・・・また、来てる。
自家製弁当とのぼりの立つ、夕方の混雑する店頭で忙しく立ち働くエプロン姿の店員は、春頃から良く見掛ける様になった小柄な少女を見ていた。
あれこれ迷うようにお品書きを眺め、じっくり吟味する。やがて決まったのか数回頷くと「これ、ちょうだい」と本日のお勧めメニュー「えびフライ弁当」を指差す。
ほとんど毎日のようにこの弁当屋にやって来ては買って帰る少女の家庭環境を訝しく思いながら、店員はいつもの様にビニール袋に詰めたお弁当を手渡してやった。

そんな少女との関係も夏頃になると、お弁当を手渡す際にひと言ふた言の会話を交わすのが普通になっていた。
「これ、あんたが作ったの?」
「う〜ん、全部ってわけじゃないけどね」
「ふ〜ん・・・ちょっとおいしかったから・・・」
それだけだ、とでも言うように口を閉ざすと代金を支払い、店を立ち去る少女。
年上に対する言葉遣いがなってないとかいろいろあるが、毎日の様に来てくれれば自然と情が湧くもの。いつしか、から揚げを1個おまけしたり、余りそうなおかずをパックに入れて余分に渡したりするようにもなっていた。

「くれるって言うならもらっておくけど」
あまりありがたそうな雰囲気も見せず、仏頂面で受け取る少女だったが、おいしかった時は素直に次の日、そう言ってくれた。
そんな少女も時には機嫌がいいのか、あれこれしゃべることもあり、店が忙しくない限り、店員は付き合ってやっていた。
「あちこち試したけど、ここのが一番おいしかったから」
どうして、この弁当屋ばかり来るのかと言う問いに少女はそんな風に答えた。
ずっと両親と不仲で、独り暮らしをしているとつぶやく様に弁当屋通いをする理由を告げた横顔は、いつも付けている仮面を取ったかのように寂しげに見えた。

秋頃になって毎日のように来ていた少女がぱったり来なくなった。
どうしたのかと店員は思ったが、ある日、街中で車の助手席に座る少女を見かけ納得する。
運転席の男性はどうみても、少女の父親にしか見えなかった。
・・・仲直り、出来たんだ。

少女がもう買いに来ないのだと知り、一抹の寂しさと安堵の気持ちが交じった複雑な気分を味わう店員。
それから、数日して店頭にくだんの少女の姿を見つけ、店員は内心、驚いた。
落ち込んだ様子を隠すことも無く、今まで見せたことが無いくらい不機嫌さを顕わに無言で日替わり弁当を指差す。
店員は何も言わず、弁当のトレーにおかずを盛り付けると、ご飯の量を通常の3倍盛り付けた。
ふたが閉まらず、ご飯で膨らんだお弁当パックを見て少女は目を丸くし、何も言わなかったが目元を和らげ、大事そうに受け取った。

再び戻って来たいつもの毎日。
少女は相変わらずだったが、少しだけ気を許してくれたのか、おまけを付けた時など「ありがと」と言うお礼の言葉と小さな微笑が返って来るようになった。

クリスマス大好きと言う少女に、24日の日に普通のお客さんへはスライスして渡すチキンを、特大丸焼きのままの姿でこっそりサービスした時などは飛び上がって喜んでくれたものだ。
この弁当屋へ来る様になって初めてとも言えるハイテンションで、こんな素敵な表情も出来るのかと言う位、明るく笑い「鳥、どーん・・・だね」と万歳でもするみたいに両手を高く掲げた。



だから、不本意な張り紙を少女に見つけられた時、店員は心が痛んだ。
「何?・・・これ」
呆然と張り紙の前で、街中に野生のカモシカでも見つけた様な顔で店の中を見る少女。
春も近いと言うのに冬に舞い戻ったかのような店内で少女は目線で答えを問うた。

「読んで字のごとく・・・それ以上でもそれ以下でもない」

それは閉店のお知らせ。
近隣スーパーの安売り攻勢に耐えられなくなったのだ。
品質を下げてまで価格競争する気がない経営者は撤退の道を選んでいた。
一介の従業員に過ぎない店員にそれを覆す術は無い。

少女は・・・小さく肩を震わせると・・・。

「ばか!!」

と、だけ叫んで店を飛び出していった。
ほんの刹那だけ見せた少女の素の感情が店員の気持ちを揺さぶったが、追いかけて行くことは出来なかった。

それから、しばらく姿を見せなかった少女だったが、残りの営業日数も数える頃になったある日、店頭に姿を見せた。
「やっぱり、ここのじゃなきゃ駄目」
そう言うと、元気良く「しょうが焼き弁当」を頼んで来た。
「もうすぐ、食べられなくなっちゃうから、よく味わっておかないと」
そして、少女はしょうが焼きだけじゃ足りないからと他に3つのお弁当をオーダーし、両手に抱えるようにして帰って行った。

