竜児の部屋にある時計が8時を過ぎる。
その途端、そわそわと落ち着かなくなる竜児。
まだかなと、携帯電話を手に部屋中を歩き回る。
その竜児が心待ちにしているものは軽やかな着信音と共に8時3分過ぎにやって来た。
竜児は心の中でゆっくり1、2、3と数えると受話器ボタンを押す。
すぐに出てもいいのだが、以前すぐに出た時「あんた、電話の前で待機してたでしょ?」と大河に言われ、事実、その通りなのだが認めるのもしゃくで、家事の途中だったと竜児は言い張ったことがあったのだ。


「竜児?」
スピーカーから聴こえ来る大河の声に竜児は軽い安堵を覚えた。
・・・良かった、何もなかったんだな。
この点で大河は非常に分かり易かった。
落ち込んだり、不愉快なことがあれば「竜児↓」と語尾が下がる。
反対に嬉しいことがあれば「竜児↑」と語尾が上がる。
今日はフラット・・・やや上がりかと竜児は聞き取ったのだ。

「おう、ちゃんと飯食ったか?」
「食べたわよ、心配しなくて大丈夫」
食後間もないのか大河の声色に満足が色濃く出ていた。
「グラタンだったの」
竜児がメニューを問うと大河はそう答えた。
おいしかったと付け加える大河に良かったなと思う反面、竜児は少なからず物足りなさを覚える。
今の大河の台詞が、自分が調理したものへの賛美であればどんなに心が浮き立つだろうと思うからだ。

「お父さんがあんなに料理できるなんて思わなかった」
会社社長として働きながらも、週に何回かは厨房へ立ち料理を作ると言う、大河の義理の父親。
大河の話だと結構なグルメみたいだが、美食を極めると言う感じではなく家庭料理こそが基本だと言うスタンスらしい。
その点で多いに同感できると言わざるを得ないと、まだ会ったことも無い相手に共感を感じてしまう竜児。

「ママより上手・・・あ、竜児には適わないけどね」
「そりゃどうも」
大河なりに気を遣ってかそんなことを言う。
竜児としては苦笑するしかない。
それにしても、大河の落ち着いた口調を聞くにつれ、短期間で新しい家庭に馴染んでいる様がうかがえて、竜児は安心する。
もしも大河がひと言でも辛いとか漏らしたら、飛んで行って大河をかっさらって行く位の覚悟が竜児にはあった。
でも、この分ならそんなことはしないで済みそうだった。



「学校は平気か?嫌な事とかないよな?」
「・・・竜児」
竜児の名前を呼び、そのまま電話口でクスクスと笑い出す大河の声が竜児へ届く。
「何だよ?」
心配してやって笑われるのが心外なのか竜児の声が尖る。
「ごめん、ごめん・・・だって、竜児がおんなじこと聞くんだもん」
笑いを収めると、大河はさっきの食事の席で父親から同じ事を聞かれたと事情を説明する。
「声の調子まで似てたから・・・つい・・・ごめんね、竜児」
「・・・いや、そういうことだったらかまわねえけどよ」
大河への理解者が増えるのは嬉しいことだし、ましてそれが義理の父親なら尚のことなのだが、竜児の心は小さく波打つ。
だから、そう言ったものの竜児の気持ちは晴れない。
・・・何だ、これ?
今まで感じたことのない感覚に竜児は戸惑う。

それから、今日の出来事や、昨日のTVの話題など取りとめもない会話を続け、いつもの様におやすみと電話を切る竜児。
布団に寝転び、携帯電話を宙にかざす竜児。
薄暗くした部屋の天井に携帯電話越しに浮かぶ大河の顔。

ん?竜児?・・・そんな顔でこっちを見てる。
無意識に竜児は手を上げ、大河に応えた。
嬉しそうな表情で大河が駆けて来て・・・その足が途中で止まる。
誰かが大河を呼んでいた。
天井の大河は困ったような顔で悩むような仕草を見せたが、やがて、竜児にごめんねと言うポーズをするとそのまま声のした方へ走り去った。

