とらドライブ

「ふっふっふっ。見なさい、これがこの私の実力よ」
とりたてホヤホヤの運転免許証を手に、高須家の玄関で靴も脱がずに大河は竜児にアピールする。
「なんだ、なめ猫免許証か。また随分懐かしいモノを……」
すかさず飛んでくる大河の鋭い蹴りを最小限の動きで避ける竜児。もはやその見切りは達人の域に及んでいた。
「もー、避けるな逃げるな!」
「まぁそう怒るな。とりあえず免許取れてよかったな」
「思えば屈辱の日々だったわ……仮免許試験に落とされること3回、卒業検定に落とされること5回……」
「そして教習車を廃車にすること5台」
「その犠牲は全て私に免許を取らせるために払われたんだもの、クルマ冥利に尽きるってものだわ」
「やれやれ……で、取ったばかりの免許を持って何しようってんだ」
「決まってるじゃない! ドライブよドライブ。学生時代の思い出作りに行くわよ」
「ドライブったってクルマどうすんだよ。俺も免許は一応取ったけどクルマなんて持ってないぞ」
「ママに借りてきたわ」
「……まさかポルシェじゃないだろうな」
「あら、今のポルシェって女の子でも普通に運転できるみたいよ。私はちっちゃいから無理だったけど」
「お前のお袋さんが乗ってんのケイマンだっけ。まぁあれならイージーだな。911でもスパルタンなモデルは今やGT3かGT2くらいの……」
「何知ったかしてんのよ。今日借りてきたのはあれよ」
大河のちいさな指が示す階下には、ユニオンジャックがルーフに描かれた小綺麗な赤いクルマが鎮座していた。
「おー、クラシックな方のミニか! 確かに大河にはピッタリだな!」
「どういう意味よ。でもこのクルマ可愛いから好き。私も小さい頃よく乗せてもらってたんだ」
「随分きれいだな。とっくの昔に生産終了してるだろ、これ」
「ママがね、昔私がこのクルマ大好きだったこと覚えてて、きれいにとっておいてくれたの。私が免許取ったらプレゼントするつもりだったんだって」
「ふーん……これ、中は結構広いんだな」
「私には十分すぎるくらい」
10年前に生産を終えたイギリスの名車ミニ。50年前の時点で身長180センチ以上の英国人が座ることを許容していたパッケージは、確かに大河には十分過ぎる広さといえた。
「うむ、俺が座っても問題ないな。って、これ、マニュアルじゃねーか?」
「そうよ、ここまで来るだけでも大変だったんだから」
「だからお前、免許取るのに結構時間かかってたのか」
「えへへ。そういうわけで私は助手席専門」
「ったく。じゃあどこへ行く?」
「竜児と一緒ならどこでもいいよ」
「……よくもそんな小っ恥ずかしいことをぬけぬけと」
「クルマって不思議だね。何だか普段より素直に話せる気がする。お互いの顔が見えないからかな」
「そうかもな」
キーを回しエンジンをかける。室内にメカノイズが容赦なく飛び込んでくるが、そこに無機質な印象はなく、むしろどこか暖かだった。
「ドライブ用のベストアルバムとか自作してた甘酸っぱい過去を思い出した」
「隣にいるのは私だけどね」
「ああ、でもなんだかウキウキしてきた」
「……ねえ、私サルが見たい! 日光行こうよ日光!」
「却下。ベイブリッジくらいにしとけ」
「ベタ過ぎ」
「ベタで結構」
「まぁいいわ、じゃあ二人の初ドライブに出発進行〜!」
無邪気に笑う大河の横顔が見れるならどこへ行っても楽しい。そんなことを思う自分にちょっぴり恥らいを覚えつつ、ゆっくりとミニを走らせる竜児であった。



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