北村が発した起立の声で始まった2年C組最後のホームルーム。
くすぐったい思いを抱えながら、それぞれは椅子から立ち上がる。
教壇の上からそんな教室を見渡し、恋ヶ窪ゆりは少しだけ胸が熱くなるのを覚えた。
この学校へ赴任して初めて持ったクラス担任。
今はもうバラバラになっている生徒達がC組だったというだけで、集まって来ている。
この先、何年教師を続けるか分からないけど、教師生活の中で忘れられないクラスになったことは間違いなかった。
ゆりの視線がひとりの女子生徒を捉える。
小柄で髪長いその女子生徒・・・逢坂大河はゆりの視線に気が付くと目元を和らげ、ゆりを見つめ返した。
・・・いい表情、するようになったわね、逢坂さん。
すると、まるでその声が聞こえたかのように大河はさも当然でしょうと言うように笑みを漏らした。

「卒業、おめでとう」
着席の合図を待ってから、ゆりは陳腐だが心のこもった祝辞を全員に届けた。
「もう、みんなの担任じゃないけど、こうやって先生のためにみんなが集まってくれるなんて」
うるうるは大げさだが、教師冥利に尽きると自己陶酔気味のゆりのやや長くなり掛けた話を容赦なく中断させたのは春田のひと言。
「センセ、そこ違うって、みんなタイガーが目当てで・・・」
それを言ったらお終いだろという空気が教室全体に行き渡る。
今日は少しくらいゆりの長話を聴いてもいいとクラスの大半が思っていただけに、春田のひと言が水を差した格好となった。
やっぱり、KYな春田だとクラス中が認識を再確認したところで、空気を解き解すべく北村が声を掛ける。
「でも、先生、良くここに集まってるって分かりましたね」
「当たり前でしょ、誰が逢坂さんへ校内立ち入りの許可を出したと思ってるのよ」
「じゃ、ゆりちゃん・・・知ってたんだ、大河が来てるのを」
「ええ、昨日からね」
「ずる〜い!」
いっせいに上るブーイングにゆりはたじろぐ。
仰け反りながらもゆりはブーイングを心地良く聞くことが出来た。
それは、クラスで浮き気味だった逢坂大河がしっかりとクラスに受け入れられていた証だったからだ。
・・・良かったわね、逢坂さん。

ゆりはそんな渦中の大河を教壇の前で、挨拶して貰いましょうと指名する。
わずかに面倒くさそうな表情を見せたものの、大河は素直にゆりの声に従った。
うつむき加減に机の間を歩き、教壇に登る大河。
大河は教室をぐるりと見回し、その視線を竜児に止める。
・・・言いたいこと、あるなら、遠慮すんなよ。
竜児の顔からそんなことを読み取ると、大河はおもむろにチョークを手にすると黒板に正対した。



10秒後、黒板に書かれた4つの漢字の脇に立つ大河の姿が見られた。
教室中の視線が4つの漢字に集まる。
そこにはセーラー服姿の少女のアイディンティティを表す名前が書かれていた。
大河・・・と。
そして、その上に並ぶ漢字は誰もが見知らぬ物だった。

「これが・・・今の私の本当の名前」
小さめだがしっかりとした大河の声が教室に広がる。
「いろいろ、知ってると思うけど・・・母親に引き取られて・・・変わったんだ、名字」
だから、今の私は逢坂じゃないと大河は言う。
でも、ここへ来て、みんなから逢坂って呼ばれたら・・・急にあの頃に戻ったみたいな気がして・・・。
つらいかったことも、楽しかったことも一度にどっと押し寄せてきて・・・あれ、私・・・うまく言えない。
湿り気のある感情を浮かべながら、大河は表情を崩す。
みんなにいっぱい迷惑、掛けた・・・ごめんなさい・・・そして、ありがとう。
それだけ言うと大河は頭を下げた。

一瞬、教室はしんと静まり返る。
やがて、その静寂を破るような音が響き始め、それが教室全体に広がった。
竜児が叩いた小さな拍手・・・すぐに北村が唱和し、櫛枝、川嶋・・・と手拍子が続き、大きな波になる。
拍手はしばらく鳴り止まなかった。