「た、たいが〜!!」
自分の発した大声に驚いて竜児は布団から跳ね起きた。
その傍らには畳みの上に転がった携帯電話の姿。
どうやら、あのまま寝入ってしまったのだと気がついた竜児。
「・・・夢か」
吐息と一緒に声を漏らす。
開け放した窓から流れ込む風がカーテンを揺らす。
湿り気を帯びた生暖かい風が夏が近いことを知らせていた。

馬鹿な夢を見たと竜児は鼻で笑った。
もちろん、大河が心変わりして新しい誰かとどうにかなるなんて竜児は砂粒の欠片も思っていない。
それなのにあんな夢を見るなんてと竜児は思う。

大河のことを一番、想っているのは自分で、何よりもあいつのことを分かってやっていると言う自負が竜児にはある。
その大河に新しい理解者が出来た。
それもすぐ身近に・・・。
言うまでもなく、それは大河の義理の父親であって、竜児としては手放しで喜べばいいことなのだが・・・。

ようするに竜児は面白くないのだ。
今まで自分が座っていた指定席に見知らぬ父親が顔を出し、我が物顔で座っているということが。
言ってしまえば小さなジェラシーだった。
・・・馬鹿か、俺は。
再び、ため息を漏らすと竜児は窓辺に寄る。
相変わらず、空き部屋のままの旧大河邸・・・窓ガラスの向こうに大河の面影を見出しながら竜児はその日、三度目のため息を漏らした。

・・・会いてえよな、大河。



着メロが鳴ると同時に竜児は携帯を掴み、電話に出た。
「遅いじゃねえか!」
「ああ、ごめん・・・ちょっと出掛けてて」
非難するような竜児の口振りに大河は謝った。
時刻は8時をとうに過ぎ、10時に限りなく近い。
8時に電話するね、これが竜児と大河の間で交わされた暗黙の約束だった。
実際、これまでも大河が電話を掛けるのが遅くなったこともあったのだが、待ち切れなくなった竜児が掛けて来たりして大きな問題もなく収まっていた。
それが今日に限って、何度電話しても大河は出てくれない。
・・・どうしたって言うんだよ?
不安や嫌な想像が竜児の中を駆け巡る。
もやもやした気持ちを抱えたまま、あれから数日を過ごした竜児は心の平衡を欠いたまま、大河へ向き合っていた。

「何してたんだよ?」
「言ったでしょ、出掛けてたって」
いつになくしつこく絡む竜児をあしらうようにする大河。
「じゃあ、何処へ行ってたんだ?」
「いいでしょ、何処だって」
「俺にも言えないような所か?」
知らず知らずのうちにヒートアップする竜児。
「なんで、いちいち私があんたに出かけた先まで報告しなきゃいけないの?」
「俺との会話より大事なことなのかよ・・・しょせん、その程度か・・・だいたいな・・・」
やや素直じゃない大河の返答を聞きながら、竜児は言葉が飛び出るのを止められなかった。
「何回も電話しただろ・・・どうして出ねえんだよ・・・おかしいだろ!」
「・・・それは」
やや言いよどむ大河の声。
大河の電話に残る竜児からのたくさんの着信履歴が竜児の焦燥を表しているようだった。
「言えないって言うならいいさ」
もう知らねえとばかりに言う竜児。
ここまで言えば「うっさいわね、この駄犬」とか大河の罵詈雑言が返って来るのは覚悟の上だった。
「・・・」
「なんだよ、だんまりかよ、おい!大河」

電話と言う相手が見えないツールの不幸。
もしも、大河の顔を見ながら竜児が話していたのならば、ここまで言わなくても済んだだろう。

「・・・」
「大河!、おい」
「・・・」

竜児の電話のスピーカーは何の音も伝えて来ない。
電話が切れたのかと竜児が画面を見れば通話中の文字。




「・・・」
「・・・大河?」
「・・・・・・っ」

ノイズ交じりに聴こえたのは小さな嗚咽だった。

ようやく、大河の様子がいつもと違うのに竜児は気が付いた。

「ど、どうしたんだよ・・・大河・・・黙ってちゃ、わかんねえ」
うろたえたように竜児は電話に向って叫ぶ。

「・・・」

やがて切れ切れに聴こえて来た大河の声。

「・・・家族で、外食中だったの・・・」
大河はか細い調子で続けた。
予定では8時前に家に帰って来れるはずだったが、父親が仕事で遅れ、食事の開始が遅れたこと。
竜児からの電話が掛かって来た事は知ってたけど、途中で抜け出せなかったこと。
帰り道が込んで帰宅が遅くなったこと。

