それは夏休みも後半に差し掛かった高須家の昼下がり。

「・・・あちい」
ひたいに流れる汗をぬぐい、竜児は午睡から目を覚ます。
熱帯夜続きで寝不足に陥っていたためついウトウトしてしまったらしい。
気だるそうに首を振り、横を見ればさっきまで暑い暑いと大騒ぎしていた半居候の大河が、座布団を枕に気持ち良さそうに寝ているのが目に入る。
それはいいのだが、大河は足元に置いた扇風機の首振り機能を止め、ちゃっかり風を独占しているのだ。
ちょうど扇風機を川下にした川の字スタイルで寝転んだ状態の竜児と大河。

「・・・大河め」
むくりと起き上がった竜児は扇風機の首振り機能を再開させる。
生温かい風だが、吹きつきられることで竜児は一息ついた。

せっかくの睡眠を中断させてくれた原因の主を改めて竜児は見やり、ため息をつく。
クーラー、エアコンと言い続ける大河に夏は暑くて当然、エコだ、電気代がもったいないと主張し続けた竜児。
大抵のことは大河の言い分を聞いてしまう竜児だが、これだけは譲れなかった。
クーラーの冷たい風ばかり浴びていたらいい事ない、それが竜児の持論だからだ。


寝ている大河は当たり前のことだが口を利かない。
口さえ開かなければ・・・大河自身はトリプルAの美少女と言って差支えがない。
・・・これでもう少しおとなしければ言うことないんだが。
規則正しく寝息を漏らす、健康そうな色使いの緩んだ大河の口元を眺めながら竜児はつくづくそう思う。

竜児の目の前で大河が寝返りを打つ。
竜児が扇風機の首振り機能をONにしたため、風が来ない時間が大河に出来てしまったのだ。
その大河は無意識のうちに風を求め、体の向きを足元から扇風機の方へ向けた。

何気なく大河を見下ろしていた竜児はいきなり起きた現象に目を見張る。
扇風機の風が大河を撫でた途端、大河のスカートがふわりと膨らんだのだ。
ちょうど足元から風が来る状態となっている大河。

すうっと風がスカートから流れ込んで来たのが心地良かったのか、大河は竜児の目の前でずるずると扇風機へと近付いて行く。

「た、大河」

扇風機に巻き込まれるんじゃないかと思い、竜児は慌てて扇風機へ駆け寄り、大河から少し離した。

「ふう」
・・・と、安堵した竜児は、次の瞬間、我が目を疑った。
足元の方向から大河を見る形になった竜児。
そこへ扇風機の風が行き、大きく膨れる大河のスカート。

当然、普段は見えない部分が見えてしまい・・・。
大慌てで竜児は目を逸らす。
もちろん、最深部までが見えたわけではなく、ひざ上くらいなのだが、いくら寝ている時限定とは言え、美少女に変りはなく、竜児は無意識にのどをごくりと動かす。

そんな竜児は修行積んだ高僧などではなく普通の男子高校生。
そういうことに興味がないと言えば全くの嘘になる。


「わ、わざとじゃ・・・ないんだぞ」
こんなシュチエーションになったのは意図した物じゃないと、竜児は自分を納得させ、ひとり言を言う。

「あ、暑いな・・・もうちょっと・・・風、強くするか」
わざとらしく言い、弱になっていた扇風機の風量つまみを中へ切り替える竜児。

当然のことながら風量の増大に比例して、スカートの膨らみも増す。
より一層、鮮明になる大河のブラックボックス。

「おう!」

それでもチラ見程度で直視しないのは竜児の臆病さか。

そして後ほんの少しで完全に奥まで見通せると分かり、竜児はためらった末、再び、扇風機の風量つまみに手を伸ばす。
中の次は強だった。
・・・これで・・・完璧だ。
竜児がつまみをひねろうとしたまさにその瞬間・・・。


「エロ犬」

「うわ!ごめんなさい」
この声に慌ててひれ伏す竜児だが、大河が起きた形跡はなかった。

声の主は・・・。

「インコちゃん・・・脅かすなよ」
鳥かごの中から竜児をじとっと見下ろす愛鳥が見せる非難がましい目付き。
その目付きに竜児ははっとする。

・・・俺は・・・何てことしようとしてたんだ!

