絶対絶命。
それはこんな時の事を言うんだろうなと、大河は今の状況を見つめる。
大きな階段教室の中ほどに座り、大河はシャープペンシルを握る右手に力を込めた。
・・・あと5分です。
広い教室に響いた死刑宣告とも言える声に大河は耳を塞ぎたくなる。
もうダメと大河は観念した。
・・・竜児、ごめんね。
大河の手から力が抜け、持っていたシャープペンシルが解答用紙の上を転がった。
・・・私、がんばったけど・・・無理みたい。

解答欄はほとんど埋まっていた・・・。
でも、正答率はいいところ6割だと、大河は自己採点してみせる。
合格ラインの7割には届きそうにも無かった。
そして最後に残った英語の長文問題・・・。
全体の文意を掴まないと出来ない解答。
これに答えられないと、全ては破綻する。
残された時間は僅かでとても足りそうも無かった。
・・・もう無理。
試験会場で絶望感にさいなまれ、大河は泣きだしたくなった。
夏から頑張って来たのにと大河は血が出るくらい強く下唇を噛んだ。

・・・あきらめんなよ!
え?竜児?
脳裏に聞こえた竜児の声に大河は我を取り戻す。
でも、竜児・・・もう時間が。

・・・しようがねえな、手伝ってやるよ。
嘘?
・・・嘘じゃねえ。
・・・ほら、問題文、読めよ。

まるですぐ側に竜児が居て、大河の耳元でささやく様に聞こえる声。
竜児の優しげな声が大河を包み、大河は少し落ち着きを取り戻した。

気持ちが落ち着くと大河本来の負けん気が芽を出す。

あれだけ、がんばったのに・・・ちょっとだけ手が届かないなんて・・・そんなことくらいで負けたくない!
私は・・・王子様が迎えに来るのを待ってるだけのシンデレラなんかになりたくない!!
ガラスの靴なんかじゃ竜児の側に並び立てない。
自分の足で歩かなきゃ・・・ダメ。

竜児!
・・・何だよ?時間ねえぞ。
大丈夫。
・・・何が?
私、ひとりでやるから。
・・・いいのか?
うん、決めたんだ、自分の力で勝ち取るって。
・・・そっか・・・がんばれ。

竜児、見てて、大河様の追い込み。
鋭い視線で大河は試験問題をにらむ。
それからかつて無いほどの集中力をぶつけて、大河は短時間で長文を読解していった。




問1.私がその人に出会ったのは何時ですか?また、場所は何処でしたか?
・・・高2の・・・春。場所は学校。

大河は解答文を書き付ける。

問2.私が夢を追い掛ける様になった理由は何ですか?
・・・ある人のそばにずっと居たいから・・・その手段として・・・。

問3.私が遠くの地へ行かなければいけなかった理由は何ですか?
・・・家族の・・・絆を取り戻すため。

答えを書きながら、問題文の私が・・・まるで大河自身のことを言っている様な気がして大河は不思議な気分になる。

問7.私にとってそのある人はどんな存在でしたか?
・・・大事な、そして誰にも代えられない大切な人・・・。

大河の脳裏に浮かぶ竜児の顔・・・。
問題文は親友について問うているのだが、大河にとってそんなことは関係なかった。

終了のチャイムが鳴り始める。
そしてそのチャイムが鳴り終えるのと同時に、大河は解答欄へ最後の答えを書き終えた。

やり遂げた・・・そんな表情を浮かべながら、大河は回収されていく解答用紙を見送る。
結果はまだだけど、私、がんばったよね、竜児?

・・・ああ、良くやったよ、大河は。

再び聞こえた竜児の声に大河はひとり、微笑みをもらした。



壁際に歩み寄り、冬模様の街並みが描かれた風景画のカレンダーを大河は根元から破り取る。
冬景色に変って満開の桜並木が続く川べりが大河の視界に広がった。
春・・・3月。
上旬のとある日付を大河はサインペンを取り出すと丸で囲んだ。

大河の部屋で破り捨てられた冬の街並みが床に横たわる。
それには丸がふたつの日付に付けられていた。
1月の丸は竜児の入試センター試験、2月の丸は大河の入学試験の日だった。

・・・もうすぐだね、竜児。
大河はつぶやく。
大河が丸をつけたのは大橋高校の卒業式の日付だった。





「卒業、おめでとう・・・だな、大河」
「うん、ありがと。1年しか通ってないから、あんまり実感ないけどね。竜児のところは明日でしょ?」
「おう・・・早えよな。あっという間に卒業式だ」
「そうだね、あ、それから合格、おめでとう・・・だね。竜児?」
「ああ、その通りだ」
心なしか弾む竜児の声。
今日の昼間に竜児は合格発表の掲示板を見て来たばかりなのだ。