若干、照れくさそうな大河を教壇に残し、拍手はフェードアウトしていく。
「ありがとう・・・みんな」
紅潮する頬を隠さずに大河は感謝の気持ちをクラス中に解き放つ。
教室中の誰もが胸に温かな気持ちを感じ、高揚した気分に浸り切っている中、「なあ〜」と、またも間延びした春田の声が教室に響く。
クラスの誰もがこの余韻をぶち壊してくれるなよと身構えるのも気づかない様子で春田は言い放つ。

・・・なあ、大河の卒業式、やんね?


即席の逢坂大河卒業式実行委員会が組織され、動き出す。
・・・体育館の片付け、待ってもらえ。
・・・胸のリボン、余りがあったはず。
・・・送辞は誰が読む?
矢継ぎ早に指示を出すのは北村だった。
春田のひと声に、クラスはどよめき、一気に突っ走り始めたのだ。
これには当事者の大河も目を白黒させるだけだった。



「竜児」
みんなの邪魔にならないようにと教室の窓辺に避難した大河と竜児。
「何だよ」
「何か、すごいことになっちゃったけど・・・」
「いいじゃねえか、あいつらの気持ち、受けてやれよ」
「うん・・・竜児・・・あのね」
窓ガラスへ背中をもたれ、バタバタと動き回るクラスメートを目を細めて見つめる大河。
「おう」
「こんな素敵な結末が待ってるなんて、全然、想像できなかった」
ずっと居場所なんてないなんて思ってたけど、陽だまりにちゃんと座る椅子が残ってたよと嬉しそうに大河は笑い、心持ち隣に並んで立つ竜児に体重を預けた。
それは竜児も同感だった。
不器用で手負いの猫みたいだった出会った頃の大河。
自分もそうだったが、全然、クラスに馴染んでいなかったよな。
北村となにやら話し込む川嶋亜美を視界に入れながら、竜児は思う。
櫛枝もそうだが、川嶋の存在も大きかったよな・・・その点じゃいろいろ感謝はしてるぜ。

・・・竜児と・・・己を見上げる大河の瞳に何でもねえよと竜児は軽く片手を大河の肩に置く。
教室の喧騒を忘れてしまったかのように大河と竜児は言葉も交わさず、クラスメートの騒ぎを眺めていた。


「コホン」
わざとらしい咳払いをしたのは川嶋だった。
「準備、出来たんだけど、高須くん・・・タイガーも」
「ああ、悪いな、何も手伝わないで」
「いいのよ、高須くんにはそんなひまないでしょうから」
意味深に顔をにやけさせる川嶋亜美。
「ほら、大河もぼーっとしてないで」
そう言ったのは櫛枝である。
「みのりん?私、ぼうっとなんてしてないよ」
そう答えた大河だが白昼夢でも見ていたかのように夢見心地な反応。

「・・・ですって、あーみん先生」
これまた、ニヤニヤと笑う櫛枝実乃梨。
「いい加減、目を覚まさせてあげたら、実乃梨ちゃん」
「仕方ないか・・・ね、それは何?」
櫛枝が指差したのは大河と竜児が並んで立っていた真ん中の腰の辺りだった。



「わ!」
「お、おう!!」
大河と竜児の感嘆符が同時に出る。
竜児の右手と大河の左手はしっかり、握り合っていたのだ。
ぱっと手を離したものの、ばっちり見られてしまっていた。
「いいわね、仲良くて・・・ごちそうさま」
揶揄したような川嶋の声。
「ごっつあんです」
ふざけたような櫛枝の声。
そのまま竜児と大河の前でふたりは笑い出す。

「何気なしに大河、見てたら、なんか手を結び合っちゃって・・・時々、握り返したりしてたし」
「すっかりふたりだけの世界・・・見てるこっちが恥ずかしいわ」

無意識のうちに竜児と大河は手を繋いでいたのだ。
思わず櫛枝たちの前で赤くなる竜児と大河。

気が付けば、あれだけいたクラスメートは誰も居なくなって、教室は静かになっていた。
「あれ?みんなは?」
「もう、体育館へ行ったわ・・・あんた達がそんなだから、みんなそっと出てったわよ」
と、暗にクラス中に見られてたことを示唆する川嶋。
その台詞に大河と竜児の顔の赤みは3割り増しになった。


