夏。
 時間と共に気温はじわじわと上がっていき、窓に吊るしてみた風鈴も短冊を翻してくれる程度の風すら無ければ意味を為さず。


「大河、そこ間違ってるぞ」
「ん?」
「『小僧らしい』って何だよ。『小憎らしい』だろ」
「は!いかんいかん、暑さと眠気で脳味噌ボケてたわ〜」
「暑いのはともかく、眠いのは自業自得だろ。夏休みだからって毎日毎日夜更かししやがって」
「一緒に遅くまで起きてる竜児に言われたくないわねぇ」
「お前がダラダラといつまでも帰らないから付き合わされてるんだろうが」
「そんなことより、いいかげんクーラーつけない?」
「……駄目だ。七月中につけるのは俺の、高須家のポリシーが許さん」
「何よその無駄な拘り」
「今からクーラーに頼ってるようじゃ、これからの夏本番の暑さを乗りきれねえぞ。それに電気代もMOTTAINAIじゃねえか」
「結局セコいだけじゃないの」
「エコだエコ。電気代の節約は二酸化炭素の削減にも繋がってだな」
「うるさい黙れセコ犬。あんたはご主人様が快適にすごせる事を第一に考えてりゃいいのよ」
「大河、お前なあ……」
「何よ」
 じりじりと火花を散らすようにぶつかるが、すぐにどちらともなく逸らされる視線。
「……やめよう、余計暑くなる」
「……そうね」
「ちょっと早いが飯にしちまうか。それから少し昼寝でもして、宿題の続きはその後にしようぜ」
「それはいいけど、お昼寝するにしてもちょっと暑すぎない?」
「大河は自分の部屋で寝ればいいじゃねえか」
「……やだ、こっちで寝る。いちいち帰るの面倒だし」
「おう、それならタオルケット貸してやる。畳の上に直接寝っころがればけっこう涼しいし、あとは氷枕でも使えばいいんじゃねえかな」
「ん、それでいいわ。今日のお昼ご飯何?」
「冷やしタヌキうどんだ。麺茹でるから泰子起こしてくれよ」
「んー。私の分は揚げ玉多めのワサビ抜きでお願いね」
「おう」


「ん〜……」
 身を起こして大きく伸びをする。
 ちりん、と風鈴の奏でる小さな音。そして静寂。
 開けっぱなしの襖から覗けば、案の定ベッドの上で静かな寝息を立てている竜児。
 大河はニヤリと笑みを浮かべ、マジックを手にその傍へそろそろと。
「何書いてやろうかしらねえ……ベタだけどおでこに犬とか……」
 と、気づく。
「そういや竜児の寝顔をじっくり見るのって初めてかも……」
 他人に恐れられる最大の原因である瞳が閉じられたそれは、意外にもわりと整っていて。
「…………あ、ほっぺたに糸くず」
 取ろうとして竜児の頬に触れた大河の鼻をふわりとくすぐる、男臭いというのだろうか、嗅ぎなれない匂い。
 思わず動きを止めたその時、ぱちりと開かれる竜児の瞼。
「……大河、お前何してるんだよ?」
「……べ、別に」



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