救護テントから戻ってきた実乃梨は、まだ少し脚を引きずっていて。
「みのりん、大丈夫?」
「うん、軽くひねっただけだから大した事はないよ。ただこの後の競技に出るのはアウトだって」
「……あいつら、後で絶対に殺すわ」
「こらこら大河、物騒な事を言うんじゃねえ」
「なによ竜児、あんたみのりんを怪我させた連中を許せるっていうの?」
「事故だったんだから仕方ねえじゃねえか」
「そうだよ大河、避けきれなかったオイラもドジだったんだし」
 二人がかりで宥められ、それでも大河は不機嫌顔。その横では北村も眉根を寄せて難しい表情を。
「う〜む、そうなると困ったな……」
「おう北村、何がだ?」
「最後のリレーだよ」
「おう、そういや櫛枝が選手だったな」
「C組連合が逆転優勝するための、おそらく唯一のチャンスだからな。適当に決めるわけには……」
「……なあ北村、その代役、大河がいいんじゃねえか?」
 その言葉に、『え?』と『ふむ』と二種類の視線が竜児に注がれる。
(ちょっと竜児!なにめんどくさいこと言い出してるのよ!?)
(馬鹿、北村にいいとこ見せるチャンスじゃねえか。こんな時こそやる気出さないでどうする)
(む、それもそうね……)
「なるほど、確かに逢坂の運動神経なら……
 逢坂、悪いが頼めるか?」
「も、もちろんよ!まま、まかせてちょうだい!」

 リレーの走者は一年男子、二年女子、三年男女の計四人。すなわち大河はその二番目。
 C組連合は第一走者が大きく遅れ、トップとの差はトラック三分の一周程度。
 そして今、大河の手にバトンが渡される。
「どぅおりゃあぁぁぁぁっ!」
 その姿はまさに地を駆ける虎の如し。
 先を行く者を一人二人と抜き去り、コーナー出口ではトップとほぼ横一線。
 その勢いに押されるように第五走者二人が同時にスタートする。
「大河ぁぁぁ!いっけぇぇぇぇ!」
 竜児の叫びに応えるかのように大河は一歩前に出て、バトンを持つ手が伸ばされて。


「なあ大河、北村も言ってたじゃねえか、気にするなって」
「……」
「急な話で次の走者をきちんと確認できてなかったわけだしさ、バトン渡す相手間違えても仕方ねえよ」
「……」
「結局アンカーは狩野の兄貴がぶっちぎりだったわけだから、負けたのは別に大河のせいじゃねえし」
「……」
「……あー……大河、晩飯何がいい?」
「……何よ急に」
 やっと返ってきた返事も、その声にいつもの力は無く。
「リレーも総合順位も二位にはなったわけだしさ、その、なんだ、敢闘賞ってことで今日はメインのおかずを大河のリクエストでだな」
「あのねえ、竜児」
 大河は突然立ち止まり、ぐいっと顔を上げて。
「おう?」
 足を止めた竜児をびしぃ!と指差して。
「そもそも!あんたが余計な提案しなけりゃ私があんな恥かくことも無かったわけよ」
 つい先程までの気弱さはどこへやら、睨みつけてくるその瞳の輝きは『手乗りタイガー』そのもので。
「お、おう」
「それをおかず一品で誤魔化そうってのは虫が良すぎるんじゃないかしら?」
「お……おう、すまねえ」
「とんかつは昨日食べたから……そうね、ハンバーグ!でっかいの!それとデザートにミルクレープ!この間美味しかったあれに生クリーム追加で!それで許してあげる。わかった?」
「おう、まかせとけ。じゃあハンバーグは高須流特製煮込みハンバーグにするか……」
「ちょっと竜児、なにをニヤニヤしてるのよ!本当あんたは家事の事となると興奮する変態なんだから……ま、それで美味しいもの食べられるんだからいいけどね」




作品一覧ページに戻る   TOPにもどる

inserted by FC2 system