「メリークリスマス!!パンパン」
竜児が携帯電話に出るや否や、テンションの高い大河の声が返って来る。
「いきなり何だ?」
思わず携帯から耳を離した竜児はそう大河に問う。
「鈍いわね。楽しい、楽しいクリスマスに決まってるじゃない」
ちなみにパンパンはクラッカーの音だと大河は付け加えた。
「竜児、クリスマスのおめでとうは?」
「ああ、メリークリスマス」
大河に催促され、竜児はしぶしぶと言った感じで答える。
「何よ・・・その盛り下がったクリスマスは」
「仕方ねえだろ・・・おまえと一緒じゃねえんだから」
ぐじぐじという感じで竜児は現況を嘆く。
世間一般ではクリスマスと言う一大イベントで高揚していると言うのに、共に祝いたい相手は遥か彼方にいる。
竜児じゃなくても気分が落ち込むと言うもの。
「せっかくのイベント、そんな気分じゃ楽しくないよ」
盛り上がって行こうとあくまでもハイテンションを維持する大河。
そんな大河の声を聞いているうち、竜児も少しずつテンションが上って来るから、気分とは伝染する物なのかもしれない。


「ちゃんと用意した?」
「ああ、ばっちりだ」
そう答えた竜児の前にはクリスマスケーキを始めとしてごちそうが並ぶ。
そして電話を掛けている大河の側もまったく同じ構図が展開されていた。
「じゃ、行くわよ、竜児?」
「おう」
電話越しにお互い、グラスに注ぐコポコポと言う水音を聞く。
竜児はふたつあるグラスにシャンパンを等分に注いでいた。
大河も同じ様に目の前にあるグラスと、その向こうに置かれたグラスへシャンパンを注ぐ。
「それでは・・・かんぱ〜い」
大河はグラスを宙へ持ち上げる。
「かんぱい」
竜児も1000キロ離れた場所で大河と同じポーズをする。
竜児も大河も自分が持つグラスを目の前に置いたもうひとつのグラスに軽く触れさせた。
カチンと言う甲高い音がほぼ同時に聞こえ、お互いに相手が今していることを知る。

コク・・・コク・・・。
ゴクン・・・ゴク、ゴク・・・。

のどを通るシャンパンの音が大河にも聞こえ、竜児にも聞こえた。
その瞬間、ふたりは同時に相手の姿を目の前に思い浮かべる。
例え体は離れていても、確かにこの時間、心は相手の部屋にあった。

「・・・ふう・・・げっぷ」
「竜児・・・ムード台無し・・・うぷ」
「大河こそな」
炭酸入り飲料の一気飲みで、げっぷを漏らすふたり。



クリスマスパーティをしよう。
そう言い出したのは大河だった。

「思えば・・・あんたとまともなクリスマス・・・過ごしてないのよね」
「ああ、確かにな」
「鳥どーんのはずが、竜児ってばインフルエンザで倒れるし」
「し、仕方ねえだろ、かかっちまったもんは」
お互いに笑い話にしているが、お互い心の中で別のことを思っていた。

大河がいないって気が付いて、大橋高校主催のクリスマスパーティを抜け出した竜児。
着ぐるみ姿になって大河の部屋を訪れて、そしてそのまま、大河に送り出されて櫛枝実乃梨の元へ駆け出してしまったあの時。
今、思い返せばどんな気持ちで大河は居たのだろうと竜児は悔悟の念が胸を過ぎるのを止められない。

これでいいんだと竜児を見送った大河。
でも、心は安堵とほど遠くて、どれだけ待っても安寧はやって来なかった。
それどころか、湧き上がる感情の奔流に大河は揺さぶられた。
そして、気が付けば竜児の名前を叫びながら駆け出していた。
あの時ほど、掴み取りたい物が掴み取れないもどかしさに身を焼かれたことはなかったと大河は記憶の断片をなぞる。


だから、今年こそは素敵なパーティを・・・と言うわけでごちそうを持ち寄り、それぞれ自分の部屋でケーキなどを突付いているのである。
「今、部屋の中を誰かにのぞかれたら、寂しい風景に見えるだろうな」
竜児が苦笑いしながら言う。
「・・・それは言わない約束」
大河も自覚があるだけに、ふたりでしている行為が寂しい部類に入ることを認めざるを得ない。
一人ぼっちでケーキを食べている光景なんて・・・人に見られたいもんじゃないと大河は思う。
だけど、そんなものでも大河はしたかったのだ。
竜児とてそれが分かっているから、大河の提案を拒んだりしなかった。

「ホントは竜児が作った物・・・食べたかった」
ローストチキンにフォークを突き刺し、大河は言う。
「おう、ここにあるぜ」
竜児の前に並ぶ料理の量は明らかに一人前を越えていた。
いないはずの大河の分も竜児はしっかり作っていたのだ。
「・・・竜児」
食べられないでしょ・・・と文句を付けられると竜児は思ったのだが、大河は違うことを伝えて来た。
「食べさせて」
「お、おう」
「何があるの?」
「何でもあるぞ」
「じゃ、チキンナゲットちょうだい」
「ああ、待ってろ」
竜児はお皿からチキンナゲットをスティックで突き刺し、そっと目の前の空中にかざす。
「ほら、ナゲット」
口を開けろと言う竜児の声に大河は「あ〜ん」と言いながら小さく口を開けた。
「味はどうだ?」
「ん・・・ちょっと塩味が足んない」
大河が口にしたのはローストチキンだったが、大河の舌には竜児が作ったナゲットの味が広がっていた。




