「『おう』じゃないわよ」
「いや、お前なに赤くなってんだ?」
「あ、あ、あ、赤くなんてなってないんだから」

そう言って首を振る大河は、首から上が絵の具でも塗りたくったように
赤くなっている。触れればやけどをするような赤だった。

「いや、お前。リンゴみたいに真っ赤だぞ」
「うるさい!このエロ竜児!私赤くなんかなってない!なってない!」

半ばパニックになった大河は、おそらくは本能だろう。後ろではなく前に
逃げた。棒立ちの竜児の胸をポカポカ叩く。並みの女の子なら甘叩きと呼ばれる
シーンだが、手乗りタイガーのそれは甘くなんかない。止まった心臓を黄泉の世界から
呼び戻すような勢いである。

「あー、わかったわかったよ!叩くな叩くな!痛いって。何そんなに怒ってるんだよ」
「怒ってんか、私、怒ってんなんかないわよ」
「いや、怒ってる。怒ってるんだな、大河。すまねぇ。俺、確かにお前が言うように
鈍感犬かもしれねぇ。だって、お前の気持ち、考えてなくて」

思い余った竜児が大河の腕をつかむ。折れそうな細さに竜児は息をのむが、それでも
意を決したように手に力を込めて大河の星を散らしたような瞳を覗き込む。

「ちょ、ちょっと。竜児、手を放しなさいよ」
「待てって、落ち着けって」
「落ち着けって何よ。手を放して」
「いいや、放さねぇ」
「お願い、放して。あんなこと言ったけど、竜児、私やっぱり」
「大河!聞け!聞いてくれ!」
「やだ、聞きたくない!聞きたくない!」
「お前の気持ち、わかってやれてなくてすまん。俺が無神経だった。だけど、
だけど大河、俺もう我慢できないんだよ。わかってくれよ」
「やだやだ、やめて!それ以上言わないで!」
「大河!頼むから聞けっ!聞いてくれよ!大河っ!」
「やだ、やだーっ、竜児!やめて」
「大河ーっ!」

二人の押し問答は、どんどんトーンが高まっていく。がらんとした広いリビング
ルームの中央で、ほとんど叩きつけるように竜児と大河は大きな声を出し合う。
そうしながら、大河の顔はせっぱつまった表情で目を見開き、ほとんどなかんばかりに
瞳を潤ませているのだ。

「お願い竜児、放して!」
「大河っー、頼むっ!俺にっ、あの人形のパッドを作らせてくヘグゥォッ!」

フトモモに音速のひざ蹴りを食らった竜児は、10分ほど床で悶絶していたという。



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