「・・・ごめんね、竜児」
そこで電話は切れた。

ツーツーと言う電子音を竜児は呆然と聞いた。

会えないだけに竜児としてはこの電話での時間を何より大切にしたかったのだ。
その優先ランクを下げた大河の行為が許せなくて、つい竜児は責めてしまった。
しかし、事情を聴けばひどく納得できることで、それだけに竜児はひどい後悔にさいなまれる。

「最低だ、俺」
よりによって会えないイライラを当の本人にぶつけてしまうなんてと思う。

慌てて電話を掴み、リダイヤルする竜児。
すぐさま、謝ろうと思ったのだ。
・・・出てくれ、大河。

呼び出しコールはやがて無機質な留守電のメッセージに切り替わった。

がっくりと竜児はうなだれる。
・・・わりい、大河。

竜児は福岡の方角を向くと頭を下げた。




深夜、着信メロディが奏でる音が竜児の眠りを妨げた。
・・・電話?
半覚醒のまま、布団から起き上がった竜児はメロディを流し続ける電話機を掴み、反射的に受話器ボタンを押した。
「はい、高須」
そう、竜児が答えるのに被さって響く大声。
「りゅ〜じ!!」
「た、大河か」
いっぺんで目が覚める竜児。
「そうよ、その大河様よ」
ハイテンションな大河。
「ど、どうしたんだよ、こんな夜中に」
「・・・寝てたわね」
威嚇するような、低い大河の声。
「・・・ああ、それがどうした」
「こっちはあの後、眠れないくらい悩んでたのに、寝てるなんて許せない!」
その後、天誅と言う叫び声と続けざまに何かが派手に壊れる音を竜児は聴いた。
思わず、携帯から耳を離す竜児。

「・・・大河?」
おずおずと話し掛ける竜児に息も荒く大河は言葉を返す。
「私が今、目の前に居ないことを感謝することね」
世にも恐ろしげな台詞を吐くとそのままダムが決壊した様な勢いで話し始めた。

おととい、ばかちーと何処へ行ったの?
竜児は何にも言わない・・・みのりんと話してて、それを聞かされた時、私がどんな気持ちだったと思うの?
ううん、竜児が心変わりしたなんて思わない。
だけど、変な隠し事なんてして欲しくない!

竜児が何か言い掛けると「黙って聞いて!」と大河は口を差し挟むのを許さなかった。
大河の話を聞きながら竜児はいちいち腑に落ちることばかりだった。
なぜならそれは竜児自身が思っていたことだったからだ。

確かに竜児は数日前、川嶋亜美に頼まれて一緒に買い物に付き合っていた。
別にデートとか言うレベルじゃなかったが、買い物の後で付き合ってくれたお礼とばかりにお茶に付き合わされて、それなりに楽しい時間を過ごしたことは事実だった。
クラスが違ってしまえば以前ほどの接点も無く、廊下ですれ違いざまに挨拶する程度になってしまっていた関係。
その点は川嶋亜美も同様だったらしく、久しぶりに話が出来て嬉しかったと言い残して立ち去っている。

後ろめたさと言うほどではないが、なんとなく竜児は大河へ言いそびれていたのだ。
櫛枝にしても大河へご注進へ及んだわけじゃなく、大河との普段の会話の流れでポロっと言っただけなんだと竜児は思う。

でも、自分の知らないところでそれが行われて、その報告が無かった。
その一事が大きいんだと竜児は大河の罵詈雑言を聞きながら痛感した。
たった、1時間余り電話が遅くなったくらいで、あれこれ変に気に病むくらいなのだから、お互いに見えないところで何をしているのかくらい、言うべきだよな。




