「・・・おふたりが考えた末に、お世話になった方々の前で、愛を誓い合いたいと言うことで、この様な趣旨のお式を執り行わせて頂く事になりました。どうぞ、みなさま暖かくお見守りください」
よどみなく司会を進める川嶋亜美はここでいったん、言葉を切り会場へ視線を投げかける。
パチパチと小さな拍手がそこかしこに生まれ、大きなうねりになって会場を包み込んだ。

「みなさまの賛同を得られました。ありがとうございます」
神父や神主の前で誓いをすると言う従来からの式を選択しないで、参列者の前で永遠を誓うと言う人前式が承認されたのを受けて竜児と大河は軽く一礼した。

顔を上げながら竜児は隣の大河を盗み見る。
・・・これで良かったのか?
竜児の物言いたげな視線に気が付いたのか大河は問題ないよとばかり式台の陰に隠れて竜児の手に自分の手を重ねた。

式を挙げるに当たって竜児と大河の間で激論と言うほどではないが喉に刺さった魚の小骨のような問題があったのだ。



「式はドレスね」
「おう」
その点は竜児も異存が無かった。
「あんたが紋付はかまなんて着たら・・・」
クックッと大河は笑う。
「2代目襲名式だって言いたんだろう」
「あら、良く分かってるじゃない」
「ほっとけ・・・じゃあ、式のスタイルは教会でいいんだろ」
すぐにでも「うん」と言う返事があると思っていた竜児は沈んだ表情を浮かべた大河を見つけ、やや慌てた。
「な、なんだよ・・・なにかまずいのか?」
「・・・うん、ううん」
煮え切らない大河の返事。
それでも竜児は固く結ばれたひもを解くように大河のわだかまりを解き明かして行った。

「・・・そう言うことかよ」
「うん・・・ねえ、竜児・・・私、どうしたらいい?」
困惑を隠せないで居る大河を前に竜児はここに居ない誰かを怒鳴りつけてやりたい気分だった。
・・・なんで、こんな時まで大河を苦しめるんだよ・・・おっさんよ。

竜児が怒鳴りつけたいと思った相手は大河の実の父親、逢坂陸郎だった。
多額の負債を放置したまま、行方不明になっていた逢坂陸郎だが、最近になってその消息が知れたのだ。
・・・海外逃亡していた・・・地球の裏側、ブラジルへ。
彼の地で再起を図っているようで、やや羽振りを取り戻しているらしい。
もちろん、帰国すれば裁判所に財産を押さえられてしまうので、帰るに帰れない状況らしかった。



大河は竜児にこう言ったのだ。
「ねえ・・・誰に手を引いてもらえばいいいの?」
バージンロードの先導役・・・それは新婦の父親が相場だ。
この場合・・・大河には資格者がふたり居る。
竜児としては逢坂陸郎に資格があるなんて思いたくも無いが、大河としては割り切れないところがあるらしかった。
母親の再婚相手のかりそめの父親・・・逢坂陸郎に比べればその立場に居た時間は遥かに短い。
でも、与えられた愛情は際限なく大きい。
大河は頭をふるふると振った。
気持ちとしては今の父親に手を引いてもらって構わない・・・でも、どこかで納得していない自分がいると大河は打ち明けた。
竜児は頭を抱えたくなったが、同時にそんなことを思う大河をより愛しいと感じるのも事実だった。
・・・あんなやつ、知らないわ。
そう大河が言ったとしても、竜児に大河を責める気持ちは生まれない。
生まれはしないが、心の片隅できっと「でも、なあ」と言うもやもやしたものが出て来るに違いなかった。
だから、目の前で大河が苦しんでいるのを見て、よりいっそう、気持ちが寄り沿って行くのを竜児は感じたのだ。

無意識に竜児は大河の頭を撫でていた。
「いい子だな・・・大河は」
「子供扱いしないで」
小さな口元をわずかに尖らせ、大河は抗議する姿勢を見せた。
「じゃあ」
竜児は立ち上がると大河の後ろに回り、床に座ったままの姿勢でいる大河を両手で包み込むように抱き締めた。
「ちょ、ちょっと」
急に何よと大河は身を抗う。
そんな大河の動きを封じるように竜児は両手に力を込め、鼻先を大河の大河の髪の中に潜らた。
そしてそのまま耳元でささやいたのだ。
・・・そんな大河が可愛くて、大好きだ・・・と。

