電子体温計の表示は36.3℃。
 ほっとした表情で寝室を出た大河の耳に響くのは、リズミカルな包丁の音。
「竜児、おはよ」
「おう、起きたか大河」
 調理の手を止めて振り返った竜児は少し心配そうな顔で。
「熱はどうだ?」
「ん、もう大丈夫。病院の薬が効いたみたい」
「そうか、よかった」
「ねえ竜児」
「おう?」
 大河はとてとてと竜児の目の前に歩み寄り、目を閉じて顎を突き出して。
「おはようのちゅー」
「……駄目だ。いつも言ってるじゃねえか、顔洗ってからだって」
「ぶー、竜児のケチ」
「キスした直後に歯を磨かれるのがなんか嫌なんだよ。あと汗かいてるだろ、ついでに着替えてこい」
「あ、ひょっとして匂いでちょっと興奮しちゃったとか?」
「朝っぱらから馬鹿言ってるんじゃねえ」

「今日一日はおとなしく寝てろよ。熱下がった直後はまだ体が消耗してるんだから」
「わかってるってば」
「昼飯は弁当作ってあるから」
「そうだ竜児、さっきお弁当3つ作ってなかった?」
「おう、ゼミの後輩が金欠で飯抜いてたんでな、代金はバイトの給料入ってからってことで作ってやることにしたんだよ。ま、ちょっとした小遣い稼ぎだな」
「へー、いくら?」
「一回三百円だ」
「安っ!安すぎるわよ!竜児のお弁当なら少なくとも五百円、ううん、千円はもらわないと!」
「貧乏学生相手に無茶言ってるんじゃねえ。それにだな、ここだけの話、大河用のと比べて愛情分グレードダウンしてるし」
「んー、それならまあ……」
「それじゃ大河」
「ん」
 竜児はいつものように、目を閉じた大河に『いってきます』のキスを。
 それから少し考えて、もう一度優しくキス。
「……なんで二回?」
 頬を染めた大河に、竜児はニヤリと笑って。
「おう、今のは『おやすみ』のキスだ。大河が安心して寝てられるようにな」




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