「そうだ、荷物着いたか?」
「うん、昨日」
「サイズとか、大丈夫だったか?」
「ぴったり」
「なら、良かった」

昨日、学校から帰宅した大河は竜児から宅配便が来ていると知らされ、うがいもしないで部屋に駆け込んでいた。
調味料の空き箱を利用した入れ物が大河には宝箱に見えた。
竜児らしく几帳面に梱包された箱を空けると中から出て来たのは手編みのセーターだった。
大河はそれを取り出すと、衝動的に胸元で抱き締めていた。
まるでセーターが竜児であるかのように頬を寄せ、大河は目を閉じる。
・・・竜児。
ベッドの縁に背中を預け、大河はセーターをぎゅと抱いて、しばらくそのままの姿勢で動かなかった。

「普通、逆でしょ」
大河としてはそう言うしかない。
「そうか、俺は気にしないぞ」
「私は気にするの」
彼氏に手編みのセーターを贈られる彼女ってどうよと大河はもう笑うしかないのだが、素直に感謝の気持ちは竜児へ伝える。
「ありがと、竜児・・・大事に着るね」
そう言った大河は今もそのセーターを着ているのだ、わざわざ部屋の暖房温度を下げて・・・。

「大河からのプレゼントももらったぜ」
「あいにく、手編みじゃないけどね」
「暖かそうな手袋じゃないか・・・大河が選んだんだろ、これ?」
「そうよ・・・時間が無くて適当に選んじゃったけど」
「これなら、手が凍えないで済むな・・・ありがとな、大河」
「・・・うん」

良かった・・・気に入ってもらえてと大河は胸を撫で下ろす。
竜児には適当に選んだと言ったものの、本当はお店を何軒も回って決めた物だった。
プレゼント用と聞いてラッピングしますかと言うお店の勧めを断って大河はそのまま手袋を持ち帰った。
自分の手の平よりふたまわり大きいサイズの手袋。
大河はそれを手にはめて、両手で自分の頬にそっと触れた。
そうするとまるで竜児の手が伸びて来ている様な錯覚に大河は襲われる。
そのまま大河は両手を頬から下げると胸元で交差させた。
ふっと小さな息を漏らした大河。
やがて大河は自分の腕に力を入れ、自分で自分を思いっきり抱き締めた。

そんな大河はひとつだけ竜児に内緒にしていることがある。
竜児へ贈ったクリスマスプレゼントの手袋がペアルックだと言うことを・・・。




「まだ、大事に持ってるよ、竜児のセーター」
「いい加減、ぼろぼろじゃねえのかよ」
「ちょっとほつれてるけどね」
「そう言えば俺もあるな・・・大河からもらった手袋」
「・・・少しは練習したから・・・今度手編みにチャレンジしてみる」
「大河がくれる物なら何でも嬉しいぜ」
「竜児、さっきから口数が多い・・・」
「そういう大河こそ」
「・・・き、緊張してるのよ」
「いよいよ・・・だもんな」
ドレス姿の大河は少しだけ固い表情で竜児を見る。
「・・・竜児」

式場の係員がスタンバイOKと伝えて来る。

「大河・・・深呼吸」
そんな大河に竜児は落ち着けとアドバイスする。
「うん・・・すう〜すう〜すう〜・・・うぎゅ」
「息、吸い過ぎだ、ドジ」
吸い込み過ぎた息をゲホゲホと言いながら大河は吐き出す。
「あ〜もう」
この大事な席で何やってんだろと大河は自分の頭をポカリと小突く。
「でも、リラックス出来たじゃねえか」
「あれ?ホントだ」
さっきからバクバク言い出していた心臓の鼓動が落ち着いて居る事に大河は気が付いた。

・・・高須様、どうぞ。

タイミングよく、ゴーサインが出る。
ガチャと音を立てて木製の扉が大きく開け放たれる。
一歩、踏み出した大河と竜児にきらめく陽光が降り注ぐ。
建物の階でまぶしさに大河と竜児は立ち止まる。
スピーカーを通して聞こえて来る司会進行の川嶋亜美の声。

・・・新郎、新婦の入場です。みなさま、拍手でお迎え下さい。

パチパチと手を叩く音が前方から竜児と大河へ届く。

「行こう」
「うん」
竜児の声に大河は小さくうなづくと手を竜児へ伸ばした。
竜児はそんな大河の手を取ると短い階段をゆっくりと降り始める。
そこは屋外にあるガーデン形式の会場・・・竜児と大河の進む真正面に見える式台。
その式台へ向って階段下から敷き詰められたレッドカーペットが大河と竜児の歩みを待っている。
カーペットの両脇に並べられた椅子に座っていた人々が一斉に立ち上がり、ふたりがやって来るのを待つ気配。

階段を下まで降り切った大河と竜児はそこで一度立ち止まり、ふたり揃って前方で待つ人々に深々と腰を折った。

・・・今日を迎えられたのは・・・ここに居るみんなのおかげだ、そうだろ、大河?
・・・そうね・・・みんなで幸せにって誓ったよね・・・みんな居るよ・・・ねえ、竜児。

大河は押し寄せる高揚の精神波に世界中でいちばん幸せな気分を味わっていた。


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