「・・・ばか」
大河の返事はそっけなくそれだけだったけど、耳たぶまで真っ赤に染めて、竜児の気持ちに応えていた。


そのふたりが選んだ答えが今日の人前式だった。
あれから考えた末、竜児は言ったのだ。
「神さまに誓うんじゃない・・・みんなに認めてもらうんだ」
そのために今日まで頑張って来たんじゃないかと竜児は言う。
だから、一緒に胸を張って、並んで入場しよう・・・そう竜児は大河へ提案した。
大河は竜児をじっと見つめ、ありがとうと答えてうつむいた。
竜児は何も言わず、大河の小さな肩を抱き寄せて、そっと背中を叩いた。
竜児の胸の中で大河は小さなスンと言う音を立て、それからくぐもった声で竜児と名前を呼んだ。
「おう」と、いつも以上に優しさを込めて返事をする竜児。
・・・あんたしか、いないから。
大河のつぶやき。
「俺も・・・お前だけだ・・・大河」
同じ様につぶやく竜児。
大河はすがりつくみたいにぎゅっと竜児の胸元の服を掴んだ。
それに答えるように竜児は大河を己が腕の中にさらに囲い込んで行った。

もう言葉を交わす必要が無いほど、ふたりの心は混ざり合い、麻薬が行き渡るような幸福感に浸っていた。




司会の川嶋亜美に促され、竜児は式台を前に立ち上がった。
タキシードの内ポケットから、読み上げる予定の誓いの言葉を書いた原稿を取り出し、広げる。
そしてそのまま、しばらく動かなかった。
参列者がどうしたのかと思い始める直前に、竜児は広げた原稿をたたみ、式台の上にそっと置いた。
「こういう大事な席だから・・・外さないようにって・・・何日も考えて・・・誓いの言葉って奴を考えたんだけど・・・なんか借り物の言葉みたいでしっくり来ないんだ。
だから、原稿のことは忘れる・・・今から言うことは俺の本心だし、もしかしたらこういう席で言うには不適切な言葉が入るかもしれない・・・だけど、聴いて欲しい」
そこで言葉を切り、竜児は隣の大河を見つめる。
「この世に大河って言う女の子が居てくれたことを、俺は何様でもいい、すごく感謝したい。そしてその大河が俺のパートーナーになってくれたってことにも感謝したい。・・・ドジで泣き虫で・・・わがままいっぱい・・・
正直、どうして好きになったのか・・・自己分析できねえんだよな、これが・・・おかしいけど・・・おかしくなるくらい・・・好きになっちまった」
竜児は小さく息を継ぐ。
「ケンカもしたし、顔も見たくないって時もあった・・・・・・でも、不思議とすぐにこいつの顔が見たくなるんだよな・・・声が聞きたくなるんだよ・・・どんだけ、自分の中で大河が占めてるんだろうって」
ここで竜児は会場へ顔を向けた。
「絶対に手放さない・・・何があってもだ・・・俺はこいつ、大河の隣にずっと居る。どんなことがあってもだ・・・死がふたりを分かつまでだって・・・冗談じゃない・・・
例え死んだとしても俺はお前の側を離れない・・・絶対にだ・・・だから、大河に言いたい・・・これからもずっと一緒だ、約束する」
変な誓いの言葉だけどと言い置いて、竜児は着席した。


続いて大河が席を立つ。
そして、冒頭、小さくため息をついて見せた。
「まったく、あんたときたら、アドリブしてくれちゃって」
そう言いながら、大河も取り出した原稿を伏せた。
「夜も寝ないで考えたんだからね・・・無駄になったわ・・・」
不満げな顔を見せた大河だったが、一転して花が咲くような笑顔を見せた。
「私も同じよ、竜児・・・あんたって言うのが居てくれたおかげでどれだけ救われたかわかんないくらい・・・いろいろあったけど・・・竜児が私を選んでくれたことがいちばんの喜び。
愛想つかされてもおかしくなかったのにね・・・知ってる人は知ってるけど・・・私が竜児にプロポーズされたのって・・・高校生の時・・・寒い季節で、あの頃の絶望的な私の心に灯を付けてくれたのは竜児だった。
最初の小さな炎がだんだん大きくなって・・・もう持て余すくらい・・・」
ここで大河は竜児を見る。
「安心して、私も竜児と一緒だから・・・竜と虎は並び立つって言ってくれたよね。忘れないよ、私、ずっとその言葉、信じてるから」
大河は改めて正面に向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「誓いの言葉らしくないけど、これが私の気持ちだから」
そう言うと大河は着席した。

