「どうしよう……」
逢坂大河はとぼとぼと帰り道を歩く。
「どうしよう……よりにもよって、あいつに……」
高須竜児。
北村君の友達。
初対面、始業式の日にぶつかった時は失礼な奴だと思ったけれど、よく北村君と話している様子を見れば悪い人間じゃない様ではあった。
だが、だからこそ、アレを北村君に渡してしまうのではないだろうか。
ずっと秘めてきた想いを綴った手紙を。
そもそも、書きはしたものの渡すつもりは……そんな勇気は無かったのだ。
それが、たまたま北村君の机に鞄が置いたままなのに気がついて。教室には他に誰も居なくて。
千載一遇のチャンスだと思った。でも決心がつかなかった。鞄を開けたまま迷って……丁度その時にあのバカが来て……思わず放り込んでしまった。
それが、あいつの鞄だとは気づかずに。
結局手紙はそのまま、高須竜児の鞄の中で。
『高須竜児』の事をほとんど何も知らない以上、取り返す事は極めて難しい。
連絡網のプリントを見れば電話番号ぐらいはわかるだろうが……そこまでだ。
家に帰れば、あいつは手紙を見つけるだろう。
ラブレターだと気づくかもしれない。中身を読んでしまうかもしれない。
思い返せば自分でも恥ずかしくなるような内容だ……笑うだろうか。バカにするだろうか。
それをもし北村君に伝えられてしまったら。クラスに広められてしまったら。
……そうなったらもう、生きてはいけない。
と、その時。
「……あれは!」
見覚えのある後姿。どこかにぶつけたのだろうか、後頭部のあたりをさすりながら前を歩くのは間違い無く高須竜児。
咄嗟に物陰に隠れる。幸いこちらに気がついた様子は無い。
なんという天の配剤。このまま後をつければあいつの家がわかる。そうすれば、手紙を取り戻すことだって出来るかもしれない。
「……あれ?」
ぶつかったり、転びそうになったり、それでも見つからないように、見失わないように必死に尾行を続けて。
気づけばなんだかよく知っている道を歩いている。というか、いつもの登下校のルートをそのままに。
やがて辿りついた終着点は。
「……嘘」
高須竜児が入っていったのは、大河の住むマンションの隣……ボロい木造一戸建ての二階。
今まで隣人など気にした事も無かったが、それがまさかあの男だったとは。
そして、夜。
大河は木刀を手に、寝室の窓から塀の上を経由して隣家二階のベランダへ。
手紙の事を知られてしまったのは間違い無い。それを無かったことにするためには高須竜児の息の根を止めるか、せめて記憶を飛ばさなければいけない。
正面から行けば当然あいつは抵抗するだろう。ならば、寝込みを襲うのが一番確実だ。
降り立った目の前の窓をそっと開ける。鍵はかかっていない。
中を覗けば、人の気も知らずに安らかに眠る高須竜児。思わず睨み付けるが、ここからでは上手く殴れそうにないし、中に入ろうとよじ登れば気が付かれるかもしれない。
横を見れば、おそらく居間に入るための大きな窓。こっそり侵入するならこちらからだろう。
靴を脱ぎ、木刀を握り締め、サッシに手をかけ……
いざ、参る。
作品一覧ページに戻る TOPにもどる