「・・・良かった。竜児・・・本当におめでとう」
2次試験の出来映えはまあまあだなと竜児が言っていたので、大丈夫だろうとは思っていたものの、本人の口からそれを聞き大河は心底、安堵する。
「なんか、まだ実感、湧かねえけどよ・・・大河にそう言ってもらえると本当に受かったんだなって気がする」
「竜児、がんばったもん」
「おまえのおかげだ」
「私は・・・何にもしてない」
「いや、いっぱいしてくれたさ・・・おまえが居てくれたからがんばれたんだ」
大真面目な竜児の口調に大河もしっかり正面から受け止める。
「・・・ん、なんか嬉しいよ、竜児」
実際、大河とのことがなければ大学進学なんていう選択肢は竜児の中に無かったのだから、合格者の皆様へと書かれた案内書を見つめ、竜児の思いもひとしおだった。


「・・・竜児?」
「おお、わりい」
思わず、あれこれ思い返し、大河との会話が疎かになっていた竜児。
「で、何だっけ?」
「だから、合格のお祝い・・・何がいい?って聞いてるの」
「そうだな、こうして大河と話が出来て、おまえが元気でいてくれるのが何よりだぞ」
「それじゃ、お祝いにならないって」
「そうは言ってもよお」
具体的なものが思い浮かばない竜児。
そんな竜児に欲が無いなと大河は言い、こう付け加えた。
「こう言う時は高望みしていいのよ」
「高望みって、何だよ?」
「だから・・・おまえがいいとか・・・ほら、いろいろあるでしょ」
大河の台詞に、電話口で盛大に竜児は噴出した。
「何よ、失礼ね」
人が真面目に言ってるのにと大河は非難の声を上げる。
「わりい・・・大河が急にそんなこと言うから」
笑ってしまったことを謝罪する竜児。
「ちょっとだけ傷ついた」
すねるように言う大河。
「わかった、わかった・・・大河がいい、大河じゃなきゃ俺も嫌だ」
これで良いかと竜児は少し鼻息も荒く、言い切った。
「ん、そうこなくちゃ」
調子を取り戻し明るい声で大河はそう答え、中身は私にお任せでいいでしょうと竜児を承知させた。

「言っておくが、高い物とかいらないぞ」
「任せてって言ったでしょ・・・竜児、明日を楽しみにね」
「何か送ったのかよ?」
「そんなとこ」

電話を切った後で大河は高鳴る胸の鼓動を鎮める様に大きく息をした。
・・・いよいよ、明日。
・・・今晩、眠れるかな。
大きな期待と小さな不安を抱え、大河は目を閉じる。



変ってないね、ここ。
教室の扉を開け、中に足を一歩、踏み入れた大河はそんな想いを抱く。
ぐるっと教室の中を見回し、まっすぐ向ったのは元、自分が座っていた席の場所だった。
椅子を引き出し、そっと腰を下ろす。
目線の位置に広がる見覚えある教室の風景。

・・・あれ、大河、こんなとこに居たんだ。どこ行っちゃったのかと思ったよ。
ざわざわと喧騒が大河の周囲に広がる・・・いつもの休み時間がそこにあった。
大河と笑いながら話し掛けて来る親友の姿。
その向こうに北村くんが居て・・・その隣で一緒に話しているのは・・・竜児だった。
大河の視線に気が付いたのか・・・何だよ?みたいな顔して近付いて来る。

脳内再生されている空想現実だって分かっていても、大河の胸はときめく。
ほぼ、一年ぶりで会う、最愛の相手なのだから・・・。
何て、言ってくれるんだろうと大河の期待は否が上でも高まる。

・・・大河。

何?竜児。
自分としては飛びっきりの笑顔で対応。

・・・今日の献立だろ?買い物は狩野屋でいいよな。

一瞬の間の後・・・。
おかしさが込み上げて来て、大河はぷくくと机に突っ伏し、笑いの発作を堪える。
まったく、私はあの頃の竜児に何を期待してたんだろうと・・・。

笑いが治まるのを待って、大河はおもむろに立ち上がり窓辺に近付く。
半開きの窓から流れ込む暖かな風が大河の頬をなでる。
竜児には今日、来ることを伝えてはいない。
昨日の電話でそれっぽいことは言ったけど、伝わっているとは思えない。
だから、いきなり会ってびっくりさせたかったし、もしかしたら私に気が付いてくれるかも知れないって言う期待もあった。
今、こんなに近くに居るんだよって・・・竜児なら分かってくれるんじゃない、大河はそう思っているのだ。
・・・以心伝心。
そんな都合のいい事、ありっこないって思うけど、一度くらい作られた様な出来事が起こってもいいじゃない。
一年、耐えたんだから、ご褒美があっても罰は当らないでしょ。
そう思いながら、大河は校庭を見下ろす。

