「くそ、どうしてこんなことに……」
 眉根を寄せて苦悩する竜児の横で、大河は眼の端に浮かんだ涙を拭う。
「仕方ないじゃない……きっと運命だったのよ」
「……認めねえ、認めねえぞ。こんな馬鹿げたことが運命だなんて……」


 話は朝まで遡る。

「竜児、どうしたのよ? さっきからきょろきょろして」
 昇降口の前で、怪訝そうに竜児に尋ねる大河。
「おう……なんか最近、妙な視線を感じるんだよな……」
「何よ、まさかストーカーとか?」
「いや、感じるのは学校でだけだし……そもそもそんな特殊な趣味の人間はいねえだろ」
「あら、ここに居るじゃない」
「え?」
 見れば、大河は自分を指差して。
「竜児を好きだっていう『特殊な趣味の人間』」
「……お、おう」
「ねえ、ストーカー諦めさせるためにキスでもしてみせる?」
「いや、学校で、しかもこんな人前ではさすがにまずいだろ」
「それもそうね。それじゃ、その代わりに」
 大河は竜児に抱き付き、胸元に頬を擦り付ける。
「おい、大河!?」
「ついでに昼休みまでの竜児分を補充してるの」
「おう……」
 竜児は頬を赤らめながらも、大河の髪を優しく撫でる。
 やがて大河は名残惜しそうに身を離し。
「それじゃ竜児、また昼休みにね」
「おう、今日の弁当は力作だから期待しとけよ」
 そう言って別れたのも束の間。
「おうっ!?」
 竜児の叫びに駆け寄れば、その手には白い封筒が。
「竜児?」
「お、おう、大河……」
 その表には可愛らしい字で『高須竜児様へ』と。
 中を開けば、
『お願いがあります。
 今日の放課後、体育館裏へ来て頂けないでしょうか。
                    1−C 熊谷綾乃』
「……あんた、どうすんのよコレ」
「いや、ほっとくわけにもいかねえだろ」
「でもこれって……アレじゃないの? ほら、その……告白、とか……」
「そうとも限らねえし、もしそうだったらきちんと断わるだけだ」
「……それじゃ、私も一緒に行く」
「いや、それは駄目だ」
「何で!?」
「わざわざ呼び出すんだ、他人に聞かれたくない用件なのは間違い無いじゃねえか」
「う、それは……」
「教室で待っててくれよ。すぐに戻るし、何があったかきちんと報告するから」
「……わかったわ」

 そして、放課後。
 わかったと言いはしたものの、やはり大河の胸の内はざわざわと落ち着かず。
 竜児は浮気をするような男ではないが、いかんせん優し過ぎる。もしも強引に迫られたら、果たして断りきれるのかどうか……
 気づけば大河は体育館の横まで来てしまっていた。
 とその時、建物の陰から飛び出してくる一人の少女。
 すれ違う瞬間、大河ははっきりと見た。少女の頬が桜色に染まっていることを。その唇に笑みが浮かんでいることを。
「……!」
 思わず駆け出した大河の目に飛び込んできたのは、呆然と立ち尽くす竜児の姿。
「竜児!?」
「お、おう……」
「どうしたの?何があったの!?」
「いや、その……告白……」
 やはり、そうだったのか。ではあの少女の表情は……まさか……
「が、上手くいきますようにって……拝まれた」
「……は?」
「こんなもん渡されて……」
 見れば竜児の手には一枚の封筒。そこに書かれている文字は『高須不動尊様江』。
「……尊の後に様って、どうなんだ?」
「知らないわよ」
 中を見れば、入っていたのはかのう屋の商品券(1000円分)。
「不動尊って、不動明王のことだよな」
「それって、悪霊とかをやっつける仏様よね」
「じゃあこれは……ひょっとして、お布施……ってことか?」
 しばし無言の二人。
「えっと……あの女の子はこれから誰かに告白するわけよね」
「おう、カラスマ君とか言ってたな、確か」
「で、その前に竜児を拝みにって……つまり、厄払い?」
「何で俺なんだよ?」
「不動明王っていえば憤怒の形相だから……ぷ」
 大河の体がぶるぶると震えだし、
「ぷっくくく……あは、あはは……ぴ、ぴったりすぎる……ぶぁはははははは!」
「涙出るほど笑うんじゃねえっ!」



 後日判明したことだが、意外に広まっていた『高須不動尊』の噂(謎の視線の原因もこれだった)は、亜美が竜児の写メを『魔除け』と称して保存していたことに加えて竜児と大河のバカップルぶりから『幸せになれる』などと尾鰭がついたものだった。
 なお熊谷綾乃の告白は無事成功したらしく、それ以来竜児は時折舞い込む商品券への対処に苦労しているという。



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