恋をすると世界が変わるというけれど、それでも退屈なものは退屈なわけで。
 いやむしろ、好きな人が自分を見てくれない時のつまらなさは一層強くなっているような。


「ねえ竜児」
「おう」
「竜児ってば」
「おう」
 いくら呼べども返ってくるのは生返事ばかり。
 竜児の目は暗黒神復活の秘儀を見出すべく、というわけではないが、ノートと資料をいったりきたり。
「……むー……」
 大河は小さく唸りながら竜児の後に立つと、少し伸びかけた襟足のあたりをつまんだり引っ張ったり編み込もうとして無理だったり。
「……大河、何やってるんだよ」
「だってヒマなんだもん」
 言葉通りによほど暇を持て余していたのだろう。さすがに振り返った竜児の目の前の大河は不機嫌そうに頬を膨らませて視線を逸らせて。
「図書館なんだし、本読んでればいいじゃねえか」
「面白そうなのないもの」
「いやいや、実際読んでみれば気に入るやつだってきっと……」
「捜すの面倒」
「……キッズコーナーの玩具で」
「殴るわよ」
「そもそもだな、大河はレポートあるわけじゃねえんだから無理についてこなくても」
「竜児……あんたそれ本気で言ってるわけ?」
「おう?」
「せっかくの土曜日に遊びに来た恋人を放って出かけようだなんて……まさかそんな冷血漢だとは思わなかったわー」
「いや大河、お前去年は俺が出かけてる間の留守番してたじゃねえか。むしろめんどくさいとか言って家でゴロゴロしてることの方が……」
「昔は昔、今は今よ」
「おう……だけどな、実際レポート書くのはもうちょっとかかるし、なんだったらファミレスか喫茶店にでも行ってさ」
「竜児……私、邪魔?」
「え?」
「私が近くでうろうろしてたら迷惑?」
「いや、別に迷惑ってわけじゃねえよ。むしろ、その……大河が視界の隅にでも居てくれた方が落ち着くというか、なんというか……」
「ふ〜ん……仕方ないわね、その辺の本てきとーに読みながら待っててあげる。そのかわり早く仕上げなさいよ」
「おう」
「それから帰りにお茶ね。もちろん竜児の奢りで」
「お、おう……」


 恋をすると世界は変わる。
 言葉も、視線さえ交わさずとも、ただ傍に居るだけで嬉しいなんてことだって起こり得るようになるのだ。



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