卒業式を終えた3年生があちこちでグループを作り、散らばっているのが見える。
・・・竜児、居るかな?
大河は目線で竜児を探す様な事はせず、己の姿を窓ガラスいっぱいに見せると、すぐ隠れるように窓際の壁に背中を預けた。
大河の長い髪が春風にゆらゆらと揺れ、大河の存在を宣言する。



やがて、近付いて来る慌しい足音に大河の頬に浮かぶ小さな勝利のサイン。

座っていた机の上から床へ大河は降り立つ。
どうやって、竜児を迎えようかと思案する大河。
かくれんぼ・・・そんなことしようなんてその時まで大河は思っていなかった。
なのに、竜児の足音を聞いたらふとした悪戯心が湧き上がって来て、大河をして掃除用具入れに身を潜ませることになった。
竜児と直接的に知り合いになるきっかけを作ったラブレター入れ間違い事件。
あの時も、急に近付いてきた足音に慌てて隠れようとして、ここへ潜り込んだんだっけと大河はあの時を思い起す。

ガチャとあっけなく金属製の扉は開かれる。

感動の再会が・・・掃除用具入れの中って・・・何なの?
誰も居ない教室に慌てる竜児に、飛び出して行き・・・驚く竜児に抱きついて・・・思いっきり、会いたかった・・・大好きだよって・・・言おう・・・。
大河の想い描いたシナリオは一瞬で崩れ落ちた。

「何よ・・・驚かそうと思ったのに」
どうしてすぐに見つけるのよ、この男は・・・。
あ〜あと思いながら大河は掃除用具入れから外へ出る。
それでも、久しぶりに見る竜児の顔はまぶしくて、大河は直視できなかった。
扉が開いて光と共に大河の目に飛び込んで来た竜児は・・・相変わらずの目付きの悪さで、極悪人顔で、イケ面なんて要素には程遠いけど、大河にとっていちばん安らぐ顔に違いなかった。
「ちょっと、でかくなったんじゃねえの?」
ひ・・・久しぶりに会った台詞がそれ?
こいつは〜・・・と文末に怒りの絵文字を付け加えつつ・・・それが竜児なんだよねと大河は思うもののちょっとばかり面白くない。
勢い、無愛想な返事を返す。
「一ミリたりとも伸び縮みしちゃいないわよ」
・・・悪かったわよねと大河は付け足した。
実際、身長が伸びていないのは事実なのだから仕方が無いが、不愉快さは隠せない。

「あのさ・・・」
急に竜児が大河に呼びかける。
・・・何よ?・・・「んっ」と不機嫌さを載せたままの表情で大河は顔を上げる。
その目の前にあったのはかつて見たことも無いくらい優しげな竜児の顔。
大河の表情から不機嫌さが零れ落ち、次にどんな顔を見せたらいいのかと大河が思案する間も与えず、竜児は言葉を放つ。


「・・・好きだ」




そのインパクトは絶大で、何の構えもしていなかった大河の心を直撃する。
不意を突かれた大河はもう混乱状態。
嬉しい台詞を言われた高揚感と恥ずかしさ、そして先に言われた悔しさみたいな物が一気にミックスされ、大河は沸騰した。

自分でも分かるくらい顔が紅潮している。
体が熱くて、ドキドキが止まらない・・・。
足元が溶けてしまいそう。

思わず、うつむいてしまったものの、そのままモジモジとするような大河ではなかった。
可愛らしさを演出するなら、このまま「嬉しいとか」、「私も」とか言えば良いのだろけど・・・。
でも、と大河は思う。
告白するならもう少しムードも考えろって言いたい・・・と。