そして迎えた最終営業日。
いつもと変わらない様子で少女はやって来た。
材料が乏しく、ばってんがいっぱい付いたお品書きを見つめ、少女が頼んだのは「焼肉弁当」だった。
受け取りながら少女は残念そうな表情を浮かべ、明日から何を食べればいいのかとぶつぶつ文句を言い、「これで食べ納めかあ」と嘆いた。
店員はただひと言「ごめんね」としか言えなかった。

名残惜しそうに店を出ようとする少女を店員は慌てて呼び止める。
何なのと言うように立ち止まった少女に店員は風呂敷に包まれた大きな箱を手渡した。

「何、これ?」
不思議そうに受け取った少女が風呂敷を解くと中には3段重ねの重箱が入っていた。
ところどころが剥げていて、お世辞にもきれいとは言い難い入れ物だが、ふたを取った少女は歓声を上げた。
中に入っていたのは色とりどりの食材で飾られたお手製、弁当だったのだ。

「いつも決まったメニューしか食べさせて上げられなかったからね」
だから、最後にと店員は言う。
「私に・・・?」
頷く店員。

「お肉が少ない」
アスパラやプチトマトなどカラフルではあるが、野菜主体のお弁当。
少女の抗議に店員は「野菜が少ないことがずっと気になっていたんだよ」と笑って答えた。
そして返品不可と付け加えると、仕方ないと言った表情を見せながらも少女はその弁当を受け取った。



「短い間だったけど、ありがと」
と言い残し、立ち去ろうとした少女は言い忘れたことがあると、店員に駆け寄った。
「次のお弁当屋さんに就職が決まったら、教えてね。絶対、買いに行くから」

苦笑と共に頷く店員だが、どうやって知らせるのかと疑問を投げ掛ける。

「そっか・・・あんた、携帯持ってる?」
店員が首を振ると、軽く舌打ちと共に使えない奴とつぶやく少女。
そのまま持っていた通学かばんを開けると中からファンシーノートを取り出し、ちぎった1枚に何やら書き散らす。
「これ、私の携帯番号・・・間違えるといけないから、名前も書いておいた」
そう言うと二つ折りにして店員に手渡す少女。

さよなら、またねと少女が立ち去ってしまった後で店員はゆっくりノートの切れ端を開く。
数字の羅列に続いて、歳相応の丸みを感じさせる字で名前が記されていた。

逢坂 大河・・・と。


初めて知った少女の名前を胸に店員は大橋の町を去る。
故郷へ帰ることが決まっているのだ。
・・・だから、君の願いはかなえてあげられないなあ。

その後を見届けて上げられないのは心残りだけど、あんなにいい子なんだからさ・・・いつかきっと分かってくれる誰かが現れるよ。
多分、胃袋も満足させてくれるんじゃないかな。
何の根拠も無いがそんな風に思える店員だった。




「竜児!」
「おう、何だよ」
「明日のお弁当・・・これに入れて」
そう言いながら大河が大事そうに差し出した重箱は高級食器が溢れている逢坂家には似つかわしくない古びた重箱。
こんなぼろと言い掛けて竜児は口をつぐむ。
もしかしたら大河の家にあるくらいだから、江戸時代の名工の作でテレビの何とか鑑定団へ出したら、ひげの鑑定家が決め台詞を言ってくれるような代物かもしれないと思ったからだ。

「かまわないけどよ・・・なんかリクエストあるか?」
「・・・野菜、入れて・・・たくさん・・・アスパラとか」
大河の珍しい要求に竜児は驚く。
「肉は・・・いいのかよ?」
「ちょっとだけあればいいわ」
この台詞にますます驚く竜児だが、大河のおでこに手を当てる真似は差し控えた。

大河の言っていることが冗談とか不真面目さとは正反対の方にあり、何か思うことがあるのだろうと言う位のことは推測が付く程度、大河のことを分かって来ていると言う自信が竜児にはあった。

・・・いい思い出でもあるのかな?

「おう、任せとけ」
そう請け負う竜児に大河はちゃんと作りなさいよとぶっきらぼうに言うが、その声色には竜児への信頼が透けて見えている。

おべんと、おべんと、楽しいな♪
鼻歌を歌うご機嫌そうな大河を見ながら、竜児は買い物へ行くかとエコバッグを手に大河へ声を掛けていた。



作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system