竜児は自分の頭を殴りつけ、扇風機の風を元へ戻した。


「今晩はそうめんじゃなかったの?」
ちゃぶ台に並ぶごちそうを目にして大河が不思議そうに言う。
「あ、いや・・・ここんとこずっとさっぱりしたもんばっかりだったろ・・・」
「ふうん・・・ま、いいか」

物事に拘泥しない大河はそのまま箸を伸ばすと、夏バテなんて無縁よと言う風に食べ始める。
そんな大河をちらりと見やり、心の中で大河に頭を下げる竜児。

「食べないの?食べないならもらうから」
手をつけない竜児を見て脇から箸を伸ばし、竜児の分を横取りする大河。
そのまま、しっかり竜児の分をふたつほど食べてしまった大河なのだが、何も言わない竜児に不審を覚える。
その竜児は黙って大河を見ているだけなのだ。

さすがに大河は気味悪くなり、竜児から分捕って口へ運び掛けていた3個目のおかずをおずおずと箸でつまみ、そのまま竜児のお皿へ戻す。
「返す、これ・・・」
「いいんだ。食べてくれ」
え?いいの・・・と食べてしまうほどいくら大河でもずうずうしくは無い。

「竜児?どこか具合悪いの?」
心配そうな表情を浮かべ、竜児を気遣う大河。

「・・・いや、体は悪くねえ・・・俺の心がさ、病んでるんだ」
大真面目な顔をしてそうつぶやく竜児に大河は真っ赤になる。

照れたとかそう言うのではない。
噴き出したいのを必死に堪えているのだ。
しかし、それも時間の問題だった。

「な、なに、あ、あんた!」
そのまま、うひゃひゃひゃ・・・と大爆笑を始める大河。
竜児の答えがつぼに嵌ってしまったらしく、お腹を抱え、苦しそうにしながらも笑いが止まらない。

乙女の恥じらいも捨てて、その場ですてんと後ろ向きに転び、足をばたつかせて大笑いする大河。
苦しい、息が出来ないと言いながらも大河の笑いの発作はなかなか止まらなかった。

やがて、ひーひー言っていた大河の笑いも峠を越え、笑い疲れからか大河はそのままどてっと横たわったまま動かない。
「あんたってばさ」
やがて、そう言うと、笑い過ぎて出た涙をぬぐいながら、上半身を起こした大河は微妙な空気に触れ、怪訝な表情を見せる。
「どうしたの?竜児?・・・やっちゃん?」

見ればふたりとも目線をさりげなく大河から逸らし、大河を見ないようにしていた。

「何?どうした・・・の?」
そう言い掛けた大河の声が途中で止まる。

ようやく己の身の上に起きている現象を把握し、大河はちゃぶ台の下へ潜り込んだ。

「・・・見た?・・・見たよね・・・」
ちゃぶ台の下からか細い声で確認のメッセージを発する大河。

「・・・いや、なんのことだか、なあ、泰子」
「そ、そうね、竜ちゃん」

非常にわざとらしい会話が交わされ、大河は覚悟を決める。

「違うの!これは何かの間違い」
ちゃぶ台下から顔だけ出し、竜児と泰子に訴える大河。

うんうん、分かってる・・・とうなずくふたりだが、大河の衝撃は癒えない。

さっき、竜児と泰子が見たものは・・・暴れたせいで捲れ上がった大河のスカートの中だった。
見られたのだ、パンツを・・・。
それも普通のパンツなら・・・ここまで大河は慌てなかっただろう。
大河が見せたものは可愛いネコのイラストが付いたやや子供向けのキャラクターパンツだったのだ。


昨夜、夜更かしし過ぎた大河は深夜、自宅のお風呂に入った。
汗をかいてしまったので、仕方なく眠いのを我慢しながら入ったのだが、そのせいかいつもは脱衣場に用意して置く着替え一式を忘れてしまい、裸のまま寝室まで戻った大河。

眠気はピークに達し、かろうじてまぶたが開いている状態。
いっそこのまま眠ってしまおうかと思った大河だが、己の格好に断念する。
・・・風邪引いちゃう。
まともな思考回路ならそんなことをしないはずだが、眠気が大河の判断を狂わせる。

下着が入ったチェストを開けず、別の引き出しを開ける大河。
そこは子供の頃の思い出とかを仕舞ってあった場所・・・。

・・・あったパンツ。
手触りで下着と認識した大河はそのままそれを穿いて、寝入ってしまったのだ。

そして今朝は寝坊したため、電話で竜児に朝飯だと叩き起こされ、慌てて着替えて高須家に駆けつけ、そのままでいたのだ。
思い込みとは怖いもので、途中何度かトイレに行っているのに大河は気づいていなかった。いつもと違うことに・・・。


その夜、子供時代のパンツがすんなり穿けてしまった己の体型に密かに涙する大河の姿があったとか・・・



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