照れ隠しもあってか、体が勝手に動いていた。


・・・なんで、こうなっちゃうんだろう。
ついさっきやってしまった事実に対し、やや自己嫌悪が混じった心境で大河は竜児に慌てて謝った。

「ごめん、竜児」
舌、噛んだだろとあごの辺りを押さえる竜児。
「痛かった?・・・ごめんね」
頭突きの衝撃で教室の床に座り込んでしまった竜児に併せて大河も床にひざを付く。
「大したことねえよ・・・そんな顔すんなよ」
久しぶりの再会がとんだ状況になり、大河はシュンとしてしまった。
うつむき加減にリノリウムの床にひざを付いた姿勢のそんな大河の頭に手を伸ばし、竜児は軽く引き寄せる。
「・・・あ」
小さな声を漏らした大河はそのまま、体ごと竜児の胸に飛び込んで行く形になった。
「夢・・・みてえだ」
大河という温もりを感じ、竜児はつぶやく。
「・・・夢じゃ、ないよ」
同じ様に大河もつぶやく。
竜児の手が背中に回された感触に大河は瞳を閉じた。
「・・・竜児・・・好き、だよ・・・ずっと、ずっと、好き」
竜児の胸板に顔を埋めるようにして大河は言葉を紡いで行く。
離れ離れだった苦しさ、そして今、会えた嬉しさ、そして竜児が変らず待っていてくれたこと。
全てを吐き出すように大河は訴える。
大河の心情にあわせて動く竜児の腕。
悲しい所は大河を強く抱き締め、ほのぼのした所は優しく大河の髪を撫でる。

やがて、大河の言葉が途切れ、そして、竜児は大河を呼ぶ。
「・・・大河」
「何?」
「顔、よく見せてくれよ」
そう言われて大河は竜児の腕の中でうつむいていた顔を上げる。
泣き笑いの表情を浮かべて大河は竜児をじっと見つめた。
そこには大河を優しく見つめる竜児の顔がある。
もう、台詞はいらなかった。
心持ち、顔を大河へ近づける竜児。

その竜児に大河はひと言。
「今日は目、血走ってないね」
「・・・おう」
急停止する竜児。
あのな、という顔をする竜児に大河は悪戯っぽい笑みを見せ、こんなことを言う
「何回目かな?」
そう言うと不敵に大河は笑い、いいよとばかりに目を閉じた。



「あ〜、そろそろいいかね?大河も高須くんも」
ふたりが立ち上がったタイミングを計ったかの様に外の廊下から声がした。
その声に真っ先に反応したのは大河だった。
「みのり〜ん」
「櫛枝か?どうしたんだよ」
「いやさ、大河が来てるって言う情報があってね。多分ここじゃないかなって思って来たんだけど・・・お取り込み中みたいだったし」
姿を見せずに櫛枝は言う。
「みのりん!」
「櫛枝!」
うろたえたような声を上げる大河と竜児。
「まずいなら言ってくれたまえよ。服を着る時間くらい待つ余裕はあるからさ」
「櫛枝〜」
「みのり〜ん」
抗議するようなふたりの声が重なる。
櫛枝自身も本気で言っている訳ではなく、その証拠にすぐ笑いながら姿を見せた。

「大河!」
「みのりーん」

お久しぶりと竜児をそっち除けにしてじゃれ合う大河と櫛枝実乃梨。
「あれ?大河、少し太った?なんかこう肉付きが」
セーラー服の裾から手を差し入れ、大河の脇腹をつんつんする櫛枝。
「う、嘘よ、そんなこと無い」
「みのりんセンサーは誤魔化せん!正直に言え!!」
「・・・1キロ、増えたかも」
櫛枝実乃梨に迫られて、思わずそんなことを暴露する大河。
「・・・良かった・・・福岡のご飯、おいしかったんだね」
さっきまでの冗談振りは陰を潜め、極めて真面目な面持ちで櫛枝実乃梨は大河を見つめる。
「うん・・・いろいろ心配させて、ごめんね」
挨拶も交わせず、いきなりいなくなってしまったことを大河は詫びた。
「全然、気にしてないよ。ほらこうやって大河と前みたいに変らないし・・・」
友情は不滅だ〜と大河と櫛枝実乃梨はふたりで盛り上がる。


「なに、やってのよ?みんな待ちくたびれてるでしょ?」
その盛り上がりに水を差す呆れたような声が聞こえ、友情劇は中断を余儀なくされた。
「いつまで待たせるつもり?」
やや苛立つ声を上げたのは川嶋亜美だった。
つかつかと教室へ入って来て、大河を見下ろす。
「あ〜ら、逢坂さん、元気そうじゃない。相変わらず小さいままね」
「ばかち〜こそ、ばかちわわぶりがすっかり板について・・・」
一瞬、にらみ合うものの、すぐ川嶋亜美は表情を和らげる。
「お帰り、タイガー」
「ただいま・・・なんて言ってやらない・・・けど、気持ちはもらってあげるわ」
「口が減らないトコは変わってないわね」
「それはお互い様」
そのまま相手をじっと見つめ、やがてプククと大河と亜美は口元を押さえ、同時に笑い出す。




