「なー大河」
その声に振り返るお前。
「なによ竜児」
そうして答えるお前。
それが俺たちの普通。
それが俺たちの毎日。
それは・・・そう。
幸せの入り口だったんだな・・・って思う。

『日常(いつも)』

「なー大河。これお前いるのか?」
洗濯物も取り込み終えたある日の休日。
「なによ竜児」
何気なくかけた竜児の言葉に返ってきた声は、あからさまに不機嫌さに満ちていた。
「・・・なに怒ってんだよ?」
怪訝そうに視線を向けた先、大河はジト目で竜児を見返していた。
思わず竜児がびくりとする。
「今このテレビのクライマックスなの。つまんない事で邪魔しないでよ」
言われて竜児がTVに目を向ける。
画面の中では、綺麗な女の人が「丸っとお見通しだ!」と決め台詞を言っていた。
「ここから解決編に入るんだから」
その視線を追いつつ、大河も画面に向き直る。
今日のコレは、トリックがわからないだけに見逃せない。
「・・・」
「・・・まだわかんないのよ。スキャット美香子がどんなトリック使ったのか・・・」
期待にワクワクしながら、大河がゴクリと唾を飲み込む。
画面では、いよいよ主演の女優が、そのカラクリを解き明かそうと指を突きつけていた。
「・・・なあ大河」
「なにようるさい」
「・・・コレ・・・鏡使ったんじゃねえか?」
「は!?」
竜児の言葉に振り返る大河。
その視線に含まれる、信じらんないといった光。
しかしそんなことには気付かず、竜児は言葉を続ける。
「ほらあの消えたトコ。アレ鏡用意して映したってゆうなら、それで・・・」
「うりゃさー!!」
刹那。大河は竜児の腕を取り、渋川流よろしく、ちょいなと竜児を畳に投げ飛ばしていた。
「いってー!!大河!お前なにす・・・!?」
「なにするはこっちの台詞よ!」
びしっと、あたかもTVの中の女優のように指を突きつけて大河が怒鳴った。
「なに先言っちゃてるのよ!?台無しじゃない!」
「た、ただの予想だろ!?別にそれ・・・くらい・・・」
TVから聞こえてくる声に気付いて、二人揃って画面に目を向けた。
そこではもう見事に、鏡のトリックを使ったことが、長々と説明されていた。
「・・・」
「・・・」
無言で画面に見入る二人。
そこに流れるのは、気まずいアトモスフィア。


「・・・あ、あのよ・・・」
その空気に耐え切れず、思わず声をかけた竜児だったが・・・。
「うるさい」
しかし、その返事はとてもつれない。
「・・・」
途方に暮れかけて、思わず竜児は天井を仰ぎ見る。
その耳に聞こえたのは、果たして負け惜しみか救いの手か。
「・・・どうせ・・・」
「え?」
「・・・どうせ私は、わかんなかったわよ・・・」
その言葉に慌てて目を向けると、そこには、
「・・・」
「・・・」
耳まで真っ赤にした子トラが佇んでいた。
「・・・・ぷ」
「!!笑ったわね!?」
顔を真っ赤にして振り返った大河は、その勢いそのままに竜児の首へと掴みかかる。
「なによ自分が先に気付いたからって!!」
「いてて!苦しい大河!苦しいって!!」
パンパンと大河の腕を叩きギブアップする竜児。
すでに慣れたとはいえ、やはり大河の腕力は半端ない。
「悪かったって!お詫びに今夜は、お前の食べたいモン作ってやるから!」
「!?ほんと!?」
竜児の出した最終兵器に、パッと明るい笑顔を浮かべる大河。
・・・安いなお前。
内心で思ったことはおくびにも出さず、話された首をさすりつつ竜児は続ける。「あ、ああ。男に二言はねえ。なにが食いたい?」
「えっとねーえっとねー・・・」
さっきまでの怒りはどこへやら。
嬉しそうに指折り数えながら、食べたいものを羅列していく子トラに、竜児は知らず笑顔を向ける。
とても嬉しそうに。


「・・・大河」
「うん?」
「慌てなくていいからな」
「うん」
ニコニコと指を折り返しながら、大河は半分耳に入らないまま応える。
そんな大河を見ながら、竜児の笑顔はますます深くなる。
「・・・なぁ、大河?」
「うん?」
「・・・」
「・・・なに竜児?」
しばらく間が空いて、それでも聞こえてこない続きに、大河が訝しげな目を向けた。
「どうかした?首痛い?」
さりげなく心配そうな目に気付く竜児。
「・・・なんでもねえ」
「なにそれ?」
変なの。
きょとんと首を傾げる大河に、思わず苦笑する。
「あ!なんかバカにしてるっ!?」
「してねぇしてねぇ」
目ざとく見つけて噛み付いてきた子トラに、それでも笑顔が深くなる。
「んなことより、早く決めねぇと、狩野屋の特売が始まっちまうぞ?」
発した言葉は効果適面。
あわてて思案に戻る大河を、笑顔のまま竜児は見つめ続けた。



「なぁ、大河」
「・・・ナニよ?」
「好きだ」
「!?ままま真っ昼間っから、なにぬかしとんじゃーっ!!」



そう。
今にして思えば、あれは確かに・・・幸せの入り口だったな。
━━━今に、続くための。


END


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