「さ、行こ」
大河の手を取る櫛枝。
「高須くんも・・・しゃんとしてよ!」
腑抜けた顔してないでと川嶋に活を入れられる竜児。
「お、おう」
そのまま、大河を真ん中に前を行く櫛枝と川嶋の後を追い駆けた。
廊下を並んで歩く、三人を眺めているうち、さっき竜児が感じた違和感の正体がはっきり浮かび上がる。
・・・そう言うことかよ。

「こっちは準備OKだ」
その時タイミングよく、廊下を向こうから歩いて来る北村の姿。

「わりい、始めるの少し待ってくれ」
竜児は急にそんなことを言い出す。
「北村、頼みがある」
そう言うや否や北村の手を引っ張り、廊下を駆け出す。
「ちょ、ちょっと高須くん!」
「竜児!」
「先、体育館へ行っててくれ!」
慌てる大河や櫛枝に竜児はそういい残し、事情が飲み込めない北村を引っ張り、たちまち遠ざかった。





準主役と実行委員長を欠いたまま始めるわけにも行かず、体育館でやきもきしながら、ふたりが来るのを待ち続ける。
それでも待ったのは数十分だったろうか。

「わりい、待たせた」
体育館へ駆け込んで来る竜児と北村の姿に非難の声が上る。
その声にいちいち頭を下げながら竜児は大河へ近付く。
「竜児!いったい何処へ行ってたの?」
置き去りにされた不満も込めた大河の声に竜児は胸元に抱えて来たビニールに包まれた何かを大河の前へ差し出した。
「これ・・・取りに行ってたんだ」
差し出されたものを受け取った大河は驚きで目が丸くなった。
「こ・・・れ・・・」
「ああ、お前のだ・・・ちゃんと畳んで行っただろ・・・帰って来る日のために」
それは、大河の大橋高校の制服だった。
母親の下に帰ると決心したあの日、あの晩・・・高級マンションの寝室で大河がキレイに畳んで置いて行ったもの。
そして部屋を引き払う手続きの途中で竜児の手に残された、大河の思い出。

竜児が感じた違和感・・・それは大河の制服だった。
卒業するなら、ここの制服がいいだろ・・・みんなと同じ制服が・・・。

そして、今日、北村がこっそりバイクで来ていること竜児は知っており、自宅までの送迎を頼んだのだった。


しゅるりとセーラー服がリノリウムの床に落ちる。
下着姿のまま大河は机の上に置かれた懐かしい服へ歩み寄り、そっとそれを手にした。
・・・もう、着ることは無いって思ってたのに。
大河は制服を胸元に持って来ると、両手で固く抱き締めた。
大事な思い出・・・捨てないでいてくれてありがとう、大河は口の中でつぶやく。
そしておもむろに服に袖を通し始めた。
ブラウスのボタンを留めながら、大河はこの一年間にあったいろいろを倍速再生するみたいに思い返していた。

スカートのホックを止め終わった絶妙のタイミングでノックがあり、櫛枝実乃梨が顔をのぞかせる。
「着替え、終わった?」
「うん」
体育館のステージ脇にあった小部屋で大河は親友を前にして軽くターンして見せた。
「どう?」
「おお、ばっちりだね・・・なんか、ようやくいつもの大河に会えた気がするよ」
セーラー姿の大河も可愛かったけど、なんか転校生みたいでちょっと落ち着かなかったと実乃梨は破顔した。
「あ、これ」
実乃梨はそう言うと手にした卒業生用のバラを形どったリボンを大河の制服へ取り付ける。
そのまま大河から身を離して実乃梨は大河を頭の上から足元まで、じっくり眺め、やや乱れている制服のリボンを直してやった。
「3年C組、逢坂大河さん」
「はい!」
これで完成とばかりに大河を呼ばある実乃梨に気持ちよく返事を返す大河。