笑いが治まったタイミングで竜児は口を挟んだ。
「なあ、川嶋、さっき言ってたみんなって?」
すっかり蚊帳の外へ追いやられていた竜児が、川嶋亜美の台詞を問い質す。
「あ、いけない、忘れてた」
大事なことを思い出したみたいに川嶋亜美は廊下へ出ると手を振った。
「祐作〜、もういいわよ」
幼馴染の名前を呼ぶ川嶋亜美。
何だ?という様子を見せる大河と竜児に櫛枝実乃梨が説明する。
「大河が来てるって言う噂が駆け巡ってさ・・・高須くん、すごい勢いで走って行ったでしょ」
「ああ」
「そしたら、あっと言う間に元C組のメンバーが集まって来ちゃって・・・ここを目指したんだけどね」
「・・・恐るべし、C組」
大河がぼそっと言う。
「そしたら教室の手前の階段で北村くんが言うの」
「何て?」
「んとね・・・待て!全員、止まれ!!高須と逢坂は1年ぶりの再会だ・・・教室で何をしているかわからん」
北村の口調を真似て櫛枝が楽しそうに言う。
「それで、私が先に偵察に来たんだけどね。あんまり帰りが遅いからあーみんまで見に来ちゃったけど」
てへへと櫛枝は笑う。
「北村〜」
「北村くん〜」
大河も竜児もふたりだけの再会シーンを邪魔しないでおこうと言う北村の配慮が痛いほどわかった。

やがて多勢の足音が教室へ乱入して来る。

「逢坂〜」
「たいが〜」
「逢坂さ〜ん」
「手乗り・・・もとい逢坂さん」
「大河ちゃん」

逢坂大河を表す固有名詞が乱れ飛ぶ。
2年C組の教室は元C組の生徒で占拠されていた。
教室の後ろの方で大河を中心に輪を描き、誰もが大河の帰還を喜こび、大河もそのひとつひとつに応える。

「高須」
窓辺に背を預け、大河を取り巻く、好意の円弧を眺めていた竜児に北村は声を掛ける。
「おう・・・ありがとな」
「何のことだか・・・でもまあ、逢坂、戻って来て良かったな」
「ああ、・・・まだ、夢みてえだけどな」
実際、竜児はまだ夢見心地な気分だったのだ。
自分の視界に大河が居て、動いて、声がする。
かつては当たり前だった光景が蘇っているのに、少しだけ竜児はしっくり来ない物を感じていた。



ふと、竜児が目線を前に向ければ、大河を取り巻く輪は崩れ、もう各人がバラバラに話しかけていた。
「ああ、ダメだな、収集がつかん」
北村はそう言うと事態を収めるべく、一歩前に出ようとした。

まさにそのタイミングで教室前方のドアが開き、よく通る声が教室に響く。
「はあい、みんな席に付いて、ホームルームを始めるわ」
独身、こと恋ヶ窪ゆりの姿がそこにあった。
「おーい、みんな席に付け、先生だぞ」
北村の声にみんながあれこれ言い出す。
「席ってどこだよ?」
「あ、ゆりちゃん先生」
「最後に座ってた席の場所だ、1年前だろ、忘れたとか言わせんぞ」
かつての委員長らしさを垣間見せ、北村はクラスを仕切り倒す。
ここだっけ?とか言いながらそれぞれ見当を付けたかつての席へ座って行く。
ねえ、俺の席どこだっけ?とか大声を出して右往左往していた春田も能登に言われて安住の地を見つける。
あ〜そうだったよ、ここだよここ、と大声を出す春田にクラス中は、1年経っても春田はやっぱり春田だと心の中で突っ込みを入れていた。



軽やかなメロディがフェードインする。
祝福を与えるような女性ボーカルの声が辺りに響き、大河と竜児は顔を見合わせ、お互いの腕を組んだ。
一歩、そしてまた一歩とみんなが居る方へ向って歩く。
拍手で迎える人々の顔が、近付くにつれひとりひとり鮮明になる。
やがて大河と竜児は人垣の中へ歩みを進める。
両サイドから掛けられるお祝いの言葉にふたりは歩みを遅くして、笑顔で答えた。

かみ締めるように大河と竜児は正面にあつらえられた式台へたどり着く。
先に上る竜児。
その竜児は式台の上から大河へ手を伸ばす。
大河は伸ばされた竜児の手を掴み、共に台上の人になる。

参列者の顔を一同に眺め、大河はようやくこの日を迎えることが出来たんだと心の底から喜びが湧き上がって来るのを感じた。

軽快なメロディが止まると、司会者席の川嶋亜美がおごそかな口調で宣言する。

「みなさま、ご着席下さい・・・これより、誓いの儀式を執り行います」



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