「・・・竜児!ちょっと聞いてるの?」
「ああ、しっかり聞いてるぜ・・・大河」
「・・・な、なら、いいのよ・・・ちゃんと聞きなさい」
「ひと言も漏らさないで聞いてやる。全身で受け止めてやる・・・だから、言いたいことがあったら・・・なんでも言ってくれ」
真面目で力のこもった竜児の口調が大河の調子をあきらかに変えた。
「もういい・・・言いたいこと言ったから」
「それだけでいいのか?朝まで付き合うぞ」
「・・・なんか疲れた」
「おしまいか?」
「もういいわ、すっきりしたし・・・なんか喉、渇いちゃった。竜児?」
「おう」
「お茶、淹れて」
「・・・ちょっと待ってろ」
「うん」

「ほらよ・・・」
携帯電話の前でこぽこぽと音を立てて湯飲みに注がれるお茶。
「ありがと・・・って、どうやって飲むのよ」
「心で飲むんだ」
「はいはい、気持ちだけもらったわよ」
竜児のバカと付け加えながら、大河はぷっと笑った。

「そう言えば、竜児の淹れてくれたお茶もずいぶん飲んでない」
「いつも熱いだのぬるいだの文句ばっかり言ってたくせに」
「あ〜あ、もっと大事に飲むんだった」
後悔をにじませながら大河は嘆く。
「だって・・・竜児の家でああやってご飯食べて・・・お茶飲んで・・・寝転んで・・・竜児と一緒にって・・・ずっと続くって思ってたから」
もっと大切にするんだったと大河は悔やんだ。

「会いたい・・・竜児・・・会いたいよぉ・・・」
不意に聞こえた大河の切なげな声。
今すぐ、ひと目でいいから会いたいと、子供の様に大河は訴えた。
「竜児に触れたい、竜児の声をそのまま聞きたい、竜児の温もりを感じたい・・・そんなの・・・わがまま?」
きっと耐えられるって思ってたのに、全然ダメと大河は自分の弱さを口にする。

「俺んちの前だったよな・・・大河と別れたの」
やや、あってから竜児はポツリと切り出した。
「うん・・・やっちゃんと竜児と一緒に帰って来て、それから・・・マンションに・・・」
「あれから何回も思った。走り去ろうとするお前の手を掴んで、なんで連れ戻さなかったんだろうって」
「竜児」
「そうしてれば、今も一緒に居れたかもしれねえ・・・だけど、そんなの砂浜の家と変らねえ。波が来たら、みんな崩れちまう」
意味分かるかとの竜児の声に大河は何となくと答えを返す。
「夜が長ければ、それだけ朝が来たら嬉しいだろ・・・長い夜だけどさ、その間に俺は大河とのこれからを夢見てる。砂の家じゃない、どんな波が来ても壊れない家に住むって言う夢だ」
偉そうなこと言ってるな俺と竜児は照れたように付け加えた。

「あの時、もしかしたら竜児が追い掛けて来てくれるのを期待してたのかもしれない」
「・・・大河」
「ママの所へ戻ろうって思ったけど、とっても恐かった・・・拒絶されたらどうしようって・・・だから、竜児が引き止めてくれたらって」
「それって?」
「ううん、誤解しないで、引き止めて欲しかったんじゃない・・・竜児なら・・・竜児なら分かってくれるって、そう思ったの」
「俺は何も・・・」
していないと続けた竜児。
「ちゃんと竜児はしてくれたよ・・・黙って私を見送ってくれた・・・」
もしも、あの時、竜児が少しでも引き止める素振りを見せたら、決心が崩れたかもしれないと大河は打ち明ける。
「だから、私はここに居る・・・電話でしか話せないくらい遠い所に・・・」




お互い、しばらく無言のままだった。
小さなノイズだけがふたりの間を分ける。

やがて、ほぼ同時にお互いの携帯電話のスピーカーから聞こえた長い吐息。
竜児も大河も相手がまるで目の前に居るかの様な錯覚を覚える。

「大河」
「竜児」

名前を呼び合う声が1000キロ空間を切り取る。
この瞬間、大河は竜児の部屋に、竜児は大河の部屋に確かに存在した。



「でも、やっぱり直接、会いたいよね」
「ああ」
織姫と彦星だって年に一度は会えるのにこれって酷くない?と大河は七夕伝説を持ち出して、ままならない現状に文句を付ける。
まだ一年も経っていないと突っ込みたいのを竜児は堪える。