空席が目立つため多すぎたパイプ椅子を減らし、コンパクトに作り変えた卒業式会場。
元C組の誰もが嬉々として作業に励んだ成果だった。
そのC組の誰もが以前の出席番号に戻ってパイプ椅子の脇に敷かれた赤いカラーシートの上に行列を作って並んでいた。
「あ、逢坂さん、ここ、ここ」
大河の出席番号に続く女子生徒が、スペースを空け、大河を手招きする。
釣られるように大河は小走りにその空いた空間へ身を滑り込ませた。

「卒業生、入場」
待っていたかのようにスピーカーを響かせたのは川嶋亜美の声だった。
ステージ下のスタンドマイクの前で宣言していた。
その声につい数時間前にやったばかりのことをなぞる様にみんなが動き始めた。

全員が椅子に座ると川嶋亜美は淀みなく「逢坂大河卒業式」を進行させ始めた。

「校歌、斉唱」
その声にひとりの女子生徒が椅子から立ち上がるとピアノの場所まで駆け出して行く。
大河は懐かしいメロディを歌いながら、合唱がひとクラスだけにしてはにぎやかなことに気がついた。
何気なく振り向いた大河は小さな驚きを味う。
さっきまで空席だった、会場後方の席に何十人もの生徒が居たのだ。
そっと、隣のクラスメートがささやく。
「みんな、逢坂さんの卒業式、出たいって」
知っている顔もあれば、知らない顔もある・・・大河はクラスメートだけではなく、たくさんの人に支えられてたことに胸が熱くなった。

「卒業証書、授与」
メインイベントの声にまた、椅子から立ち上がる男子生徒がひとり・・・北村だった。
「北村が校長役かよ〜」
クラスメイトの突っ込みに俺の辞書には不可能はないと大見得を切る北村の姿。
その北村はステージ上に駆け上がると、一度ステージの裾に引っ込んで、すぐ姿を見せた。
付けひげをあごの下に見せながら・・・。

「・・・似あうと思ったんだがな」
爆笑を誘った会場の反応に北村は憮然とする。
なにせ真っ白なひげはどう見てもサンタクロースか水戸黄門にしか見えなかった。


何てことしてくれるのよ祐作と厳粛な雰囲気をぶち壊した幼馴染に亜美は頭を抱える。
しかし、そんなことにお構い無しに北村は定められたポジションに着き、「卒業証書、授与」と改まった口調で川嶋へ合図を送る。
不思議な物で会場は静まった。
誰もが大事な場面だと思っているからこそ、おふざけもすぐに終了したのだ。
川嶋亜美はうなずきを北村へ返すと、声高らかに大河を呼んだ。

「3年C組・・・逢坂、大河」

「はい!!」
体育館いっぱいに響く、大河の返事。
大きな拍手を背中に受けながら、大河は階段をステージへ上がる。



北村へ一礼する大河。
北村も極めて真面目な表情で台の上に置かれた用紙入れから一枚の紙を取り出し、読み上げ始めた。
「逢坂 大河 殿  貴殿は間違いなくこの大橋高校を卒業したことをここに証明します。元2年C組クラスメート一同、並びに元クラス担任 恋ヶ窪ゆり」
今日の日付を読み上げて北村は卒業証書を大河へ差し出した。
大河が押し戴く様に手にしたものは生徒会室のプリンターで急遽こしらえた即席の卒業証書。
紙の上半分にはさっき北村が読み上げた文章が印刷されており、下半分の空白にみんなの寄せ書きが書かれていた。
・・・おかえり、大河 バイ実乃梨。・・・大河ちゃん、おかえり^^香椎。・・・会いたかったよ、ずっと、木原。・・・良かったなよな、能登。

走り書きされたメッセージを拾い読みしながら大河は目元が熱くなるのをぎゅっと我慢した。

「急で・・・こんなものしか用意できなかったけど」
申し訳なさそうに言う北村に大河は小さく首を振る。
「ううん・・・最高の卒業証書・・・ありがとう」
ステージ下から響く万雷の拍手を聞きながら北村は大河を見つめる。
・・・ここまで逢坂を変えたのは高須だよなと改めて北村は思う。
その大河はすごく素敵な顔を見せていた。
・・・独り占めは悪いよな。