司会が承認を求めるまでも無く、会場は大きな拍手に包まれた。
その、長い長い拍手を聞きながら、竜児と大河は抑えきれない笑みを浮かべ顔を見合わせていた。



「リングを、新郎新婦のご友人でいらっしゃいます北村祐作様、櫛枝実乃梨様にお渡しいただきます」
指輪の交換を始める旨を説明する川嶋亜美の台詞に大河も竜児も「え?」と言う顔をする。
予定ではリングガール、リングボーイは式場が用意した子役のアルバイトがやるはずだったからだ。

「そういう訳だ」
「そう言うこと」
いつの間にか会場を前から回り込んだのか北村と櫛枝が竜児と大河の脇に立っていた。
「俺たちにも出番があってもいいだろ」
「あーみんばっかり目立って面白くないし」
お茶目な表情で櫛枝はのたまう。
「高須」
北村は顔色を改め、竜児を呼ぶ。
「良かったな・・・とにかくおめでとう」
「ああ・・・ありがとうな」
差し出されたリングケースを受け取り、竜児は指輪を手にする。

「ほら、大河」
竜児に声を掛けられ、おずおずと大河は指先を竜児へ差し出す。
小指に貼られたままのバンドエイドに竜児は微笑む。
・・・また、ドジったのか。
・・・うるさいわね、さっさとはめなさいよ。
声にならない会話を交わして、竜児は大河の指先をへとリングを導いた。
大河の指先から伝わるヒンヤリとしたリングの感触。
竜児の手によって薬指へ収まり、鈍い光を放つ。
大河の心の中で本当に竜児のお嫁さんになれたんだと言う気持ちが徐々に湧き上って来る。

「次は大河ね・・・しっかりしてよ」
櫛枝に言われて、大河は気を引き締める。
うんとうなづくと大河は指輪を手に竜児に向う。

「竜児」
「おう」
小さく指先を震えさせながら大河は竜児の大きな指にリングを通して行く。

「ありがとな」
通し終えた大河へ掛けられた竜児の労いの言葉に、どっと気持ちが押し寄せて来て大河は瞳の堤防が緩むのを止められなかった。
「うん」
鼻声になるのを堪えるように大河は返事をする。
今まで流した中で最高の一滴とも言うべき珠玉の涙を大河は惜しげもなく、指先で拭う。
「笑顔・・・だよね」
泣き笑いの表情で大河は言う。
「おう」
肩を震わせそうになる大河を優しく見つめる竜児。


気遣わしげに竜児たちを見つめる川嶋亜美の視線に櫛枝は「大丈夫」と目でサインを送る。
川嶋はうなづくとマイクへ向った。



「それでは、これより新婦のベールを上げて頂きます」
大河と竜児にエールを送るように川嶋亜美はベールアップの開始を告げる。


ショートと言っても背の低い大河にはミディアムに近く腰の辺りまで伸びたレースのベール。
立った大河の背中でそよ風に揺れている。
レース越しに見える大河の顔。
竜児を見るとその中で、大河は精一杯、笑顔を見せた。
その顔に二重写しで重なるもひとつの顔。
幸せの先取りだよと言いながら布団のシーツをはぎ取って、「ほら、ベール」って言った高校生の大河だった。
・・・じいちゃん家の2階だったよな。
窓辺に寄りそうに並んで将来を語ったあの時・・・。
来るはずだと信じた未来・・・それが今、目の前に開かれている。

竜児は大河の前で片方のひざを地面に付け視線の位置を少し下げた。
そして、手を伸ばすと大河の顔を覆っていたベールをゆっくり持ち上げる。
少しだけくすぐったそうな表情を見せる大河。
大河の前を覆っていたベールが無くなると、その向こうから幾度と無く見つめた大河の瞳が竜児を見返す。

・・・待たせちまったな、大河。
竜児の無言の問い掛けに大河はまばたきをする。
・・・ううん、全然待ってないよ、竜児。
まるで、そう言っているようだった。


大河はゆっくりと瞳を閉じた。
万感の想いを込めて竜児はそっと大河へ頬を寄せる。

触れ合うその先が熱を帯びてふたりを包んだ。

・・・もう、何度もしてるはずなのに。
・・・まるで、初めてみたい。

大河はそう思った。


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