「そうだ、竜児」
「なんだ?」
「彦星って、どれ?」
「どれって・・・そんなことも知らねえのか」
「いいじゃない・・・教えてよ」
いつものように唐突に言い出した大河を納得させるべく、竜児は音を立てないようにして家の外へ出た。
梅雨の中休みで、雲は少しあるものの空は晴れている。

「そっちは晴れてるんだろうな?」
「当たり前じゃない」
雨の日にそんなことを聞くほどドジじゃないと大河は強弁する。

今、南に向いた庭に出てるという大河に竜児はにわか星空解説を始める。

「・・・で、その明るいのがアルタイル、彦星だ・・・見つけたか?」
「あ、あれかな」
やや、自信無さそうに答える大河。
「明るい星が3つあって・・・線で結ぶと三角形になるだろ?」
「え?・・・あ、ホントだ!」
ようやく確信が持てたのか大河の声のトーンが高まる。


「あれが・・・彦星・・・竜児だね」
「じゃあ大河は織姫か?」
「当たり前じゃない・・・文句ある?」
「大河がお姫さま・・・」
「竜児・・・笑わない」
「ああ、わりい・・・」
笑いを収めて、竜児はアルタイルから離れたベガ、織姫星を見つめる。
あの星は大河だと言う。
そして竜児は彦星を見た。




「大河」
「何?」
「何見てる?」
「竜児の星・・・」
「そっか」

不意に竜児の胸が熱くなる。
大河と同じ物を、今、同時に見つめてるんだ、俺。

「・・・竜児も見てるんだよね、あの星」
ほぼ、同時に大河もそのことに思い至ったのか、そんなことを言う。
「ああ、見てるぜ」
「うん」
言いたことはいろいろあるけど、今のふた言で通じてしまったような気がすると竜児は思った。
「すぐ近くだね」
「何がだよ?」
「彦星と織姫」
「近いって?・・・何光年も離れてるんだぜ」
「ううん、絶対近い・・・だって、私の指先で測っても納まるもん・・・竜児の大きな手なら楽勝だよ」
そう大河に言われて竜児は指先をふたつの星の間にかざした。
すると、遠いと思っていた星がすぐ側にあることに気が付いた。
「ね、近いでしょう」
まるで、すぐ側で竜児の動作を見ていたように大河が言う。
「ああ、近いな」

次の日、寝不足になるって分かっていながら、竜児も大河も星が明け方の太陽によって消えてゆくまで、星空の下で眠れないままでいた。




「そんなこともあったわね」
ベールの下で懐かしそうにする大河。
「ああ、ちょうど会えないフラストレーションが溜まってたんだよな」
「おかげで、次の日授業中に眠くて眠くて・・・あの時は仮病使って保健室で寝たんだっけ」
「授業中に寝なかったのかよ?」
「うるさい学校だったの・・・竜児は?」
「俺は授業中に寝た」
「ずるい」
「そういう問題か?」
クスクスと笑いを漏らす大河。
そんな楽しげに笑う大河に竜児はある疑問をぶつける。

「なあ、大河・・・あの時・・・壊したものって何だったんだ?」
「壊した物?・・・ああ、天誅を加えたものね・・・知りたい?」
「いや、無理にとは言わない」
「そうね、知らない方がいいかもね」
意味ありげな表情の大河に竜児はそれ以上の追求をやめた。

どうしてあの時、泣いてしまったのか、大河は今もって分からない。
ぶち切れていい場面だったのにと思う。
何度も掛かって来た竜児からの電話だって無理すれば出られた。
でもそれをしなかったのは、少しくらい心配させちゃえみたいな意地があったのかも知れないと大河は考える。
だから、竜児を本気で怒らせたことが申し訳なくて、泣いてしまったのかもしれない。
もっとも、だんだん考えたら腹が立って来て深夜に竜児に電話を掛けたんだっけ・・・。
今となっては懐かしい記憶だけど、あのおかげで離れ離れの一年が耐えられたんだと大河は思う。

・・・まだかよ?
そうつぶやきながら窓辺に立ち、外の進行状態を気にする竜児も同じ思いだよねと大河は優しげまなざしを向けた。


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