河、ちゃっかり私服に着替えているとか…?
 まあ…悪ノリの類でも、本気で誘っているのだとしても、これは少々、やりすぎのような気がした。
 こんな…、その、男の純情を弄ぶようなやり方は、やめて欲しい。
 そんなことのために、自分を粗末にするようなことは、やめて欲しい。
 一度、ゆっくりと深呼吸をして、(足元の下着は見ないようにしながら)竜児は襖に手をかけた。
「大河…?」
「あ…竜児…」
 夕方近くで、やや薄暗い竜児の部屋に大河は…いた。竜児のベッドに横向きで寝そべって。
「大河…それ…」
「あ…うん…竜児の学ラン、かけてあったからのが目について…」
「衣替えだからな…しまう前にクリーニングに出そうと思って・・・」
「うん…知ってる…」

 口の中がカラカラで、唾を飲むことはできなかった。
 大河は、裸ではなかった。
 まず、いつもの黒いニーソックスは脱いでいない。
 そして…小さな身体にはダブダブすぎる、竜児の学ランを素肌の上に羽織っていた。

 裸学ラン+黒ニーソ。
 すいません。これ、何のご褒美ですか?

 混乱気味な竜児の前で、この無防備すぎる虎は、すこしはにかんだ、最高の微笑みを見せるのだ。
「えへへ…りゅうじのにおい、する…」

 ――――ぷっつん。

「たいがあああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」
「え、なに、りゅうじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 ギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアン!
 ギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアン!
 ギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアンギシギシアンアンアン!!


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