「はあ……」
 プールサイドに座り、足先でばちゃばちゃと小さな波と泡をたてつつ溜息をつく大河。
「大河、どうした?」
 飲み物を手に売店から戻ってきた竜児が、その横顔を心配そうに覗き込む。
「んー…せっかく二人でプールに来てるのに、あんまり恋人っぽくないなあ……って」
「う〜ん……そりゃまあ、どっちかというと今は水泳の先生と生徒だからな……
 でも、今年こそ泳げるようになりたいって言ったのは大河じゃねえか」
 並んで休憩コーナーに向かいながら、大河は少々お疲れムードのようで。
「あ〜あ、なんか面倒になってきちゃった。もう泳げなくてもいいかな〜」
「簡単に諦めるなよ。泳げないとまたプールに来た時や海で十分に楽しめないし、万が一溺れたりしたらどうする」
「その時は竜児が颯爽と助けてくれるでしょ」
「そういや二回ほどやったよな、二年の時」
「二回目は結局竜児も溺れたけどね」
「ほら、そういうこともあるから大河も泳げたほうがいいんだって」
 パラソルの下のテーブルに向かい合わせに座り、二人は少しの間無言でストローを咥えて。
「……あ、でもちょっとだけ憧れちゃうかも。意識の無い私に、竜児が衆人環視にも構わずにマウストゥーマウスで……」
「あー、大河。盛り上がってる所悪いが人口呼吸はキスじゃねえぞ」
「わかってるわよ、人命救助だっていうんでしょ」
「それもあるがな……お前、人口呼吸の正しいやりかた知ってるか?」
「そんなもの、口に口で息を吹き込めば……」
「それじゃ駄目だ。まず仰向けに寝かせて、こう……額のあたり抑えながら首筋持ち上げて、気道確保するだろ」
 紙コップを置いて、ジェスチャーで示してみせる竜児。
「ふむふむ」
「それから、吹き込んだ息が抜けないように鼻つまんで」
「げ、鼻?」
「で、相手の口の周りを自分の口で覆って息を吹き込むんだ。つまり、厳密には唇同士は接触しねえの」
「でも、漫画とかじゃ……」
「そりゃ演出優先なのか単に間違ってるかだ。というか、保健体育で習ったじゃねえか」
「……そうだっけ?」
「さてはお前、居眠りしてやがったな……」
「ちぇ、つまんないわねー」
「そもそも人口呼吸が必要なのは意識が無い時じゃなくて呼吸が無い時だ。そんな悠長な事考えてる余裕はねえよ」
「あーはいはい、もういいわよ」
 大河はつまらなそうに最後の一口をずずーっと啜り、席を立つ。
「さ、休憩おしまい。もうちょっと練習する時間あるわよね」
「おう」
「あ、そうだ竜児」
 同じく立ち上がろうとした竜児の、その背後から肩に手をかけておぶさるようにのしかかる大河。
「おう?」
 そして、耳元に唇を寄せて。
「帰ったら人口呼吸の練習もさせてね」



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