「高須〜!お前もステージに上れよ!!」
北村は叫んだ。

なんで俺がと言う顔で竜児は背中を押されるようにステージに上る。
成り行きで大河と並んで北村の前に立つ竜児。
そんな竜児に北村は言い放つ。
「高須・・・逢坂へ何か、言ってやれよ」
「・・・その、なんだ・・・卒業、おめでとう」
「うん、ありがとう、竜児」
戸惑いながら言う竜児の祝辞を大河は嬉しそうに聞く。

結果的に北村の過剰サービスを引き出したのはそんな大河の笑顔だったかもしれない。


「・・・高須」
「おう、何だよ?」
「高須は逢坂と将来を誓い合ったんだよな?」
駆け落ち騒ぎまで起しておいて、それは無いなどと言えるわけも無く、竜児は北村の言い分を認める。
「逢坂も異存は無いよな?」
もちろんと大河は間髪を入れずに同意する。

北村はうなづくとステージの外へ向ってある提案をし始めた。

「き、きたむら〜!!」
「き、北村くん!!」
その内容を聞いて仰天する大河と竜児。

北村はこう言ったのだ。

・・・せっかく、みんなここに居るんだし、二度と離れないように誓い合ってもらおうと思うんだ、ここで高須と逢坂に・・・さ。

竜児と大河の抗議は大きな賛同の拍手に却下された。



拍手が鳴り止むと、さっきピアノを弾いていた女子生徒が雰囲気を盛り上げる様にアドリブで曲を奏で始める。
慌てた様に進行役の川嶋亜美がマイクに飛びつく。
「高須竜児、逢坂大河、両名による誓いの儀式を始めます」

それを受けてステージの上で北村はまず高須からと竜児を促した。

引くにひけなくなった竜児は横を向き、大河を真正面から捉える。
「急にこんなことになっちまって・・・何にも考えてねえ・・・本当なら気の効いた台詞でも言ってやれればいいんだけど・・・思いつかねえ」
そこで竜児は一呼吸置いた。
「あん時・・・川の下から言ったことは嘘なんかじゃない・・・今すぐは無理だけど・・・絶対、いつか叶えて見せる・・・だから・・・その・・・ずっと側に居る。大河、お前の隣に」
やや照れを見せながらも竜児は言い切った。

次は逢坂だと北村は小声で大河に言う。

大河は一瞬、竜児へ視線を向け、すぐ目を逸らし、出来るだけ竜児を見ないようにして口を開いた。
「嫌だって言っても私の隣に居ていいのは・・・竜児だけだから」
それだけ言うと大河は真っ赤になってうつむいてしまった。
「みんな、聴いたな?」
北村の問い掛けに大きな歓声が応える。
大河は少し顔をくしゃくしゃにしながらクラスメート達から気持ちを受け取った。

「2年C組、全員が証人だ・・・高須、逢坂・・・今の台詞、忘れんなよ」
歓声が静まるのを待って北村はふたりに念を押す。
「おう」
「もちろん」
竜児と大河の声が重なって体育館に響いた。




司会進行役の川嶋亜美の声が続いている。
誓いの儀式に先立って竜児と大河のプロフィールをゆったりとした口調で読み上げているのだ。
式台の上で大河は誰にも気づかれないように竜児に目配せをする。
・・・何だよ?
ささやき声で答える竜児。
・・・卒業式・・・ばかち・・・くっく。
小さな含み笑いを見せる大河。
・・・だな。
竜児も同意する。

それはたった今、流暢に進行役を務めている川嶋亜美の過去の失態を思い出したせいだった。
あの時、体育館で北村が急に予定に無い竜児と大河の誓いの言葉とやらを入れてしまったため、不意を撃たれた亜美は台詞をわずかに噛んでしまっていたのだ。

・・・誓いの儀式が・・・ちゅかいのぎしき・・・だったもんな。


--> Next...




作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system