「白かびさんからお手紙ついた♪黒かびさんたら読まずにかもした♪」
「……嫌な替え歌作ってるんじゃねえ」
「にゃ〜によ竜児。あらしがせっかく歌ってあげてるっていうのに〜」
 大河は竜児にもたれかかったまま、その顔を見上げながらぷうと頬をふくらませる。
 舌足らずな甘え声、上気した頬、熱い吐息。
 と言うとまるで恋人同士のスイートタイムのようであるが、断じてそんなことは無く。
 竜児が風呂掃除をしている間に、梅酒を梅シロップと間違えて飲みやがったのだ、このチビ虎は。
「はぁ……」
 こっそり溜息をつく竜児に大河はにっこりと笑いかけ、
「ねえ竜児、いいこと思いついたんらけど」
「おう、何だ?」
「あのね〜……ていっ!」
「おうっ!?」
 何をどうやったのか、掛け声と同時に竜児の身体は畳の上に仰向けに転がされ、大河はその腹の上にマウントポジションで。
「あのねあのね、今にゃつ休みじゃにゃい」
「お、おう」
「北村君に会えにゃいのは寂しいけど、それは裏を返せば時間があるってことにゃのよ」
「時間って、何のだ?」
「準備!練習!プラクティス!
 今のうちに予行演習を繰り返してにゃれておけば〜、実際の時に慌てずにすむってことじゃにゃい?」
 言いながら大河は竜児の肩を床に抑えつけ、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「ちょ、ちょっと待て大河!お前何するつもりだ!?」
「あらやら、おんにゃの子の口からそれを言わせるにゃんて……このエ・ロ・い・ぬ♪」
「エロいのはお前だっ!……おうっ!?」
 竜児は咄嗟に首を捻り、柔らかな感触は頬に軟着陸。
「この味は……嘘をついてる味らわ」
「何がだよ!」
「も〜、にゃにが不満らってのよ〜」
「不満とかそういう問題じゃねえ!大体お前、初めてが北村じゃなくていいのかよ!」
「ん〜……犬が相手にゃらノーカウントってことで」
「しろよカウント!つーか俺の方がするよ!」
「ごちゃごちゃとうるさいわねえ……」
 言って大河は竜児の頭を掴んでがっちり固定。
 が、竜児もフリーになった両腕で近づく大河を必死に押し留める
「しぶといわね……いいかげんに覚悟しにゃさいよ」
「してたまるか!俺の、俺の貞操は櫛枝に……!」
「……そんなに、嫌、なの?」
 突然大河の表情が歪む。
「え?」
「竜児は……私にされるの、嫌、なんだ。私が……嫌い、なんだ」
 くしゃくしゃになった顔から、竜児の頬にぽたりぽたりと雫が落ちる。
「そ……そうじゃねえ!嫌いなわけねえだろ!」
「じゃあ、何で?」
「こんな酒の勢いで俺なんかとしたら、正気に戻ってから後悔するだろ、大河が!それが嫌なんだよ!」
「……しなければ、いいのね?」
「え?」
「絶対に後悔なんてしないなら、してもいいのよね?」
「おい、それって……」
 思わず抵抗が緩み、濡れた瞳が近づきながら閉じられる。
 そして……大河の体から力が抜け、あと数センチまで近づいた唇から漏れるのは安らかな寝息。
「……こいつは……」


「ねえ竜児、昨日の事なんだけど」
 背後からかけられた声に、台所に立つ竜児の心臓が跳ね上がる。
「お、おう、何だ?」
「私いつ帰ったっけ?なんか気がついたらベッドの上で、その前の記憶があやふやなのよねー」
「それなら、大河は梅酒飲んだ後すぐ寝ちまったから、俺が運んだんだ」
「ふーん、そうなんだ。変な寝言とか言ってなかった?」
 今が料理の途中で、大河に表情を見られなくて、本当に良かったと思う。
「いや、別に。それよりお前、礼の一つも無しかよ、けっこう大変だったんだぞ」
「はぁ?犬がご主人様の為に働くのは当然じゃない」
「……そうだよな、お前はそういうやつだよな」
 内心ほっと胸を撫で下ろす竜児の耳に届いたのは、聞き覚えのある歌声で。
「白かびさんからお手紙ついた♪」


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