「ねえ竜児、今日はどうしたのよ?」
「別にどうもしてねえぞ」
 いつもの朝、いつもの通学路。
 違うのは二人の微妙な距離感。
「嘘。あんたさっきから私の顔をまともに見ないじゃない」
「そ、そんなこと……」
「あるから言ってるのよ」
「…………」
 黙ったまま、竜児はやはり視線を逸らして。
「……ねえ竜児、私達恋人同士よね?」
「おう」
「共に並び立つのよね?」
「おう」
「だったら、何か悩みがあるなら打ち明けてちょうだいよ。あんた一人じゃ解決できなくても、二人ならなんとかなるかもしれないでしょ?」
「大河……でも……」
「竜児はずっと私を支えてくれた。だから、竜児が困ってるなら今度は私が助けてあげるの。それが一緒に生きていくってことじゃないの?」
 真剣な眼差しの大河を見つめ、竜児は深く息を吐く。
「おう、そうだな。それに、いずれはわかっちまうことだし」
「わかればいいのよ。で、どうしたの?」
「……大河、『鯖の生き腐れ』って知ってるか?」
「……何それ?」
「鯖は魚の中でも特に鮮度が落ちやすいってことだ。で、その鯖が昨日かのう屋に行ったら丁度タイムサービスで爆安でな、つい買い過ぎちまって」
「それがどうかしたの?」
「さっき言った通り、鯖は早く使わねえと味が落ちちまうから」
「から?」
「すまねえ……今日の弁当のおかずは鯖の塩焼きだ」
 数秒の沈黙。二人の間を吹き抜ける乾いた風。
「……ねえ竜児、昨日はアジフライだったわよね?」
「おう」
「私、次はお肉がいいって言ったわよねぇ?」
「お、おう。でも、今日の鯖も脂がのってて美味いぞ。だから、肉はまた明日ってことで……な?」
 次第に声が小さくなっていく竜児に向かって大河はにっこりと微笑み、小さな拳を突き出してサムズアップ。
 竜児がほっとした次の瞬間、その親指がぐりんと下に向けられて。


「お、きたきた。お〜い、高須く〜ん!大河〜!」
 いつもの朝、いつもの待ち合わせ場所。
 違うのは遅刻しそうなわけでもないのに猛スピードで駆けてくる友人二人。
「ぉう櫛枝、すまんがちょっと先にいく!」「こら馬鹿犬!待てって言ってるでしょうがぁ……!」
 ドップラー効果など残しつつ走り去る竜児と大河を見送り、実乃梨は肩をすくめて溜息一つ。
「やれやれ、いつもながら仲の良いことで」



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